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again

   


 気温の低下が草花の葉に霜を降らせる深夜。

この環境を作り出す大陸「フリゲード」は面積九十万キロにも及ぶ気候の変化が大きな大陸だ。昼間は極めて温暖で、平均気温は二十六度を越える猛暑が続く。対して昼間は、そのまま世界を裏返したかのように極寒へと変化する。最高気温二度といったところだ。当然その極寒の中を好き好んで出歩こうとする人間はいない。体力の消耗が激しい上、夜道で視界が働かない。その極地の中に一つの集団があった。集団と言えども羊飼いが家畜を連れて大移動しているようなものではなく空から見れば蟻程の大きさにしかならない小さな影。しかしながら少しずつ平原を渡っている。先頭を進んでいるのは、耳に心地の良くすら聞こえるひずめの音をたてている四頭の馬達だ。それぞれには首に大きな縄が括りつけられており、それが長く広く後方へと向かっている。引いているのは巨大なテントを模したような小屋であり、隙間からは内側の光が微かに漏れている。その大きな小屋の屋根部分には大きなマーキングが成されている。


「バウーレ」


この大陸の中でも名のある曲芸団の名だ。サーカス団と言ってしまえば簡単だが、彼らに大勢の団員は必要が無かった。

ある者は水面を渡り火を浮かせた。ある者は宙を舞い星屑を降り注がせる。またある者はその姿を変化させ、獅子や竜の類になってみせた。

彼らは観客を呼び寄せるようなことはしない。この広大な大陸を渡り、自ら出向き芸を魅せる。利益の為でも無く、自己満足の為でも無い。そこに人がいるから魅せる。そこで自分が輝く事ができるから魅せる。

そして観客も曲芸を見たいと集まる。それが必然になる事を望んで日々舞い続けるのだ。


彼らは存在価値を確かめている。


この世界には特殊な存在がある。時として不治の病を癒す万能薬を作り出し、時として刹那にして尊い命を絶やす毒薬をつくりだす。

彼らは空を飛んだ。何処まで飛んでも果てが無い空を自由のままに舞う。人々はそれを眩しく思い、また忌々しく見る者もいた。

そして、彼らは超常した。

樹齢四百年の大木を巨城へ変えた。獣のオブジェクトに命を吹き込み、人を襲わせた。火を水に変え、また水を火に変える。



我々は、それらを「魔女」と呼んだ。



 

一章Again


「このあたりで休憩にしよう。出発は午後

2時だ。昨日の残りもので悪いがシチューを温めておいたから、各自昼食をとっておくように」

 劇場用のテントから顔を出した青年の声に、幾人かの男女の声が重なる。遅れてそれらの姿がテントへ向かう様に集まった。

 日をおいたシチューの香りはこの森林のなかではほのかなものだ。心地よい木々の中に混じり、やがて消えてゆく。広く、それでいて透き通る空気に溢れた此処は、昼食を取るには最適だ。現在地に着く数分ほど前には湖があり、あとで水を汲む事もできそうだった。

とても綺麗な水で、飲料水に丁度いい。

 二十秒と待たずに団員5名がテントの垂れ幕をくぐり、シチューの汲まれた巨大なべを取り囲む。各々がすぐに取り皿を手にすると、奪い合うかのように鍋にスプーンを持った手を伸ばす。一斉にシチューを掬うものだから、鍋がゴトゴトと揺れ、零れかけている。

 二日続けてシチューが献立に並んでいるにもかかわらず、皆が鍋に食らいつくようにして食を取るのは、長旅によるものだ。昔話じゃないが、山を越え谷を下り、海を渡って続く道なき道を少数で歩んできた。心身共に疲れ切った彼らには、食への拘りより飢えがまさっているのだ。

 しかし彼はそんな皆を見ているのが好きだった。苦痛や疲れを忘れ、誰かの温かさに触れている彼らの姿を見ている事が。

 和みに入っていると、ある人物に用がある事を忘れかけていた。居眠りを起こされた様にピクリと身体を動かせると、皆の輪の中に居た少女に向かって声をかける。

「リーシェ、さっき湖があったろ。次のパフォーマンスの練習だ」

 「はいはーいラーヴァ副座長!その前にシチュー食べちゃうね。鍋の中のお肉全部食べちゃいたいから」

 「食うのは良いけど、食べながら話すな」

 リーシェと呼ばれた少女は、口いっぱいに詰め込まれたシチューを零しそうになりながら、何とか返事を送った。それから鍋の方に向き直ると口からはみ出しかかっているエビなどの魚介を勢いよく飲み込んで一息ついた。

前々から彼女は本当に良く食べる。ひと月ほど前のことだっただろうか。深い森の道が続き、市場はおろか街も無く食料が底を尽いたために、猪を捕らえて丸焼きを作った事があった。いち早く席に着いたのはやはりリージュだった。すると目の前に大きく盛られた丸焼きはものの十分で綺麗に皿の上から消えたのだ。小柄な猪とはいえ、彼女の上半身大の大きさはあったはずだが…

きっと鍋の中身もすぐに消えるだろう。そう考えながらラーヴァはテントの垂れ幕をくぐり、緑の生い茂る外へ出る。向ったのは先程見つけた湖だ。森の中は迷うほど入り組んだりねじ曲がったりはしていない。むしろ、散歩道と形容できるほど地面は平らで歩きやすく迷いにくい。そのため湖にはすぐに到着できた。

「ふむ……」

太陽の光を反射して煌めく波間を前に彼は立ち止った。次に片膝を突くと右腕の袖を捲くる。するとそのまま右手を水の中に沈めた。

二十秒ほどその姿勢を保ったままにしていると、右手は押し出されるように湖から抜き出された。

「(良い水質だ。不純物が少なく凍らせても透明で良い色になる)」

水が凍るには氷核が出来あがるきっかけが必要だ。不純物が混じっている水は均等に冷やされる事が無く、氷核が出来あがる。従って不純物の含まれない水は氷点を下回っても凍る事は無い。つまり、不純物は必要だが、少なければ少ないほど透明で綺麗な氷が作る事が出来る。

ラーヴァはこのポイントに目を付けた。元々は飲料水とパフォーマンスの練習だけに使用するつもりでいたが、実際にパフォーマンスで使用できる程の水を見つける事が出来たのだ。

曲芸に新たなスパイスを加える事が出来る発見に心を躍らせていると、一つの足音の存在に気が付いた。丁度自分の後方からだ。と同時に小さな追い風が背中を撫で、鼻を擽る。柑橘系の香りだ。この香りには覚えがある。

 「後ろをつけてくるなんて、趣味悪いぞ姉さん」

 「昼食もとらないで出て行くから心配したのに、その言いぐさは無いんじゃない?つけてたのは事実だけど」

 大方、いつ気付くかと面白がっていたのだろう。振り向くと、思い浮かべた通りの人物が悪戯でも考えているような笑みを繕っている。

飾り気は無いが美しく艶のある緋色のロングヘアが頬を撫でる。健康的な黄色の肌は紅のラインが特徴的な黒のドレスだ。人形と言われればそう見えるが、それとは対照的な力強い視線は目があった者を男女問わず惹きつけるようである。

否、既にラーヴァは思うがままに扱われていた。それも十何年も前から、自身の姉であるシェリーという女性の存在に。

ラーヴァが自身の方へ振り向いた事を確認すると、シェリーはドレスの裾を摘み魅せ付けるように何度かターンを披露した。

遠心力で横に広がるスカートが白のフリルを翻してとても華めかしい。姉だけあり、女性として惹かれる事は無いが、それでもラーヴァは河川を舞う蝶の様な神秘的なものを思い浮かべる。

「そのドレス、次の舞台で使うんだろ?

あと七日はあるのに真面目だな。気合入ってると言うか、曲芸者魂というか」

 「衣装チェンジが多いからね。肌に馴染む様に柔らかくしておかないと」

 そう言うとシェリーはラーヴァの隣まで小股で近づき、脚を組んで座った。それから自身の二の腕の辺りを突くと、繕いたての服独特の硬い衣擦れの音を鳴らせて「ほらね」と笑む。

 ラーヴァから見ても衣装は作り立てを思わせる鮮やかな色合いを成している。

 とてもとても黒い。深い漆黒だ。

 「………この森でしょ?アーティルちゃんが死んだのって」

 「………」

 自身の衣装の服のしわをなぞる様にして視線を泳がせていた事に気付いたのか、シェリーが言葉を挟む。

 「何でもお見通しですか…」

 「すぐ顔に出るのよ、アンタは」

 目の前の水面に波は無い。それに反して二人の顔は波に揺られる水の様に変わる。

 数瞬前の微笑みは懐かしみを含めた哀を持ったものにかわり、やはり微笑みに戻る。

 水に浸けて赤くなったラーヴァの手は、強く拳が握られている。怒りといった感情によるものとは違うだろう。むしろ何かに我慢しているように見える。

一つ、小さなため息をすると、右手の指で頬をかきながらシェリーが口を開いた。

「少し、姉さんに話してごらんよ。兄弟に生きざまを魅せる事、それでもって導いてやる事が姉ってものだと、私考えています」

 「いつまでもガキ扱いするなって」

 「ガキだよ。少なくとも私の中ではね」

まるで反抗期の子供みたいだ。姉の身ながら母性的な感情を抱く。昔から強情で、強がりで、無駄に責任感が強い所は昔から変わっていないな、と。

「なら、いつまでもガキな弟の相談、受け持ってもらえるか?」

「……あいよ」


ある地に、大地を意のままに操る一族がいた。

火であり、水であり、地であり、草木である。地上の万物を手中に収める彼らは次第に数を減らした。彼らの魂は「境玉」という水晶玉へと形を変えて地上に止まる。触れれば吸い込まれるように体内へと取り込まれ、やがて同化する。

彼ら一族、そして彼らの力をその身に宿した者を、皆「魔女」と呼ぶ。

大陸フリゲードには魔女が住む。

世界を通して知られている常識と必然だ。

少数派ではあるが、フリゲードを離れ、小島に移り住む者もいる。それらの例外を除けば約八割の魔女がフリゲードに身を置いている。

 中でも彼らは例外中の例外と言えるだろう。フリゲードの外に住処を移すでもなく、止まるわけでもない。大陸から大陸へと渡る曲芸団バウーレ。

 「まさか、アヴィレスからフリゲードに戻ってきた所で「入団させてくれ」なんて言われるとは思わなかったよ。私がバウーレを設立するって言ったら猛反対したくせに」

 「そりゃな、旅費だけでも馬鹿にならない。人員はどうする。移動手段は。聞いたら姉さん何て答えたか覚えてるか?」

 「現地調達」

 「死にに行くのかと思ったよ」

 バウーレの結成を決めたのは現座長であるシェリーだ。「世界中を旅してまわる曲芸団」をモットーに、海を越え山を越え、ある時は戦争地帯にまで馳せ参じる。そんな大それた計画を立てておきながら団員、旅行費、食料、その他諸々を全て旅の先々で入手しようとする行き当たりばったり極まりない人物なのだ。それを心配したラーヴァは当然反対するしかない。何処で行われるかもわからない葬式に参加するつもりは無かった。

 「でも、口先だけじゃないのも確かだよな。

現在の団員は俺含めて6人。長旅するにはおあつらえ向きだ」

 「出来ない事は言わない主義なの。ま、何でも無理やりなるようにしてるだけなんだけどね」

 「無理やり何かじゃないさ。実現させられているなら、それは努力の結果だ」

 減らず口と無茶が得意な姉を、俺は評価する。

昔からのヒーローといえばラーヴァにとっては姉の存在だった。不格好だが、何よりも気高く、自信に満ち溢れたシェリーに強く憧れを持った。

「そんな姉さんが、俺は眩しくて、羨ましかった。「負けたくない」「置いていかれたくない」って思ったら……」

ラーヴァが右の掌と視線を再び湖に向ける。するとそよ風に揺られたのか、水面にさざ波が立つ。波は徐々に渦へと変り勢いを強める。

「姉さんと同じ………この力を!」

ラーヴァの声は号令の役目を担った。

巻き続けていた渦は、彼の声と共に地面のそこから湧き出る様な低い音を鳴らせると中心から球体をした水が浮かび上がり、翳された手の前で静止する。

「魔女」と口にすると、女性の魔法使いを表す事が知られているが、男性でも魔女を名乗る事は出来る。力を扱う女性が多いというものから生まれた偏見。ラーヴァはその例としての一人だ。

 「気付かない内に、ちゃっかり器用な事覚えちゃってさ。私が置いて行かれた気分だよ」

 「アーティルから預かってるだけさ」

 「…………」

 未だ、さざ波を立てる湖とともに、二人の心は揺らぐ。

 「っと、こんなしんみりした事を言うつもりじゃなかったんだった。話を戻そう」

 「(ホントに…アンタはいつも強がってばっかり)」

 漢方薬を飲み込む思いで、喉元まで出かかっていた感情を押しとどめて笑顔を見せる。それから投石の構えをとると、ラーヴァの右手に浮遊していた水玉が円弧の軌跡を描いて湖に沈んだ。

 作り笑顔だ。ということは、シェリーはすぐに気が付いた。いや、気が付いたと言うよりもわかっていたのだろう。

 掘り返すのも野暮だろうと、シェリーもそれとなく笑顔を繕った。ラーヴァからはどう見えるかは分からないが、少なくとも、気を使っている様には見えないだろうと続ける。

「さぁて、どんな不平不満がでてくるのやら?給料アップならお断りだよ。リーシェの食事代が馬鹿にならないんだから」

 「それなら既に諦めているよ。いざとなれば猪の肉でも狩ってくればいい」

 親指と人差し指で小さな円を作り、金貨のジェスチャーをする。諦めてはいれど、給料が少ないのはラーヴァにとって心残りのようだ。月に30エルト(3万円)。いくら魔女であるラーヴァといえど、完全に空腹を紛らわすことはできない。飢饉を起こした町を通った事もあるバウーレだが、その時も野生の鹿を捉えて腹の足しにしていた。

「この場所で、アーティルと約束してた事があるんだよ」

「約束………」


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