勇者と魔王とその狭間で
「くそっ……その人を放すんだ!」
「くくくっ……面白いことを言う人間じゃなぁ、貴様は。何故貴様の言葉に従わねばならんのじゃ」
魔王──それは、遍く魔族が須く付き従う絶対的存在。
その力は、魔族の中でもトップに位置する者が纏めて掛かったとしても触れられぬ、寄せ付けぬ力。
そして、魔を率いる王たる証である魔力。
碧。どこまでも透き通って見えるその碧は、見るもの全ての目を離さない魅惑的な何かがあった。
「くっ、このままでは埒があかん。こうなっては仕方がない。あの人を巻き込まないように力ずくで行くしか他には手段は」
「何言ってんのさ!どうやってもあの人巻き込んじゃうよ!」
「近寄ったら何をするかわからない……それに、ここから魔法を使ったとしても」
「……あの人に当たってしまう」
そんな魔の頂点に立つ者の前に立つは、四人の人間。
武力でもって暴れ周り、人間の生活圏をも脅かす存在である魔族。そして、その元凶たる魔王を討ち取らんとすべく立ち上がった者たち。
そんな勇ある者たちの中でも、特にその身に多くの可能性を秘めている者──勇者だ。
その体力は、確かに魔族には適わない。
その魔力は、確かに魔族には及ばない。
だが、こうして魔王の前に立つことができている。
その歩んできた過程の中で手にしたその強さ……それは、ただ力を得るだけではなく、周りの者たちと協力し、形作ってきたその絆。
勇者たる証は、どんなに適わない相手が目の前に立とうとも、どんなに絶望的な戦力差で戦うことを強要されようとも、諦めることなく、只管に前に進むことができる者。
そして、魔王を前にして、その身に秘めたる可能性を発現する。それこそが、魔王を打倒すべく立ち上がった勇者に相応しい真なる力──紅き紋章。
しかし……
「くくっ、ほ~ら……そこで黙って突っ立っているだけではこの者はどうなっても知らんぞ?」
魔王の指が、勇者にとって人質となるその人の頸もとに当て行われる。
小刀ほどあろうかという爪やその魔力の色と同じ碧く輝く双眸に皮膚、しなやかに動く尾があることを考えなければ、人間の女性と変わらないその姿からは考えられない力を秘めた魔王。
それが、少しでも力を加えればどうなるか──
「やめろぉっ!」
「ふふふ……あーっはっはっは!」
なあんて、シリアスな展開が続いているが。
(俺は、ここで黙って立っていれば良いだけなんだよな……?)
この立ち位置、かなりの居心地の悪さだけどうにかしてもらいたい。
勇者たちはどう考えているか分からないが、こちら側……と言っても魔王──リーシャ──だけかもしれんが、勇者を屠ってやろうなんて気は無い。
これは、完全に他人事になっている俺からすれば、完全に茶番である。
こればかりはどうしようもない。茶番、としか言いようがない。
……嗚呼、肩に当たってる柔らかな双丘が俺の意識の全てを持って行こうとしやがるっ!
こいつが高笑いしてるのは、単に勇者との力の差が愕然としすぎているからとか、俺を盾にして勇者の行動を制限できているからとか、そんな本物の魔王的な考えを持っているからじゃない!……実際、本物の魔王だが、そんなこたぁどうだっていい。
ただ単に、俺に胸を当てて、俺が必死に顔に、体のとある一部分に持てる情熱の全てが集まってバーストしてしまいそうになるのを必死になって我慢しているのをにやにやしているのを、無理矢理ストーリーに合わせるように高笑いをしているだけだ!
ああそうさ!
俺は、貴様のその柔らかい双丘に夢中だよ!我慢して力むほどに貴様の双丘は魅力的さっ!
「大変……あの人、何かの魔法を掛けられてるかも」
「な、何だって!?」
何だってってそりゃ俺の台詞だ!!
確かにこいつの魅力は魔法でも掛けられたっても過言じゃないぐらいだが、その推測は間違いの域を出ちゃいねぇ。単純に俺の身体的変化が起きそうなだけ!
そうだな、こういう時は違うことを考えて落ち着こう。
こいつとの出会いは何時だったろうか……出会ってからかなり長い時間を一緒に過ごしてきたようにも思えるし、今までの人生の中でも特に濃い日々を送っていることがそう思わせているだけかもしれない。
こいつもこいつで俺のどこを気に入ったのか知らんが、何故か、しかも初めて会った俺に、
『妾の伴侶にならぬか』
なんて抜かした女だ。
全課程ぶっ飛ばして格好良すぎるプロポーズ。男の俺に少しぐらい花を持たせてくれたってとも突っ込めぬ神速の告白だったよ。
そもそも一般成人男性の域を出ない俺に神速に対抗しうる術を持ち合わせておらず、
『え、あ、はい』
との返事。
次元を乗り越えてまでやって来やがった魔王様に逆らう力は無く、腕を引っ張り無理矢理──なんて乱暴なことはせず、俺の背中と膝に腕を回して俺を抱えて……所謂お姫様抱っこ。男の俺が抱えられちゃあお婿様抱っこってか。
そんな辱めを自宅までされ、何故かきちんと両親に挨拶。
正座、そして指三本揃えて床につけての礼。
『息子さんを、妾にください』
見た目が見た目なのに、その姿勢と台詞に感激してしまったらしいウチの両親。確かに、こんなことを言われちゃ惚れずにはいられない。リーシャはどこまでもカッコいい女を貫き通し、両親は俺の異世界への門出を強制しやがった。
曰く、死ぬまで帰ってくるなと。
「そ、それじゃあ……もしかして、もう手遅れなんじゃ」
「くそ……ようやくここまで来れたってのに……これじゃあ」
「諦めないでっ!私たちは、人類の希望を背負ってるんだ!あの人だって、きっと……必ず救い出せる!」
『さあ、妾たちの愛の巣へと戻ろうぞ』
知るか!
異世界へと旅立つこととなった俺を出迎えてくれた女の第一声。
元の世界と変わらない大地を踏みしめた一日目が、愛情一杯の言葉と差し出された右手で始まった。
その背に、魔王たる力の差を理解させるために行われた魔王による魔王のための下位魔族の蹂躙後の風景が無ければ、普通の生活と変わらなかっただろうが。
『妾は、この者を伴侶とする』
『お止めください!この者は人間!魔王様には相応しくない下賤の者!』
『……なんだと?』
ピカッと光った双眸。そして魔力波。
ニトロでも爆発したかと言わんばかりの衝撃に威力。
いきなり起きた魔王様の癇癪は留まることを知らず、爆発よって起きた粉塵が収まる頃には周囲にいた家来魔族諸々が倒れ伏し、左手にがっちり魔族を掴んで放さず、高笑いなさっていた。
……女、こわーって久々に感じたよ。
いつまで経っても終わりそうにない喧噪の中、ふと倒れ伏している魔族の一人?と目があったような気がして──
『助けてくれ!』
なんて、せがまれているような気がした。実際、倒れている奴ら全員が俺の方を向いていた。
『俺たちじゃ魔王様を止めることは叶わなんだからお前に全てを託してさっきは下賤とか言って本当に済まなかったって思ってるから俺速くして足蹴のまま逝ってしまうのではここがいやこれが天国か?』
バカ野郎がっ!
止まることなく一言一句確実に俺に魔力でテレパシーしてきやがった。魔族のくせに天国とかぬかしてんじゃねぇってかMか!
仕方なく俺がリーシャに近寄って、どうしようか考えてもなかった俺は、とっさに思いついたことをそのまま行動に移し、抱きしめた。
『……あ』
いきなりのことに驚いたのか、掴んでいた魔族を放し、そのままの格好で数秒硬直。後ろから抱きしめる形になったため、頭一つ分ぐらい俺の方が背が高いということもあって、横顔を見ることができた。
あまりに慌ただしくこの世界にやってきたってこともあり、あまりまじまじと観ることができなかったが、実際近くで見るリーシャは凄く綺麗で可愛くて……と、見ている内に固まっていたリーシャから力が抜けていくと同時に碧い顔が紅く染まっていき──
『や、優しく、して、くれ……』
おもっくそ、逆効果じゃねぇかあああああっ!!
「ああ……そうだな……その通りだ!
聞け、魔王!俺たちは、お前を倒して、この世界を救ってみせる!」
「ほぉ……貴様、たかが人間のくせによく吠える」
「ああ、確かに俺たちはお前等ほどの力はない……だが、俺たちには今まで共に戦ってきた人たちとの絆が、大切で暖かい絆がある!俺たちは、それがある限り、お前には負けない!負けるわけにはいかないんだっ!」
四人の戦士が、魔法使いが、僧侶が、そして勇者が、一世一代の大勝負のための構えを取る。
戦士は、隙さえあらばすぐにでも飛びかかれるように。
魔法使いは、いつでも攻撃魔法を放てるよう杖を握りしめる。
僧侶は、誰が傷ついたとしてもすぐに回復できるように。
そして、ただ一人の者を除いた全人類の希望を背に、勇者は剣を正眼に構え、紅く光り輝く魔力を解き放つ。
「いく「貴様等が言っている絆とやら……妾も持っておるぞ?」っ!?」
絆……それは、今までの過酷な旅を歩んできた勇者たちには重い言葉であり、確固たる力の一つ。それを、目の前の魔王は何と言った?
「バカな……個の力で全てを圧倒する魔族。それ故、慣れ合うことを嫌う魔族が絆など……それも、魔王が?」
「もし、もし魔王の言ってることが本当なら、私たちじゃ……」
思わず、握っている相棒が揺れてしまう……というやつだ。
もう断言しよう。当てていた双丘が離れたと思ったら、俺の目の前で横に縦にしなやかに揺れやがる。
ここまで必死になって抑えてきていたのに……!こら、ちらちらこっちに視線を送ってくるんじゃありません!俺だってお前と一緒にきゃっきゃうふふなことをって、男の俺が思うと限りなくキモいじゃなくて!
今更だが、俺の格好を第三の視点から見てみよう。
腕……後ろで両手首をスカスカの魔力で縛られている。『ぬっふん!』の一言で飛び散る汗と化し、暴走してそのままリーシャにダイブする。け、決して俺の意志による行為じゃぁ、な、ないぞ?
足……特に何も無し。膝立ちになっているような感じで、下は大理石っぽくなってて痛いと思うかもしれないが、そこはリーシャ。膝を痛めないよう魔力を固形化して造ったスライムみたいな何かを膝に当ててくれている。
腰……何もないはず。何もないはず!
うん、何もないんだよー。
そして、俺の頸元に当てていた手で俺の肩や胸、顔を撫でてくる。
物欲しそうに動く腕だが、そのことが勇者たちにばれないようもう片方の腕と体で隠している。
話を聞いている限りじゃ、絆も何かしらの効力があるらしい。
確かに、個の力じゃ魔族をどうすることもできないのに、ここまでやって来れた彼らを見るに、大きな力となっているのだろう。
そして、勇者たちを絶望させるために発した一言。
「そんなはずは、そんなはずがない!お前は、今もここで一人……こうして俺たちの前に立っている!奴の話が本当なら、絆が繋がってる奴が近くにいるはず!」
「おるではないか。ここに」
……はぃ?
「何を呆然としておる。貴様等をここに招いたのは他でもない……妾の伴侶であるショージを、貴様等に見せつけてやるためじゃ!」
勇者たちの方に突き出していた腕を高らかに上げ、嬉しそうに俺を見ながら、リーシャは宣言してくれやがった。
この空気……どうやってシメればカタがつくんだよっ!!
続……くのか!?