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黄金と紺碧の淵

 ザイドール王国ザイドール城は王都に取り囲まれる様に隆起した広大な土地にそびええ立っている。隆起した土地は高さ二十メートル以上にも及び、城がある上層に辿り着くには東に設けられた門を潜り、おびただしい数の階段を昇らなくてはならないというまさに天然の要塞だ。だが、異彩を放つその光景は見る者を圧巻する反面、疑問を感じすにはいられなかった。あの隆起した土地にあの様な城を如何様にして建造したのか?と。城の内外は間違いなく石作りなのだがその石の質にも疑心を抱くだろう。どこのだれが削り出し、運ばれたのか見当もつかないそれは日の光を浴びると薄い黄金色を、夜には青白い不思議な光を放ち、正確な直線と見事な曲線に加工され、組み合わされ、五階建ての城の形へと成し、空の雲を貫かんとする望楼ぼうろうは庭園を、王都を、そしてザイドールを見下ろしている。結局、神の御業みわざと言う無難な着地点に終始するのが常だった。――いにしえのいい伝えにも事実、それ示唆する物もある。上層は天界の園と命名された庭園が広がっており特に水を引いている訳でもないのに見渡す限り草花と木々に覆われており王都民からは空中庭園の名で親しまれてはいたが、当の空中庭園を目の当たりにできるのは王家の人間と元老院員を除いては極一握りの人間に限られていた。

 広大なザイドール王都は、空区、土区、風区と空中庭園を中心に円形状に区分けが成されている。中心の空区にはいわゆる貴族階級の位の人間の住居で構成されており、その中にはザイドール騎士団の総司令部も含まれている。土区から王都内で最も面積が広い風区かけては王都民が暮らす区画になる。主に住居の多くは土区に軒を連ね、風区には作業場、倉庫等の仕事場で構成されている。

 

 平伏に布地の帽子を被ったリーシュは王都中程の土区を雑踏に紛れきょろきょろ辺りを見渡しながら歩いていた。

「リーシュさん。こっちこっち」

 名前を呼ばれたリーシュだったが、人の往来と話し声でしばらく声の主を見つけらなかったがようやく見知った顔を発見し駆け出した。途中危うく狩人が仕留めたのでだろう巨大な獣のを乗せた押し台車にかれそうになりながらもなんとか目的の人物との再会を果たした。

「いやー、リーシュさん、見違えちゃいましたよ。すっかり僕達と同じ服装なんで」

 砦を出発した時の服装と比べての感想なのだろう。出発の前夜にロロから送られた白地に金色の刺繍ししゅうを施した立派な平伏を模した礼服とも言うべき出で立ちには自分で言うのも何だがとってもしっくしていたが、あの姿で王都を歩き回るのは少しばかり人目を引きすぎるのではと、世話役のロテインさんの意見もあり念のために持ってきた平服に着替えてやって来た。

「魔法院とかでなら大丈夫なんだろうけど、僕はどうやら来賓らいひん扱いみたいでさ、来賓でございって感じを出して歩き回るのはどうかなって。それに髪の毛もあんまり見せない方がいいって言われちゃった」

「上から下まで金色になっちゃうと王様の隠し子だと思われちゃいますしね。初めて見た時はきっとそうに違いないって思ってましたし」

 スーはにこりとして答えた。

「えー!やめてよー」

「ははっ。冗談ですよ。さっ、とりあえずこちらへ」

 スーは手を引いて傍らの建物へとリーシュを促した。

「おじさーん。少し奥の部屋借りるよ。それと何か飲み物」

 建物に入るなりスーは言うと奥へとリーシュを連れて進んだ。建物の中には五、六人の男女が何組かに固まり卓に地図を広げ頭を尽き合わせて話し合っていた。スーが声をかけた思われるおじさんというのは建物の入り口の傍らに木製の腰掛に座って早朝から居眠りにふけっていた人物の事だろう。

「あいよ。スーちゃん」

 答えるおじさんに続いて男の声が上がった。

「ちぇっ、ここじゃ十五って言うだけでなんでもありかよ。え?」

 その声に手を引くスーの足がぴたりと止まり声に振り向く。

「十五番に何か問題があるのですか。私が聞きましょう」

 卓の上に目を落としたままぼそりと言ったのは十五番旅団団員獣人族のカーマーゼンだ。

「えっ、あ、いや、十七番の間違いだった。はは……」

 カーマーゼンを見て青褪めて慌てて発言を訂正した男は自分の作業に戻った。カーマーゼンの存在に気がつき慌ててぺこりとあいさつするリーシュに髭をぴくぴくさせて答える獣人族。

「じゃ、よろしくー」

 その様子におろおろするリーシュを他所にスーは奥の小部屋へとリーシュを案内してくつろぐ様に促した。

「びっくりしたー。十五番旅団って有名なんだねー」

 感心して声を上げるリーシュ。

「ははっ。そうみたいですね。僕なんかはただくっ付いてるだけですけどね。さっきのカーマーさんや団長さん達がしっかりしてますからね」

 やんわりと答えるスーだったがリーシュは内心心底関心していた。

「それで?どうですか?リーシュさんは都市まち着いて三日経ちましたけど?」

「んー。何もかもがおっきいよねー」

 

 十日間の旅程を経て夕方頃、ザイドール城の空中庭園が見えた辺りでザイドール騎士団の迎えの馬車に乗り換え王都へ入ったのが丁度三日前になる。

 王都へ近づくにつれ街道は上り坂になって行く為、ザイドール地方の目玉とも言える空中庭園の景色は街道沿いからではその壮観な景色を眺めることはできない。なので前日に旅団は街道を少し外れ、遠方から空中庭園を見下ろせる地元では名所の小高い丘にわざわざ僕の為に迂回してくれたのである。残念ながらその日は天気に恵まれず黄金に光るザイドール城を見る事は叶わなかったが、それでも一度見たら忘れられないでだろう貴重な景色を見る事ができたのには旅団の方々にはとても感謝している。

 感謝と言えば、砦に迎えにやって来て父と副団長のリクさんの会話から「首長の息子」としての取り扱いを心配していたのだが、意外にも旅団一同頭を下げたのは迎え入れる最初と騎士団に明け渡す最後だけで、道中の野営の手伝いや途中立ち寄った部落での荷物の積み下ろしの手伝いを向こうから積極的に声をかけてくれたのはとてもうれしかった。他にも馬の世話や乗馬。上手な野営の仕方。狩りや料理、保存食の作り方。各地方の特徴。中でも印象に残ったのは獣人族のカーマーゼンさんと会話だった。会話の中身より獣人族を目の前に本人と会話した事自体が僕としては実に貴重な経験だった。

 しかし、ザイドール騎士団の馬車に乗り換えてからはまったく白けてしまった。その馬車というのが牢獄の様な有様で鉄格子付きの窓から気持ち外が見える程度で王都内部に入ったのは賑やかな物音や会話でそれと知れたが、外の様子が殆ど知れない。腰を浮かして覗きこもうとすると馬車に同乗した近接護衛の騎士団員にさとされる始末。おまけにまったく会話が無い。僕の立場と訪れた目的上仕方がない事とはいえ実に残念な思いをした。付け加えると馬車の乗り心地も最悪だ。旅団のそれとは比べ物にならない程劣悪だった。王立旅団所属の馬車なのになぜああも酷いのか。あんな物に揺られて戦湖に講和会議に向かう学者さん達にはかなり同情する。

 その晩は特に予定も聞かされず部屋に案内され、出された食事頂き、就寝となった。

 余程疲れていたのであろうか、前の晩に食事の世話をしてもらった静々とした執事みたいな初老の男性に肩を揺すられるまで目が開かなかった。聞くとここは王都滞在中の仮住まいだという。男性の名はロテインといい滞在中の僕の身の回りの世話をしてくれるまさに執事だった。

 迎えにやって来た仰々しいまでの鉄鎧姿の二人の騎士団員に連れられて仮住まいを後にし、とうとうザイドール城の魔法院へと向かう事になった。――もっとも魔法院へというのは僕の早合点だったのだが。それ相応の服装でないけないのではと心配したが、ロロに送られたお気に入りの平服でまったく問題ないとロテインさんのお墨付きをもらった。この服はあまり馴染みのない長袖だったお陰で左手首に着けていた腕輪は傍目からは見えないので見咎みとがめられる事もなかった。履物も履き慣れた物をコモジさんが獣の革で手を加えてくれた物を履いた。これはその一足しか持ち合わせがないので選択の余地はないのだが。

 ザイドール城に向かう唯一の道、無想の門と無想の道。驚いた事に迎えに来た二人の騎士団員の内年かさの方は十数年前まだ幼かった僕を腕に抱いた父とここを一緒に昇ったそうだ。当然、申し訳ないが僕には覚えがない。そんな彼は先を昇りながら話をしてくれた。

 この階段は、天界で最下層の位置づけられている地界ちかいと、神々のいこいいの場所と言われている神界を繋ぐ唯一の道だそうだ。現世うつよでは叶わないそんな天界の構図をこうして現実に模したのだという。より神に近づきたいという願望からなのかどうなのか。古のいい伝えによればザイドール王家の人間は神の子とされている。なので代々、神の象徴である黄金色の髪をしている。ところが隣国オレノーアの女王も金髪だそうで、僕もまた金髪だ。そう考えれると王家の人間が神の子であるといういい伝えや神その物の存在すら懐疑的で、そもそもそのいい伝えの出所も不明な点が多々あるそうだ。神だの半神だのは自分には関係ない。ただ、王がればそれでいい。

「だが」

 彼は話をこう締めくくった。

「私はギードではないから分からぬがギードが流れを器に満たす時意識が訪れる場所は地界だと言うし、そのギードその物の存在とこのザイドール城を見ればいい伝えは別として神とやらの存在を認めたくなるのも無理はないと、思いはしますな。……と、昔君を連れたリアス殿が言っておられました」

 無想の段を昇り切ったその人は、振り返って少し驚いて口をぽかんと開けた僕に笑顔を見せて言った。

 天界の園と言われるその広大な園はまさにその名を冠するに相応しい場所だった。揺れる草花と葉音な奏でる木々が伸びやかに広がっている。そして視界の隅には遠方の景色が広がる、広がる森を切り取って空に放り投げた様なこの景色はまさに空中庭園だった。

 驚くのはそれだけではなかった。一体だれがどうやってここにこれほど巨大な建造物を築城したのか、これがザイドール城。薄く黄金色に光るそれを目撃したら確かに神の存在も信じてしまえそうだった。

「昔はそこまで驚いたりはしなかったんだがな」と言われて我に帰った僕は心底驚いた顔をしていたに違いない。当時、幼かったとはいえこれを目の当たりにして驚かなかったという自分が少し恥ずかしというか何と言うか何とも複雑な心境だった。

 近づくに連れて視界に収まり切らなくなるザイドール城の巨大な正門で迎えたのはいつかの報告会で同席した元老院のハーレンゲーンさんだった。任を終え城前を後にした二人の騎士団員の背中に一礼をし見送った。話を聞かせてくれたあの人がザイドール騎士団の最高指揮官、ジュノー将軍と知るのは少し後の事だった。

 ハーレンゲーンさんに促されてザイドール城の門を潜り入城して最初に感じたのは内部の様式や四方に張り巡らされた青白く光る不思議な石の質感でもなく、下から何かがせり上がって来る様な異様な圧迫感だった。差し迫った何かがやって来る気配も無いのについつい自分の足元に目を落としてしまった。ハーレンゲーンさんに声をかけてもらわなければ、いつまででも足元を見て詮無い詮索を続けていた事だろう。庭園の地下には巨大な水源があるのではといつか会議で地質学者が言っていたと、僕の懸念を配慮したのかしていないのか笑顔で一蹴されてしまった。

 城内一階の外郭には無数の部屋が並びその全てが元老院員の個室になっていて庭園内に住まうのは城内にザイドール王と元老院員のみで、城外に建てられた騎士団の詰め所を兼ねた建物に専属の召使数人だけという外の華やかさとは裏腹に意外と閑寂かんじゃくな場所なんだとハーレンゲーンが話してくれた。城内には魔法院が存在しないのには少し驚いた。てっきり城内の魔法院に連れてこられるとばかり思っていたからだ。

「まあ、そう慌てるではないて、魔法院にはちゃーんと連れていくて、魔法院へ行く前にわしはお主と話をしなければならんて」

 寂々《じゃくじゃく》とした廊下をしばらく歩きハーレンゲーンさんの個室であろう部屋に案内され、魔法院の所在を尋ねる僕にその部屋とはまったく場違いな木製の腰掛を勧めながら話し出した。

 まず、最初に驚いた事は僕がギードなると言い出すのを父は事前に承知しており、その折にはハーレンゲーンさんに僕の事を以前から頼んでいた事だった。事前とはいつ頃の事なのか、どうして僕がそう言い出すだろうと予測したのか、当の本人はここにはいないので聞ける訳もなかったしこの人も「さあて?」と、教えてくれる様子も無い。

 次に話したのが今回の面談の本題だった。この話こそが、父がハーレンゲーンさんに託した真意だった。元々ギード希望の人間はザイドール王国民であれば年齢、性別、種族に関らず一部の例外は除いてその門は広く開かれているそうだ。要するに意外とお手軽にだれでもギードになれる機会が与えられる。という事なのだろう。

 但し、希望した誰もがギードになれる訳ではない。神の祠でギードの証である器を授からなくてはならない。この器を授かるって言うのがギードになる上での絶対条件になるのだが、これが何と十人中一人授かれば多い方だという実に高い壁が立ちはだかる。僕の場合今の段階ではギードの詳細は正式に魔法院に申請した訳ではないので明かす事はできないと言う。現在ザイドール王国に何人のギードがいて、それぞれがどんな能力を有しているのか、またギードには他にどんな能力があるのか等々。

 問題は、器を授りギードとして生まれ変わった後の事にあった。ハーレンゲーンさんの話は最初から最後まで好奇心をくすぐられる内容ではあったものの決して楽しいものではなかった。

 例の茸の形をした被り物を被り直したハーレンゲーンさんは最後に僕にこう言った。

「お主が何を思いギードになると決めたのか、そしてギードで何を成さそうと思い至ったかは詮索する事はしないし止めるつもりもないて。しかしな、おぬしの成そうとしている事にギードという手段を用いない道もあるじゃないか。とわしは思うて。器を授かってしまったらもう決して後戻りはでんでな。」

 どことなく含みを帯びた言葉を口にしたハーレンゲーンさんからはどこか心痛な思いが読み取れたのは僕の考え過ぎだっただろうか。

 個室を辞そうと腰を上げた瞬間に背後の壁の向こう。そう、この個室に入る時に通って来た廊下の向こうから青白い何かがこちらへゆっくりやって来る気配を幻視した。その気配は壁を隔てて丁度僕の背後辺りでぴたりと止まり壁越しにこちらに窺っている様だった。これはなんだ?体がすくんで動かない?

「ほう、私の気配を感じる事ができるとは……さすがは首長の息子。いささか鍛え方が他の者とは違いますね。リーシュ・リウム君」

 壁の向こうからくぐもった人の物の声がする。あれは人間なのか?青白いあれが僕に話しかけているのか?

「こ、これは淵王。御用があれば人をやってくれれば良いものを……」

 声を聞いて初めてあの存在に気がついた様子のハーレンゲーンさんは今までののろのろとした動作とは裏腹に俊敏な動作であれに話しかけながら僕の肩を掴んで強引に座らせ、自分の唇の前に人差し指を立て喋るなと合図を送って来た。まったく状況が把握できない僕はこくこくと首を縦に振るのがやっとだった。――後方から押し寄せる得体の知れない圧迫感に気圧され動く事はもちろん喋る事もままならなかったのだが。

「いや何、噂のリアス将軍の息子とやらの顔を拝んでみたかったのでね。何とも愉快な素材ではありませんか。ハーン殿」

「恐れ入ります……」

「ではハーン殿後ほど」

「はっ」

 青白い何かはそれを最後にぱたりと気配を絶ち消えてしまった。

 ハーレンゲーンさんは僕の肩を両手で掴んだまま目前で頭をうな垂れていた。僕が声をかけないといつまででもそうしていたのではないかと思える程に。慌てて両手を離したハーレンゲーンさんは姿勢を正したった今やって来た淵王と呼ばれる姿なき訪問者の事には不思議と触れようとはせず、話がしたければ用意した世話役に言いつければいいと、呼びつけた召使に僕を預け慌しく僕を城外へと送り届けた。

 門を潜り城外へ出ると少し風が出てきたのか身体に感じる風が冷たかった。そう顕著に感じるのはあの気配を感じた時に全身から噴出した冷や汗のせいなのだと気がつくのにたいして時間はかからなかった。

「あれが淵王……ギードの師……なのかな?」

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