森に光る
ザイドール王国王都に本部を構えるザイドール騎士団。その中に王立旅団という組織がある。ザイドール王国の要所を早馬で疾駆し書状の送付のを行なったり、馬車を用いた要人の護衛等が主な任務である。王都が王国全体の情勢を掌握するに当たって必要不可欠な存在である為現在騎士団の中では最もその活動が活発な部署である。王立旅団によって王都にもたらされた情報は元老院に報告され、管理対応される仕組みになっている。
民間にも似た組織が存在する。こちらも王都に本部を置くザイドール貿易商連合だ。元々は隣国オトレノーアとの貿易を王都公認の元一手に引き受けていた所なのだが、先の戦争によりその国交は近年途切れてしまい今ではザイドール王国中を巡る旅団の運営管理を主な生業としている。その他には、未開の地を探索させ新たな鉱物やその他諸々の素材や土地の発見を行なわせる冒険者と称される者を雇う等もしているが、こちらは旅団その物に冒険者が所属しているか、旅団自体が冒険者の集団という形を取っているものかのどちらかであるが、大多数は前者に該当する。本来冒険者は、ハマリ地方東南部からアリマド地方南部にかけての地形や気候が最も厳しく過酷な――未だ未開の地の多く残る区域を探索される目的で雇われていたが、その成果はあまり顕著では無い。
旅団はザイドール王国中を巡るが、その経路や目的は様々である。旅団自体が任意に決めた砦、町、村、部落等を固定で巡回するもの、ザイドール貿易商連合から請け負った経路を行くもの、さらには請け負った荷物の目的地によりその進路決めるものもある。こちらは通称「野良」と言われ、冒険者を内包するのが常であるが故に王都に帰還するのが数年後になる場合もあり、しばしばその消息が不明になる事もある。
旅団の主な仕事は荷物、食料の運搬にあるのだがその他に、街道の舗装、修繕、開拓がある。こちらは大抵複数存在する専属の旅団が元老院から経由した依頼を行なったりもしている。
現在、貿易商連合に登録されている旅団の総数は百以上に上るが、その中で実働している旅団は僅か二十数個でしかない。それほどその実務内容は過酷を極めるのでだろう。
ジャックはとうとうせり出した地面に押し飛ばされその衝撃で大きく後方に吹き飛ばされてしまった。後転して衝撃を軽減する。
「おいおい。本当に本気じゃないか」
ジャックの背後から肩に手を置きギルが声をかけた。
「まともに受けたら、無事が、ない」
「無事じゃ済まないって言うんだ。あんなの受けたら自慢じゃないが俺じゃひとたまりもないぞ」
確かに。さっきの顔面に来たのはかなり危なかった。おそらく防御が張れないギルには致命傷だろう。
「それになんであんなに召還獣がもつんだ。召還したまんまで念動力まで使ってるのにちっとも送還しないじゃないか。反則だ反則。……それと、あの青いのを俺一人で相手するのは今のが精一杯だよ」
「はい」
召還獣にしても念動力にしても流れを消費しているはずだし確かにおかしい念動力は見た目はそうでもないがかなり流れを酷使するそうだからな。繋げる技術が半端じゃないって事か。 しかし、現にあの人はそれをやっている。それに戦闘には反則も何もない。
「出てきたぞ……」
さあどうするか。
スーの作ってくれた簡単な食事を皆が済ませると、マスターがコモジに三人で少し散歩に行ってきても良いか許可を求めた。するとコモジはじっとマスターを見つめた後隣に座るリクにごそごそと耳打ちをし始めた。うんうんとそれを聞くリク。
「えー、いいそうです。但し、明朝の出発に変更はないです。えー、それと……ほどほどに、だそうです。」
コモジに耳打ちされた内容なのだろう、それをリクが伝えた。
「おー、ありがたいコモジ殿。お前達よかったのう。ふっふっ。スー、ごちそうさまでした。あ、そうそう」
マスターが懐をごそごそ探って小さな布の包みを取り出しコモジに手渡した。受取ったコモジはゆっくり布を解いていくと中から小さな青い小石が現れた。きらきらと光るその小石に一同の視線が集まる。
「ちょっとしたお守りじゃて。わしと二人がおらん間に何かあったらそいつをこう、ぎゅうと握りなさい。そうすればすぐに駆けつける。この二人が」
ぎゅっと拳を握って謎の石の使用法を伝える。コモジは珍しそうにその石を摘んで見ながらうんうんと頷いた。それを満足そうに眺めたマスターは傍らに置いておいた杖を持って立ち上がり言った。
「それじゃ行こうかの。少し歩くぞ」
「お、おう。じゃっちょっくら行ってくるわ」
「はーい。行ってらっしゃい」
歩き出した三人の背中をにこにこ顔でスーが見送った。
マスターの横にギル二人の後ろをジャックが歩いて旅団がやって来た森の方へ歩いていく。好奇心の塊のギルがマスターに質問を浴びせ出す。
「なあ、あの石はなんだよ」
「お守りじゃよ」
「それは聞いたよ」
「目を覚ます度に何かごそごそしてたあれと関係があるのか?」
「まあ……そうじゃの。お守りじゃて。ふっふっ」
「ちぇっ。で、今夜はどんな風の吹き回しだよ。いつもはもっと奥地でやるのにさ。もっとも、この辺りに他にギードがうろついてるとは思えないから大丈夫だけどさ」
「ま、わしにも事情があってな」
「それはないだろ……」
結局、実のある回答は得られずにそれからはジャックに習って黙って歩き続けた。
森に入ってからもしばらく三人は歩き木々が多少空けた場所にやって来るとマスターは立ち止り言った。
「この辺りでいいかの」
日は沈み辺りはすっかり暗くなっていたが、星の明かりでそこまで視界がない訳ではない。聞こえてるくるのも風に揺れる葉音だけだ。
「今回はの、怪我人を出したくないのでの性根入れてやるんじゃぞ?」
「ん? どういう意味だ? 怪我なら今までも何度かしてるぞ」
「そんな物はかすり傷じゃろ。教えられた事を全部つぎ込まないと後悔する事になる。とまあそういう事じゃな」
「ほう、なるほど」
したり顔をしたのだろうか、特に表情に変化のない獣人族。
「そうじゃのう……このわしの頭巾。この頭巾を下ろしてみい。そうすればお前達の勝ちじゃぞ」
「え? それだけ?」
「そうじゃ。飲み込みが早いの。ギルよ」
「よし、じゃあ……」
「マスター。少し、時間を下さい」
今まで黙っていたジャックがギルを遮った。
「ふっふっ。いいじゃろ。わしは向こうで休憩じゃ。良ければ声をかけてくれ」
と言って、向こうへとぼとぼ歩いていく。
「何だよ」
突っ掛かるギルをジャックが制止し言った。
「ギル、これ、難しいです」
「知ってるよ。マスターが今まで簡単な事を言った試しはないだろ」
「私達、今まで、マスターの衣服、触れた時ない。」
「それがどうした。マスターは強い。知ってるよそんな事。だからって考えたって仕方ないだろ。どうしてお前はいつもそう石頭なんだ」
それも一理ある。しかし、行動に出る前に何かしらの作戦を練らなくては……いや、ここはやはりギルが正しいかも取りあえず向かってから考えよう。もっとも、考える余裕があればの話しだが。
「……はい」
「よし。それじゃいくぞ」
ギルはジャックの肩に手を添えながら言った。
「マスター、始めよう」
向こうで見つけた石の上に腰かけていたマスターはギルの合図に呼応して立ち上がったと同時にマスターの目の前の空間がすっと青白く光り出しそれが四肢を持った獣に変化した。
「げっ」
それを見たギルが仰天して声を上げる。
マスターが召還術を行使したのだ。この召還獣と言われるものを初めて目にした時は目を疑った。何もない空間から突然光る狐の様な生き物が現れたのだから。予備知識があろうがなかろうがこれを初めて見たら誰もが驚くに違いない。しかしながら、あの召還獣が俺達の練習相手を務めてくれていたのでもう今ではお馴染の風景なのだが。マスターによれば召還術を行使できるギードははごく稀で今までに自身を含めても数人にか行使できる者は見た時がないそうだ。術者によって召還できる召還獣の姿や大きさまた、備える能力も異なるそうだ。あの召還獣は小柄で敏捷さだけが取り柄なだけのかわいいもので、中にはとてつもなく巨大で凶暴な召還獣を召還する知り合いが居るとも言っていた。今回は相手がマスターなのだから当然あいつも現れるだろうとは予測していた。まずはあいつには強制送還してもらう。
「ギル、行きます」
「おう! 任せろ」
ジャックは召還獣に向かって突進した。体の輪郭が僅かに緑かかった光を放つジャックの最初の一撃をふわりと中空浮かんで召還獣は避けた。獲物を取り逃がしたその拳は地面に突き刺さった。それを予測していたのかジャックは何の予備動作もなしにほぼ真上を舞う召還獣に向けて飛び上がった。その時、ジャックの体は緑色の光から紫色に変化していた。相手に背中を向けた状態で召還獣に迫ったジャックは目前でぐるりと回り、回し蹴りを召還獣に放ったが、これも外してしまい驚愕した。空中で回し蹴りの素振りを行う事になったジャックの背後に回っていた召還獣は地面に接地してないはずの両前足を軸にした両後ろ足の蹴りをジャックに入れようとしていた。背後を取られた事に気がつくのに遅れたジャックは直撃を覚悟して瞬時に光を紫色から再び緑色に変化させた。だが、今度は召還獣が空中で蹴りの素振りを行なう事となった。ジャックの体は何かの作用で急速にギルの傍まで引き寄せられたのだ。同時に召還獣も元いた場所へと見えない階段を下って行く。
「召還獣に念動力か……こっちと同じ戦法って訳だ。念動力は有機体には行使できないなんて仕様はここじゃなしって事だ。尚且つ、相手の駒にも念動力は使えん。これじゃ埒が明かないな」
駒という語に反応してむっとした表情をギルに向けるジャック。
「悪い悪い。便宜上の言葉だ。悪気はないよ」
ばんばんとジャックの肩を叩いて軽くいなすギル。
「で、次は?」
こちらから送還させるのは骨が折れそうだ。散らして本命に攻め込むか。
「ギル、火で追い立てて、私はマスターに行きます」
「了解だ」
身体が赤色を帯びるジャックが両方手のひらを上に向けると同時に両手から炎が上がり、次第にそれが拳大の火球玉へと成型されていく。
「もう少し」
ギルの要求に応じて一回りその大きさを増した。
「行きます」
言うが早いか今度は水色の光を帯びたジャックはギルと二つの火球玉をその場に残し目まぐるしい速さで目標であるマスターに向かって迫った。それに立ちはだかった召還獣。まったく眼中にない様子のジャックはそのまま駆ける。ジャックに向かって正面から襲い掛かろうとした召還獣だったが、ジャックの背後から現れた二つの火の玉の挟撃に合い、たまらずそれを避けたが為にジャックに道を譲る形となった。マスターの目前迄迫ったジャックは直前で空中に飛び上がったと、同時に地面から火柱が上がった、空中の寸でで火柱を避けたジャックは体を先ほどよりも強く全身を緑に光らせながら渾身の拳をマスター目掛けて振り落とした。
が、同様に緑の光を帯びたマスターの目前でその伸びきった拳は止まっていた。
「ほう……実にいい輝波じゃの。じゃがそれだけでは……」
ジャックの顔面にはマスターの手のひら――掌底部分が目前まで迫った。不思議な光を放つ二人は互いの頭部へ打撃を繰り出すもそれぞれが纏う光の帯に阻まれて一歩及ばない状態で静止するという異様な光景を作り出した。ジャックの放つ緑の光輝がみるみる弱まるのに対しマスターの光輝は増して行きその手のひらがジャックを包む光の帯に侵入する。
押し負けかかるジャックはその瞬間、一滴の水が水面に落ち、波紋が広がる光景を幻視した。
ジャックはそのままマスターに突き出した拳を手がかりにして彼の目前で前転をやってのけ、マスターの背後へ着地した。互いに背中合わせの状態になったかと思うと、地面の一部が突然上にせり上がり二人の背中が地面から生成された壁によって隔てられた。その壁は即座にマスターの繰り出した一撃で粉砕されたが、土片と土煙の向こうにはジャックの姿はなく代わり水柱が立ってた。強力な水圧で空中に舞った青色に光を帯びたジャックはマスターの背後から迫る一つの火球玉を確認するや今度は紫色に変化し、両手をマスターに向けてなんと雷火を放った。
火球玉の着弾が一瞬早く、どんっという轟音と共に土煙が舞った。そこにジャックの放った紫電の一閃が加わる。炎と雷の遠隔波状攻撃の的になったマスターの姿は舞い上がった土煙と千切りになった草等に包まれ視認する事は出来なかった。着地と同時に異変を察知したジャックは後方へ回避し間合いをすばやく取ったが、波打ち出した地面の追い討ちを避け切れず後ろへ飛ばされてしまった。
落ち着く土ぼこりからマスターといつの間にか主人の側へ引き寄せられた召還獣の姿が見えた。あれ程の攻撃を受けた彼等だったが、着衣の乱れも無く平然とした様子だ。ジャックの後ろに駆け寄ったギルが肩に手置いて言う。
「あの青いのを俺一人で相手するのは今ので精一杯だよ」
「はい」
ジャックの弾む息が急速に落ち着いて行く。青白い光と共に召還獣の姿は消え、それと同時にマスターの体がみるみる水色に変化する。刹那、マスターがジャックの目の前に現れ驚く間も無く二人はまたしても後方に弾き飛ばされてしまった。
「いいかなお前達。ギードとは即ち、流れじゃ、流れを感じる事が出来なければギードの具現化はならん。具現化したギードは視認できるが、流れは見えん。見えんが感じる事はできる。放つギードを感じるのじゃ。何、簡単なことじゃ。……理屈に囚われるな。流れを見切り操るのじゃ……
空間から生成する強風に煽られて後退した二人に肉薄するマスター。自分の肩に手を置いていたギルを庇う形で緑色の光を放ち防御の体勢を取るジャックだったが、その場から突然一直線に上空に打ち上げられた。
視界から姿を消したジャックを追う様子も無くマスターは目の前に代わって現れたギルに小さな烈風を孕んだ緑色に発光する手刀を振り上げた。対するギルはそれを予期していたのか既に諦めたのか、身構える様子もなく両手をだらりと下げた状態だった。振り下ろされた手刀をただ腕でだけで受けるギル。再び振り上げられるマスターの手刀には間違い無く緑色に発光しているのだが、振り下ろされギルの身体に触れる直前にその発光が打ち消されているのだ。まるでギルの周囲に不可視の結界が張られているかの様に。
しかし、三度マスターの繰り出す手刀を受けたギルは防御するも、とうとう膝を折って地に着けてしまった。
その時、マスターの真横に上空に姿を消したジャックが重力に引き寄せられて現れた。その気配を瞬時に察知したマスターだったが、目前のギルに手によって自分の手首を握りられ動き封じられていた為、一瞬ジャックへの対応が遅れる事になった。その一瞬の隙を突いたジャックの緑の一撃がマスターの横っ腹を捕らえた。直撃を受けた衝撃で吹き飛ぶマスターに追撃を試みる水色に発光するジャック。戦いは森の中での肉弾戦へと移行した。拳を手刀を膝を足を時には身体全体を奇妙に明滅させ暗闇を切り裂く二人の攻めぎ合いは森の住人にはひどく迷惑極まりなかっただろう。怯えて逃げ出す小動物はまだいいとして、その場から逃げようにも逃げられない木々等にはたまらない。強力な力によって寸断された上に何の力が作用したのか徐に浮き上がり、投げ飛ばされる物までいた。
二人の攻防はその激しさを増していき、とうとうマスターの一撃がジャックの顔面を捉えたが、その一撃が捕らえたのはジャックの顔面ではなく、顔の表面に形成された深く光る緑の帯だった。さらに、マスターのもう片方の手首にはジャックの右足のつま先から伸びた紫色をした光る針金状の様な物で拘束されている。その針金状の物は生き物の様に腕でに絡み付いていく。両手の動きを封じられた僅かな隙を見てジャックは水色に光る手をマスターの顔面かざした。
フードがゆっくり後ろに倒れ、笑みを浮かべた顔を星のか細い光の下に晒した。
「ふっふっふっ。やられたやられたわい」
頭の中央部の前から後ろへと茶色い毛を残し後はすっかり剃り上げた頭髪と、顎の右側からこめかみ迄に渡る炎がめらめら燃える様を描いた痛々しい傷跡が印象的な老人がそう言うと。ジャックは自身の発光現象を消失させそのまま後ろへ倒れれかかった。力尽きて昏倒しかけた彼を寸でのところで二人の戦闘から少し距離を置いて援護していたギルが支えに滑り込む。
「やれやれ。滅茶苦茶しやがって。あんなのいつ覚えたんだ……死んでんのか? こいつ」
「集中が途切れて気絶したんじゃろ。大丈夫じゃろ。しかし、こやつにも驚かされたがギルお前もじゃ。触れずに流れを送ったな?」
地面にそっとジャックを横にさせながらギルが答える。
「そりゃこいつを上に弾き飛ばしたら俺を助けようとして流れを逆流させやがったんだ。そんな事されちまったらこっちだって必死にもなるだろ。って言うかよ、やり過ぎだろ。一つ間違えたら死んでたぞ!」
「じゃから最初に言ったじゃろう。それに死人も出ておらん。ふっふっふつ」
「ふふふ。じゃねーよ。まったく……お、気付いたか」
目を瞬かせながらむくっと起き上がったジャックは二人を交互に見て言った。
「……どうなりましたか?」
ギルがジャックの頭を叩きながら答えた。
「お前覚えてないのかよ。俺達の勝ちだ。」
「ほっ。リュードとはなんとも奥深いギードじゃのう。多数の属性を自在に操り攻守共に優れた能力を持つ。わしの教えてない事まで無意識とはいえやってのけるとは、まだまだ未知のギードじゃのう。」
腕を組んでしみじみと言うマスター。
「……二重……?」
ジャックがぼそりと尋ねた。
「うむ。理屈は教えたが教わって早々に出来る技術ではないな」
「二重って種類の違う属性を防御に重ね合わせてやるのだろ? すごいじゃない。高等技術って教わったぞ?」
背中をばんばん叩いて称賛の意を表しているのだろうが、獣人族は遠慮って物を知らない。ただでさえ力が強いのにかなり痛い。しかし、二重防御等を行使した記憶はまったくない。教わってから何度も試してみたのだが、内側に属性防御を張ろうとすると必ず外側にあった属性防御が消失してしまうのだ。
「防御はもちろんじゃがジャックの仕掛けたのは少し違うの。外郭に張り巡らした土属性防御に内側から風属性の破壊魔法を発生させて、自身が張った土属性防御を内側から打ち抜いてきたんじゃな。もっとも、土属性防御を打ち抜いた時点で威力が相殺されて大幅に落ちるが……流れを見切れる優れたギードでもそれには驚くじゃろうて」
なるほど。そんな事をしていたのか。火事場の馬鹿力と言うのか。そういえば一瞬ギドの声が聞こえた様な気がしたがあれは気のせいだったのだろうか。
しかし、なぜ? と、いつも同じ疑問に行き着く。十年以上前にこの老人と出会い望んだ事と偶然が重なり合った結果この様な能力を習得する機会を与えられ、そしてそれを鍛えたのか。おそらくギルも同じ考えは多かれ少なかれあるはずだ。
子供の頃に見たアニメや映画の中で出て来た魔法の様な能力――事実、俺の知っている魔法と似た発音をし、呼称される事も時としてある。ギードと総称されるこの能力は、十二分な殺傷能力を備えその元になるエネルギーは無尽蔵にあるという。もっとも俺の場合は、リュードと呼ばれる召還術と並んで稀有な存在で、通常のギードの様に器を有し、地界へ繋がり、流れを汲み、器に流れを満たす。という一連の順序はなく、リードという能力を有したギードに流れを分け与えてもらって初めて自身で術を行使する事が可能になる。その無尽蔵に存在するという流れは分け与えてもらうごく限定量でしか感じる事はできない。
そして、ここに来てこの実戦さながらの訓練。何かに対してこの老人は備えている。と思うのが自然ではないだろうか。当時この老人は「興味があれば」等と言っていたが、これは興味本位で会得する能力ではないのは間違いない。それにこの人は決して馬鹿ではない。ギードの危険性も十二分に熟知している。俺が、俺達がこの能力を悪用するとは考えなかったのだろうか。この国ではギードは王都の厳しい管理下に置かれている。このギードの危険性を考えればその様な管理下に置かれるのも当然だと思う。その管理の枠外にいる俺達は王都にとってかなり危険視される存在であるのは明白だ。それもこの老人はおそらく承知の上だろう。残る余生の暇潰しではあるまい。やはりそれはこの老人の過去に何らかの関りがあるに違いない。
「……って、おい! 聞いてるのかよ!」
「あ……ああ」
「やれやれ。俺様がどれほどお前の舞台を華やかにしてやる為に苦労してるか分かってるのかね」
「あ、ありがとう。ギル」
「ふっふっ」
自分がどれほど高等な技術を披露していたかを熱弁していたギルだったが、心ここにあらずといったジャックの様子にむっとしたギルは、野営地へ踵を返し、言った。
「さ、帰ろうぜ。もうくたくただ」
起き上がり遅れて歩き出したジャックの思惟を読み取ったのか、背中にマスターの心痛な響きの声がかかった。
「すまない。もう過ちは犯せないのだ。もう少しだけ待って欲しい」
それを背中越しに聞いたジャックは立ち止まって小さく「はい」と答えてギルの後を追った。