小さな巨人
「やっぱり庭園に行ったんですね!いーなー」
詳細の殆どは伏せたにも関らずスーは楽しんで聞いてくれた様子だった。
スーとは砦から王都までの旅程中年齢も近い事もあって意気投合してすっかり友達同士になれた。砦内での生活では同年代の友達はほぼ皆無に等しく本人同士が良くても向こうの親が恐れ多いという事で一緒に遊ぶ機会に恵まれる事もなかった。ここ数年ではそんな事は気にも留めなくなったが、スーと会話しているとこれが普通なんだろうななどと思ってしまう。もっとも遊ぶ時間の代わりに父の勧めもあって体術の稽古に明け暮れる事ととなった。砦内に友達はいなくても稽古相手に事欠かなかった。結果、一般の衛兵相手では練習相手にもならなくなってしまう程上達した。
普通と言ってもスーの生い立ちも特異だった。数十年前にハマリで起こったある事件で両親とは生き別れ、偶然に居合わせたこの旅団に引き取られたという悲惨なものだったが、本人はまだ当時小さかった為かまったく記憶に無く今では旅団員が親代わりだと笑って答えていた。それからの旅団での生活の中で同年代の友達が出来る訳も無く、環境は違えどその辺りは僕と同じ境遇でもあるかもしれない。生き別れた両親の唯一手がかりの欠けた首飾りを元に思い出した様に立ち寄った部落等で聞き込みをするらしいが今まで見のある収穫は無い。本人はそれはただの所作でもう何も分からなくていい、今更分かってもたまらないと零していた。
「それじゃあ、リーシュさん都市を案内しますよ」
騎士団の迎えが見えた頃に二日後以降の朝方に風区の南側中央で待ってます。と、何とも分かり辛い待ち合わせの約束を強引にさせられたのだった。多分この辺りと聞き出したロテインさんの情報を元におっかなびっくりにやって来た所をスーに見つけてもらった。
「おじさんご馳走様ー」
入り口があった部屋に戻るとさっきまで居た人達とカーマーさんの姿は無く代わりに戸棚に収められている書物を物色する外套姿の男が一人と、先程お茶を持ってきてくれた居眠りのおじさんだけになっていた。
「おお、スーちゃん今度はお出かけかい? おや、こりゃご親切にどうもどうも」
ご馳走様でしたと言って湯のみを差し出したリーシュを見ておじさんは言った。
「その卓に置いといてくださいな。ありがとう」
言われた通り湯のみを卓に置くと再びおじさんに振り返ってリーシュが言った。
「ご馳走になりましたので何か仕事をします。何かありますか?」
きょとんとするおじさん。
「えーっ! リーシュさんいいんだよ。そんなの!」
そのやり取りを見ていたスーが驚いて声を上げた。
今度はリーシュがきょとんとした顔でスーを見る。
「え、でも……」
「えらい育ちがいいお友達じゃの。スーちゃん」
笑い声を上げながら言うおじさんは続けた。
「十五番は貿易商でも稼ぎ頭だからのう。お茶の一杯や二杯で仕事を請ける事はないのだぞ?」
うんうんと同意を表すスーとおじさんを交互に見るリーシュ。
「それはおかしいです。僕は旅団の人間ではありませんしお茶と部屋を使わせて頂いた割りの仕事をさせてもらうのは当然かと」
真面目にきっぱり言うリーシュの言葉に顔を見合わせて呆気にとられていた二人はやがて今度は腹を抱えて笑い出した。
「あ、あの、何かおかしい事言いましたか……?」
うろたえるリーシュにスーが笑いを堪えて言った。
「負けたよリーシュさんには。ごめんごめん。おじさん、僕案内したいから届け物か何かにしてよ。都市の中ならどこでもいいからさ」
「いやー、びっくりしたなー。さっきは」
スーはにやにや顔で肩から背丈近くもある筒を提げながら隣を歩くリーシュに言った。
「んー、こっちもびっくりだよ。砦じゃ当たり前だったからねー」
「え、じゃあリーシュさんってまさか砦で働いていたんですか?」
「当然じゃない。働かないとご飯が食べられないじゃない」
「へえー、何をしてたんです?」
「んー、特に決まってなかったんだけど、父上に言われた事をやったり砦内を歩き回ってみんなの手伝いかな。荷物を積んだり降ろしたり。卓や腰掛を作ったり、雨漏りの修理とか。色々だね」
「うわあ凄いなー」
「普通だよー」
方や砦をあまり出た事のない首長の息子、方や旅団員を生業としている者ではあまりにも生活環境がかけ離れそれと共に物事の価値観も多少のずれが生じている様子だった。
スーと会話するリーシュはミズリ砦の人の往来とは比べ物にならない王都それの中にある一方行へ駆けて行く集団を幾度も目にし疑問に思ってスーに尋ねた。
「あー、あれね。僕もあんまり詳しいこと知らないですけど、今朝カーマーさんが旅団の力自慢が集まって何かやってるそうですよ。なんでも今日は野良の旅団が多く帰還しているそうで貿易商主催で何とかって大会を開くんですって。見にいきましょうか?」
「何だろう?見てみたいかも。でもまずこれを届けなきゃ」
と言って肩の筒を軽く持ち上げてみせる。
「そうですね。あ、そうそう。一応これも案内がてら教えときましょうね。さっきの僕達がいた建物は書庫って呼ばれてて、ザイドール中を歩き回った旅団の報告を元に作った地図が保管されている所なんです」
「へー、あそこに収まってたのが全部地図なんだ」
「地図の他に採れる薬草や作物、採掘できそうな場所とか騎士団が認識してない部落や村の情報もあるんですよ」
「すごい場所だったんだね……」
改めて建物の外観を思い返してみたが、とてもそんな大事な物を収めてられているとは思えないと感じたリーシュであった。
「リーシュさんが持ってるそれは大きさから言って多分地図なんでしょうね。で、それを届けるように言われた貿易商本部ってのが……、ほら見えて来ました」
二人が歩き出してからほどなくして正面向こうに見えていた大きな石作りの屋根はスーが指し示した建物の二階部分の屋根だった。
「正しくはザイドール貿易商連合だったかな?確かそんな名前です。僕達十五番の雇い主って事ですね。昔はその名の通りオトレノーアとの貿易の仕事をしてたってだれかが言ってましたっけ」
「あ、それ僕も父上から聞いた時があるよ。昔はオトレノーアとの貿易が盛んだったそうだね。……しっかし、おっきいねえ……」
「ね。あの建物を境に向こうが風区になるんです」
「まだ先があるの? すっごいなあ。全部見て回ろうと思ったら一日じゃ足りないねえ」
スーの言葉に感嘆の言葉を漏らすリーシュ。
「リーシュさんの場合ご飯を食べるのに仕事もしなきゃいけないから余計に大変かもですね」
「お弁当たくさん持っていかなきゃ」
「ほんと」
顔を見合わせてくすくすと笑い合う二人は貿易商本部の二階建ての建物に向かって再び歩き出した。
貿易商本部の建物はその外観と相まって一階内部は小奇麗な倉庫といった様子だった。組み立て途中なのだろう真新しい幌付きの荷馬車が車輪がない状態で置かれておりその側で作業する男、荷降ろしされた木箱をたくましい腕をまくって運ぶ女。階下で働いているのはこのだだっ広い倉庫でその二人だけだった。
スーは人差し指を立ててリーシュに上に行こうと促した。
「よう、十五番の」
「ども」
脇の階段へ向かう途中に木箱を運ぶ女に声をかけられてた。失敗したとも取れる表情をしたスーがおずおずと答える。
「あんたんとこのさ冒険者、ほら黒髪の、獣人族じゃない方」
「はい。どうかしましたか?」
「そいつは一緒に都市に入ってないのかい?」
「んー、どうでしょう。途中で別れたので僕では分かりませんねえ」
「そうかい。っていうのはね、ほらあれさ」
女は組み立て途中の荷馬車を顎で指し示した。
「あんたんとこの馬車の足回り組んだのはその黒髪なんだろ? 何とかその業を教えてもらえないかってねえ。親方がうるさいんだよ。親方も直接言いに行けばいいのにさあ」
困ったものだと溜息を漏らす女。
「すみません。見ての通り下っ端な者なんで僕の一存では答えられません……」
いつもの台詞を語る口調でスーが答える。
「まあ、あたいが乗る馬車じゃないからどうでもいいんだけどね。ま、コモジかリクに会ったら伝えといてやってよ。ね?」
「はい」
作業に戻る女にスーは軽く頭を下げると二人は階段を登った。
二階は一階とはまったく異なる様相を呈していた。床の覆い隠す勢いの書棚が乱立し人が歩くのも困難に見える。なんとか歩ける隙間を見つけても書棚に収まり切らず溢れ出したのか帰る棚を見失ったのかその隙間を埋める様に書物や巻物が山済みなっている。「すみませーん」と声を上げながら間隙を縫って進む二人。するとどこからか人の怒鳴り声がした。
「動くな! 喋るな! 息もするな!」
その言葉を聞いてぴたりと動き止める二人。さすがに呼吸は止めなかった。
「用は何か」
喋るなと言っておいて質問をするその声はどうやら部屋の中央から聞こえてくる様だ。棚の影に隠れて肝心の中央は二人からは死角になる。スーが恐る恐るここへ訪ねた主旨を言った。
「そうか、えらい早かったな。まあいいそこに置いおいてくれ」
二人はどうしようっといった様子で顔を見合わせた。
「そこってどこですか……?」
「そこはそこだろう。……待てよ……その声の辺りだと……たぶん百七の棚が近くにあるだろ? そこの側に置いておけばいい」
声の発信地から場所を粗方特定できるらしい声の主は部屋の正確な見取り図を頭の中に呼び出したかの様に言った。棚の端には確かに番号が刻印されている。驚くべき声の主の能力に触れる事無く素直に二人はきょろきょろと首と目だけで目当ての棚を探った。すぐにスーが見つけリーシュに合図を送る。こくっと頷いたリーシュは半歩進んでそっと筒を書物の山の上に添えた。
「確かに置きました。前報酬なのでこれで失礼します」
小さな声でぽつりと言うスー。
「うむ。受理した。お疲れさん。ゆっくりなるべく動かずに出て行け。さもないと……建物が崩壊する」
この部屋の様子ではあながち脅しでもないと理解した二人はなるべく動かずに二階から退散した。
「あーびっくりした」
「なるべく動かずにって、どう動くんだろう?」
「息もしちゃいけないんですよ?」
「お茶のご馳走だけじゃ割に合わない仕事だったね?」
「ですねー」
階下に下りた二人は二階を見上げながらからからと笑い合いながら冗談を言い合った。
仕事を終えた二人は今にも崩れてくるかもしれない貿易商本部を後にして先ほど話しに出た旅団の集まりを見学する為に再び歩き出した。
「どこでやってるか分かりませんけど多分こっちだと思います」
スーはそう言って歩き出した。
「ねえ、スー」
「はい?」
並んで歩くリーシュは以前から気になっていた事を尋ねた。
「さっきのお姉さんが言ってた黒髪の人と獣人族の人やっぱり一緒じゃないの?」
にたりとした表情をリーシュに向けるスー。
「え、何?何?」
「やーぱり気になっちゃいますよねー。道中もそれ聞かれたの二回や三回じゃありませんし」
「そうだったっけ?」
ばつが悪いといった顔をするリーシュ。
「そーですよー。でもあの二人とはホイミア村から出た時以来別行動なのはほんとのほんとなんですよ?」
「ふーん」
腑に落ちないといった様子。
「元々人目を避けてましたからね。冒険者ってのはそういう人種なんでしょ。でも……」
「でも?」
「守人さんに締め上げられたって話でしたよね?見てみたかったなあ。あの二人が慌てふためく姿」
その様を思い描いたのかにやにやし出すスー。
「締め上げたって……まあ……そうかな……」
本気の怒りを露わにロロに成す術もなく動きを封じられたあの黒髪の男を思い出しながら確かに締め上げられていたな、と思い返し答えるリーシュ。
「黒髪の人はジャックさんって言ってね。獣人族のギルさんと仲良しでいっつも一緒に行動してるんですよ」
「ジャック? さん? 変わった響きの名前だね……そっか、あの人ジャックさんって言うんだ。それとギルさん」
「うんうん。とにかくあの二人は人目に出ないんですよ。ほんと」
半ばうんざりした様子のスーは続けた。
「で、ジャックさんはすっごく無口でしょっちゅうぼーっとしてて話出したと思ったら何て言うんでしょう。丁寧っていうか片言っていうかとにかく話言葉が変なんですよね」
少し心当たりがあるリーシュはスーの話に相槌を打つ。
「でもとってもいい方ですよ。それに研究熱心で物知り。さっきのお姉さんが話してた馬車の足回りの件。うちの旅団の馬車の足回りに手を加えたのはあの人なんですよ」
「そうだったんだ」
リーシュは騎士団の馬車に乗り換えてからの乗り心地の悪さにうんざりした件をスーに語った。
「ははっ。やっぱりあの馬車乗り心地いいんですね。僕は荷台には殆ど乗らないから分からないけど評判いいんですよね」
「それで馬車を組む時に教えてくれって頼まれるんだね」
「うんうん。本人は別に構わないって言うんですけどマスターさんが高度な技術をあまり大っぴらにするのはどうかなって……」
はっとしたスーは後を言い淀む。
「マスター……さん?」
聞き慣れない人物の名の様なものがスーの口から出てきたのに疑問に思って聞き返すリーシュ。
「ああ……その……偶然出会った旅のおじいちゃん……です」
明らかに慌てて取り繕うスー。
「旅のおじいさん?」
さらに怪しい方向に流れる会話におろおろするスーの視界に助け舟が現れた。
「……あっ! リーシュさん。あれあれ。きっとあそこですよ。行きましょう」
会話をうやむやにしてスーはリーシュの手を取り正面向こうに見える人だかりに向かって走り出した。
二人が到着したのは王都の――風区の最北端だった。住居の軒は鳴りを潜め所狭し天幕が張られるそこは屋外作業所の形を呈していた。木材や切り出された岩盤、鉄鉱石、渇鉄鋼、巨大な反射炉設備。檻に入れられた凶悪そうな獣、獣の革、肉、革なめしの作業台。多種多様の仕事場が溢れ返っていた。
その中に即席に拵えたのだろう円形状に柵が乱雑に打ち込まれ見世物の会場が作られていた。その中心では上半身を露わにした屈強な男が周りを囲む群集に向かって自身を身体を用いて猛然と威嚇していた。
二人は中心へと罵声とも声援とも奇声とも聞こえる大声を上げる群集の波に強引に突入し前へ前へと向かって何とか柵の側まで辿り着いたのが、そこで待ち受けていたのは助け舟どころかとんでもない災難だった。
「さあ、みなさん! いよいよ、というかあっさり準決勝を迎えてしまった緊急旅団勝ち抜き格闘大会! 仕事は繊細だけど無駄に力がある第十番旅団所属セミサスー!」
どっ群集が沸く。司会兼進行役らしき男に紹介された巨体のセミサスが鍛え上げられた両手を振り上げて群集に何か叫んだが何を言っているのかリーシュにはさっぱり理解できなかった。
「集まりってこうゆう事なのね」
「まあまあ、普段はみんなちゃんと働いてるんだし、いいんじゃないかな」
冷めた物言いをするリーシュにスーが苦笑して宥める。
「セミサスの連覇に歯止めをかけれるか! 対するは老舗第二番旅団所属期待の新人! レルバハドだー!」
再び群集がどっと沸き返る。もやは何が出てきても同じ反応といった様子だ。
紹介と同時に奇声を上げて群集の中から飛び出したこれまた上半身裸の男だ。レルバハドは長髪をなびかせながら柵に沿って走り回り群集に向かって意味不明の声を上げた。
半ば呆れて声も出ないリーシュ。反面隣のスーは群集に同化した様子で喜んで手を上げて声援を送っている。
「ははっ。どっちが勝つんでしょうね。やっぱりあの大きい方ですかね?」
嬉々としてリーシュに尋ねるもなく言うスー。
「んー、どっちもあんまり大した事無い様に見えるだけどな」
「え?」
一向にこの雰囲気に乗れない様子のリーシュの言葉に思わず向き直るスー。
「さーて、……もういいからこっち。……さーて、両者準備はよろしいか?」
司会役に走り回るのを止められたレルハバドはしぶしぶ中央に向かい目玉が飛び出そうな勢いで睨みを効かせるセミサスの前に立つ。さすがに群集もこの時ばかりはしんと静まり返る。
「よーい……、始めっ!」
先に動いたのはレルハバドだった。かっと目を見開き両手を広げてセミサスを威嚇する様にかーっと声を上げる。決着はすんなりついた。かーっと歯をむき出しするレルハバドの顔面をセミサスの巨大な拳がめり込んだのだ。「ぷふ」っと間の抜けた声にならない声を発したレルハバドは入場後一分と経たない内に敢え無く壮絶な退場を遂げた。
柵をなぎ倒して群集の中まで吹き飛ばされたレルハバドは口から泡を吹いてぴくぴく痙攣している。この惨状に一同これ以上ない程静まり返ったが、司会役の声に息を吹き返した。
「勝者。セミサスー! セミサス強い! いや、レルハバドがあまりにも弱すぎたかも!」
「うわー……痛そう……死んじゃったのかな……」
さすがのスーもこれには青褪めて目を覆う。
「大丈夫だよ。ただ気絶してるだけだと思う」
「そうなの?」
「怪我は酷いだろうけどあの人もそれなりに鍛えてるみたいだしきっと大丈夫だよ。……それよりもあのセミサさん? 遠慮ないねー。しかも見てご覧よ。あの人右の拳開かないでしょ。何か手の中に握ってるのかもね。ここではああいうのが普通なの?」
「え? いや……僕よく分からないな……。卑怯なんだ」
「ここの決まり事は知らないけど正々堂々とは言えないね。それにあれだと首の骨が折れちゃうかも」
少々不機嫌に淡々と喋るリーシュを感心した様子で見入るスー。
「さーさー、みなさん。本日の目玉! 今までの試合はほんの余興に過ぎません! いよいよ決勝戦です!」
煽る司会役の声に盛り上がる声で答える群集。
「いこ、スー。他を見て回った方が楽しいや」
「あ、はい……」
回れ右して群集から脱出しようと試みようとした二人の足が司会役の次の言葉で止まった。
「ひょっとしたらザイドール最強? 危うしセミサス! 次の対戦者はなな、なんと噂に名高い第十五番旅団所属。獣の中の獣! ギルだーっ!」
おおおおっと辺りは一気に最骨頂に達する。
「ええーっ!」
悲鳴に近い声を上げて物凄い勢いで二人は同時に振り返り柵に噛り付いて中央を凝視した。
彼は居た。リーシュと初めて出会ったあの時の分厚い外套となびかせ、腕を組み、セミサスと対峙していた。
「ギルさんだ……何してるだろうこんな所で……」
「人目に凄い止まってるけど平気なのかな?」
呆気に取られる二人。
「こんな所に出て来るなんて……ジャックさん、知ってるのかな?」
心配そうに辺りを見回すスーだったが、この人だかりでは目当ての人物を探し当てるのは不可能に近い。
「もうここは応援してあげたらどうかな?」
状況が一変して興味を持ち直したリーシュがスーに言う。
「ああ……うん! そうですね! ギルさーん! 頑張ってー!」
「ギルさん今回の参加皆に代わって礼を言わせてもらいます。差し支えなければ参加の経緯等教えてもらえるとうれしいのですが……」
今までの司会ぶりとは打って変わって丁寧なものになった司会役がギルに尋ねる。
「話はいいよ。とっととすませようか。何せ……」
偶然司会役の視線を避ける様に首を背けたギルの視線がリーシュのそれと交わった瞬間そのままのギルは固まってしまった。こちらに気がついたと思ったスーが大喜びで勢い良くギルに向かって手を振る。リーシュとスーを完全に認識したギルは司会役の制止を無視して柵にしがみ付く二人に突進した。
「お、お、何をされておる……られるのです? ……でしょうか?」
完全に混乱したギルは言動も明らかにおかしかった。
「何言ってるんですか? ギルさん。今リーシュさんを都市を案内してる途中なんですよ」
「お世話になってます」
ぺこりと頭を下げるリーシュに狼狽の色を露わにするギル。
「どうかお気になさらずに存分に。スーも僕も楽しみにしてますので」
以前の出来事も考慮してリーシュが付け加える。
「あ。いえ、その、恐縮です。……馬鹿者! なんでスーがここにいるんだよ!」
取り留めのないあいさつをリーシュにしてからギルはスーに耳打ちする。
「ですからね……それはこっちの台詞なんですが……」
何事かと群集もどよめき出す。すると意を決した様子のギルはリーシュに向かって一礼すると回れ右をし群集同様こちらを見ているセミサスを指差して叫んだ。
「第十番旅団所属セミサス! 不戦勝にて優勝! おめでとう!」
と言うが早いか勢いよく走り出すと向こうの柵の手前で見事な跳躍を披露し群集を飛び越え目にも止まらぬ速さで走り去ってしまった。
その場の全員が揃って口を開け呆然とギルを見送った。
「なんだそりゃー!」
「待てー!」
「殴り合うべきだろう!」
「十五番は腰抜けだー」
一拍置いて群集は荒れ狂う暴徒と化す寸前まで一気に変貌した。
「えー……ギルさん……どうして……」
「はは……やっぱり人目が凄く嫌いみたいだね」
涙目でギルが消えて行った方向を見つめるスーをリーシュが宥めた。その時野次を飛ばしていた男が傍らでしょんぼりしたスーに気がつき叫び出した。
「十五番のちびがここに居るぞっ!」
「何い!」
「ギルを連れ戻せ!」
「そーだそーだ」
男の一言で激しい罵倒の標的に転じてしまった二人は身の危険すら感じるほど群衆に詰め寄られる状況に陥った。
「行こう。スー」
危険を察知したリーシュがスーの肩を抱いてその場を離れよとしかけた時群集の中のだれかが叫んだ。
「逃げるぞ!」
「十五番が逃げるぞ!」
その声にかっとなったリーシュが叫ぶ。
「やめてください! あなた達大人でしょう! 子供相手に大勢で何を言うんですか!」
「大人子供の話じゃねえ! 旅団の面子の話をしているんだ!」
「そーだ! 面子だ!」
「ギルは逃げ出して十五番の顔を潰した!」
「これが話し合いですか! 通して下さい!」
怪しい波に乗った群集は二人の行く先に立ち塞がり尚も理不尽な痛罵を浴びせる。
「ちょっと……いい加減にして下さい!」
「もうやめてよっ!」
リーシュに抱き留められていたスーが突然その腕を振り払い涙顔を露わにして叫んだ。
「スー……」
「いいんです。リーシュさん。これは僕の問題ですしこんな僕だってこれでも十五番の団員ですから」
涙をごしごし手で拭うとスーは大きな声で群集に叫んだ。
「僕に何を言っても構わない! だけどね! ギルさんを……十五番を侮辱するのは許さないよっ!」
きっと周りを取り囲む群衆に睨みつけるスー。
「ほー、小さいの。許さないとはどういう意味だ?」
セミサスに指差しスーは続ける。
「ギルさんは……あのおじさん程度僕で十分だと言ったんだ!」
「な……に?」
「小僧今何て言った?」
スーの発言で一同驚きどよめく。そんな中最も驚いたのは傍らでそれを耳にしたリーシュだった。開いた口が塞がらないを地でいく形相でスーを見たまま固まってしまっている。
「僕がギルさんに代わってセサミスを倒すと言ったんです!」
スーは小さな胸を張ってもう一度しっかり宣言した。
「ほほう……」
「さすが十五番や!」
「名前が違うぞ!」
「ちょ……スー?」
ようやく我に帰ったリーシュは再びスーの肩に手を置いて心配そうに声かける。するとスーは背伸びしてリーシュの耳元で囁いた。
「リーシュさん短かったけどお世話になりました」
それを聞き取ったリーシュはなぜか顔を真っ赤にしはっと驚いた顔をしてスーを見直した。上目遣いでリーシュをちらっと見たスーはすぐに踵を返し中央へと歩き出した。
しかし、すぐに背後からぬっと伸びた手に制止させられてしまった。
「スーの気持ちは分かるけどさ、ここは僕が引き受けるよ」
「えっ、リーシュさん。でも僕……」
「面子とかは僕には分からないけどさ旅団を守りたいんでしょ? ……そう思うスーを……僕は守りたいんだ」
「リーシュさん……」
スーの前に出たリーシュはにっこり微笑んだ。
「ひょっとしたら僕……掴めるかもしれないんだ……大丈夫。見ててよ。ね」
何か思い当たる節でもあるのかリーシュは含みのある言葉をスーに投げ微笑んだ。
「おいい……どっちが行くんだ? 両方でもいいんだぞ」
「はいっ。僕が出ます!」
右手を大きく上げて答えるリーシュ。
「小僧、見ない顔だな。十五番か?」
「え? あ、はい。そうです。新米です。あのおじさん如きに先輩の手を煩わしたくないもので。構いませんよね?」
「お前等さっきから舐めた口利きやがって!」
「やらせろ! やらせろ!」
「セミサス!性根を叩き直してやれ!」
ギルの思わぬ退場からリーシュの出現を経て何とか元の正しい方向へと流れを戻した群集が息巻く。
中央へと向かうリーシュを両手を合わせながら心配そうに見送るスー。
「君本当に大丈夫かい? さっきの試合見てた?」
心配そうに尋ねる司会役の男。反面当の本人は身体を解しながら溌剌と答える。
「ええ、いつでもいいですよ。わあ、間近で見ると本当に大きいや」
しばしの間蚊帳の外だったセミサスは怒りも臨界状態まで達する寸前なのかやはり理解不能な言葉を発し自身の身体に張り手入れて早く暴れたいと身体を使って猛る。
「さー大変お待たせしました! 今度こそ本当に本日の最終試合! 十番セミサス対十五番の新米少年! はじめっ!」
その声を合図に双方同時に動いた。リーシュはセミサスに軽く一礼。セミサスは奇声を上げながらリーシュに突進した。
レルハバドを倒したセミサスの必殺の拳がリーシュを襲い、結果リーシュもレルハバド同様に柵まで吹き飛ばされ仰向けに地面を転がる羽目になった。




