ユーサネイシア 【しあわせの形】
伝われば幸いです。
えっと…………覚えてる?
学校裏の坂道を上ったところにある見晴らしのいい場所のこと。僕が引っ越して来た時に散策していたら偶然辿り着いてさ、ちょうどそこに小夜がそよ風に吹かれながら座っていたんだよ。両足を宙に放り出して上下させていてさ、左右に頭を揺らしながら鼻歌を歌っているものだから、声を掛けようか掛けないか迷っちゃって。そうしたら急に振り向いたから驚いたよ。
夕陽に照らされた長い髪がまるで、無数の宝石が流れる川みたいに見えて綺麗だったな。
目をまん丸にしてじっと僕を見ていたからさ、どうにも動けなかったんだよね。動いたり声を出したりしたら、きっと慌てて落ちていたのかもしれない。あそこって塀も柵も無いから危ないよね。
あの場所ってさ、小夜の心の安らぎ場だったって聞いたよ。嫌なことがあった時とか迷いがある時に、よくあそこへ来て鼻歌を歌っていたって。眠れない日も家族の人を起こさないように家を抜け出して来ては、ぽつぽつと灯る家の明かりを数えていたんだってね。小夜のお母さんもお父さんも全部知っていたみたい。
じつはね、僕も同じなんだよ。
引っ越してきたばかりでなかなか馴染めずにいてさ、学校とか嫌になってよく帰りに来ていたんだよ。進路を考える時も親に相談する前にあそこへ行っていたんだ。なんだか落ち着くんだよね。あの場所から見る町とか人とか鳥の声とか木々の音とか空の色とか。それらを見たり聴いたりしているとね、嫌なことも悩みも迷いなんかも綺麗さっぱり忘れちゃうんだ。
ただ、僕が行くときに限って小夜はいなかったな。
あのときは小夜が来るんじゃないかってずっと待ってたんだ。でもやっぱり来なくてさ、ひとつひとつ明かりが消えていくのを一人で眺めていたよ。そうして朝まで膝を抱えながら、日が昇るのを何も考えずに見ていたんだ……。
朝靄が町を飲み込んでいく姿は感動したよ。まるで雲海のような景色で、それが日の光によって徐々に消えていくのがとても儚くて綺麗だった。
ずっと都会に住んでいた僕は、背の高いコンクリートでできたビルやガラス張りの建物が当たり前だと思っていたけれど、この町に来て僕は馬鹿だって思い知らされた。
この町で本当の意味の綺麗を知ることができて幸せだった。
そしてね――――小夜。
小夜みたいな女の子に出会えたことにも感謝してるんだ。
きっとあの場所にあの時、小夜がいなかったら僕はあそこへもう一度足を運んだりなんてしなかったと思う。僕はね、楽しそうに鼻歌を歌っていた小夜に一目惚れしたんだよ。
次の週から学校へ行ったらさ、まさかいるなんて思わなかったな。
それも同じクラスなんて驚いたよ。
そのときはじめて小夜の名前を知ったんだっけ。
一ヵ月ほど一緒に話しているうちに色々聞かせてくれたよね。
まずはじめに教えてくれたのは身体が弱いってことだったかな。
健康そうに見えていたから嘘だと思って気にしなかった。
次に教えてくれたのは好きな食べ物で、甘い物全般だったかな。でも医者から制限されているって言ったよね。それで嫌いなものは苦いものだったね。でも毎日粉のお薬を泣きながら飲んでいたね。
ここでようやく本当に身体が弱いってことを信じはじめたよ。
スポーツは嫌いだったね。これは医者から禁止されていたらしいからあまり気にしていなかったのかな?
本はよく読んでいたよね。きっと図書室に収まりきらないくらい読んだんじゃない?
なによりも一番冗談で嘘みたいな話には驚かされたよ。
だって…………あと少しくらいしか生きられないなんて言うんだからさ。
いくら仲良くなったからってさ、急に言われても信じられるはずないよ。
『薬で命を繋いでいるの。あと少しで死ぬのだから倒れるまで学校に行きたい』
なんて誰が信じるのさ。
その話をした帰りに一緒に帰って、小夜が病院へ入っていくから信じるしかなかったよ。薬で命を繋いでいるなんて冗談だと思ってたんだ。
その次の日小夜が学校に来ていなかったからさ、学校を抜け出して小夜の家に向かったんだよ。でも誰もいなくて、もしかしてと思って病院に来たら小夜のお父さんを見つけたんだ。話を聞いたら今朝倒れたってお母さんから電話があったって。
特別に部屋に入れてもらえたんだけどさ、いろんな機械が置いてあって、小夜にいろんな管が取り付けられてるの見て、立てなかった……。
――もう目を覚まさない。
――薬でどうにか生きている。
――薬の投与をし続けても一週間が限界。
――薬の投与を止めて安楽死を選択してあげた方がいい。
――娘さんのしあわせを考えてあげて下さい。
そんな話聞きたくなんてなかった。
小夜が倒れてから三日経つけれど、いまだに信じたくない自分がいるんだ。
本当は目をつむっているだけで、起きているんじゃないかって。
ねぇ、小夜はどんな気持ちであの景色を見ていたの?
もしかしてさ、あのとき僕があの場所にいなければ飛び降りてたりしたのかな?
あれが自分に向けての最後の鼻歌だったりしたの?
どうしてあそこへ姿を出さなくなったの?
考え出したらキリがないんだ……………………。
――・――・――・――・――・――
――――ぁ、もう時間が来たみたいだ。小夜さんのお母さんにお父さん、今まで本当にありがとうございました。たくさんお世話になりました。感謝してもしきれないです。何もしてあげられなくて本当にごめんなさい。僕は小夜さんに出会うことができて、こうして最後まで話しができて幸せでした。
バイバイ小夜、安らかにね。僕はときどきあの場所で待ってるからさ、いつでも来てよ。そしてさ、一緒にあの景色を見ようね。
ありがとう小夜。
読んでいただきありがとうございました。
感想をいただけると幸いです。
また、この物語を書いた私自身、言葉足らずなのは承知しております。
それでも、どうしてもこの【しあわせの形】を知ってもらいたかったです。
本当にありがとうございました。




