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98,決闘、神の娘

 走った、というのはまさに瞬間のことで、実際人の目には「バリッ」とその軌跡が網膜に焼き付くばかりだ。

 麻里の上空から発した稲妻は図太い線でカーブを描き、紅倉の左腕を狙って襲いかかってきた。

 麻里が「死ね」と言った瞬間紅倉は攻撃を感じ霊的な空間を外へねじ曲げた。瞬間の間に紅倉を襲った青い稲妻はねじ曲がった磁場に沿って外へ逸れ、壁を「バリバリバリッ」と木の根のように分岐して這い、青く光らせ、紅倉たちの黒い影を揺らした。

「・・・」

 麻里が開いた手のひらを振り下ろすと、操られてまた頭上から「バリバリバリッ」と今度は数本の稲妻がヤマタノオロチのように紅倉に襲いかかった。今度は紅倉も右手を突き出し、丸く霊気の磁場を押し出した。稲妻たちはその球面を滑って紅倉の後方に流れていき、図太い電光のまま壁を這い回り、「ビシビシビシッ」と木の板を割り、それでもまだ勢いが収まらず、部屋中をグルグル駆け回り、稲妻同士ぶつかってあちこち物凄いスパークを発し、「バキインッ」と鳥居を叩き割った。部屋中に散った白い網のような雷光が、下のプールにも走り、水路を逆流して迸った。


「ぶぎゃあああああああっ・・・・」


 神の白い肉団子が青い電気を針のように突き立たせて輝いた。

「くっ」

 麻里が手を握って力を納めると、放電は消え、神はしゅう〜〜…と白い煙を噴いて静かになった。

 麻里は忌々しそうに紅倉を睨んだ。小馬鹿にした態度が消え、剥き出しの敵意が顔に恐ろしいしわを刻み込んでいる。

「なかなかやりますわねえ?」

「自分の家の中で騒がれたら神様も迷惑でしょうねえ?」

「うるさいですわ、あなた」

 暗にこちらの不利を当てこする紅倉を睨み付けた麻里は、邪悪に笑った。

「では、もっと確実にあなたを捕まえてさしあげるわ」

 一瞬で部屋の空気が重くなった。麻里の笑いが大きくなり、冷たく鉛のように重い空気が紅倉に押し寄せた。紅倉は両手を顔の前に開き、麻里のオーラを受け止めた。

「ほらほら、どこまで耐えられますかしら?」

 麻里は自分がのしかかっていくように肩から両腕に力を込めて前のめりになった。

「ううう・・・おおおおおおお・・・・・」

 可愛らしい女の子の声でせいいっぱい低く唸って気合いを発した。麻里の周囲の空気は鉛どころか鋼鉄のような重さに変じ、黒く固まり、近くにあったランプを「パリン」と割った。

 部屋中に充満した麻里の黒いオーラが、逃げ場無く、重く紅倉にのしかかっていった。

 紅倉は両足を軽く開いて立ち、両手を顔の前に開き、そのままの姿勢で立ち続けている。

 麻里の笑いが怪訝に消えた。

「何をしてますの?」

 これだけ重いオーラにのしかかられたら、霊体も、肉体も、耐えられずに床に這いつくばるはずだ。紅倉は平気な様子でまっすぐ立っている。麻里は力を込めながら、

「何を……」

 と憎々しげに観察し、ハッと理解した。

「それは……、ケイ姉さんの能力ですわね?」

 鋼鉄のように重いはずの空気が、紅倉の周囲でそよ風のようにないでいる。麻里のオーラが紅倉の手によって変質させられているのだ。麻里は一方的に力を送り込んでいるばかりだったので気づかなかった。霊体をどろどろにして相手に解け込むのがケイの特異能力だ。紅倉はそれを応用してオーラを自分の快適な状態に変換しているのだ。

「チッ、やっかいですわね」

 言いながら、麻里は焦るでもなく、

「ならば、どこまでそれが通用しますかしら?」

 ますます力を込め、オーラを重くしていった。

「この場にはわたくしに味方する霊力が無限に貯蓄されている。わたくしの力に、限りはございませんわよ? あなたは、どこまでそうやってそれをしのげます?」

 麻里のオーラが黒く濃くなって、その姿が見えなくなった。それは肉眼でより、紅倉の霊的視力に顕著だった。

 体を全方位から押し寄せてくる黒く重い鋼鉄のオーラに、紅倉はそれを軽やかな日向のお花畑のような空気に変換して対抗していたが、濃すぎる酸素が生物に害なように、それ自体の濃度が異様に高まってきて、紅倉は段々息苦しさを感じるようになった。しかも麻里の黒いオーラはどんどん重さと勢いを増して全方位を圧してくる。紅倉は口を開けてつばを飲み、「がはっ・・」と喉を喘がせ、まぶたを瞬かせ、顔を歪めた。身体の内部まで濃すぎるオーラが染み渡り、充満し、体がブルブル震えてきた。熱い。細胞の一つ一つが異様に活性化され、発熱し、紅倉は体中にねっとり汗をかいたが、それが外に発散されることなく逆に肌に押し戻されようとして、肌呼吸が出来ずに全身がだるくなってきた。ブルブル震える腕が下がり、膝がわななき、崩れ、麻里がもくろんだように床に手をつき、膝をつき、「はあ〜〜………、はあ〜〜……、」と具合悪そうに病的に息を吐いた。新鮮な空気を求めて、得られず、気持ち悪さが毒となって全身の筋肉を駄目にしていった。紅倉は苦しそうに背を丸め、かろうじて床に寝転んでしまうのを耐えていた。「はあああっ…、はあああっ…、」と必死に呼吸し、目は細まり、頬が苦痛にヒクヒク痙攣し、その苦痛も忘れそうに意識を失い掛けている。

「はああああああっ、はあああああああっ、はあああああああっ、はあああああああっ、」

 紅倉はもはや痙攣するように肩と背を波立たせて大きく必死に喉を喘がせ、黒のパーカーの背中からピンク色の湯気がもうもうと上がった。それが発熱する紅倉の大量の汗なのか、黒に対抗する変換されたオーラなのか。

 麻里の意識が黒いオーラのベールの中から生き霊の形となってぬっと紅倉の上に現れた。

「グロッキー。どうやらおしまいのようですわね? 殺したくはありませんの。もっといたぶる楽しみが無くなってしまいますから。どうです? ギブアップしていただけませんか?」

「はああっ、はああああっ、はああああああああっ、」

 床にくっつきそうにうつむいて、肩と背を揺らしている紅倉が、

「はああああああっ・・」

 と顔を上げた。

 真っ赤に濡れたようになって、瞳が、ルビーのように真っ赤に光を放っていた。

 赤い光が眩しいほど強くなって、一瞬、紅倉の顔が真っ白にスパークした。

 麻里の霊体はギョッとして、一歩退いた。

 紅倉の周りに赤く霧が立ちこめ、黒いオーラを凌駕するように広がっていく。

 麻里は不快そうに眉をひそめた。

「もう、駄目ですわね。やせ我慢をして、つまらない。体が崩壊してきているではありませんか?」

 麻里の指摘通り、紅倉の真っ赤になった肌は、発熱に耐えきれず、白い煙を噴き、チロッ、チロッ、とオレンジ色の炎を表面にくゆらせた。

「紅倉さあ〜〜ん、わたくしの声が聞こえますかあ〜〜?」

 麻里の霊体はわざとらしく耳に手を当て返事を待ったが、紅倉は「はああっはああっ」と大きく喘ぐばかりで、反応しない。

 麻里は、しらっとした目になった。

「あーあ。じゃあもういいですわ。そのままちりになってしまいなさい」

 ぐっと圧力を加えると、ボッと紅倉の顔が火を噴いた。

「ぎゃあああああっ」

 紅倉は呼吸も忘れて叫び声を上げた。

「あははははははははは」

 麻里は今とばかりに大笑いした。

「残念。メイコさんにはビデオカメラも用意させておくんでしたわ。紅倉美姫さん。いい顔ですわよ?」

「ぎゃああああっ、わああああああっ」

 紅倉の黒いパーカーからもオレンジ色の炎が溢れ出し、足から頭の先まで、紅倉は火だるまとなって激痛に転げ回った。

「あはははははは、あははははははは」

 腹を抱えて大笑いする麻里の霊体に、紅倉は目玉まで炎にあぶられる顔を向け、必死に救いを求めて手を上げた。

「あはははは・」

 紅倉の手から炎が走った。

「なにをするっ!」

 麻里は激怒して汚い物のように炎を振り払った。

「フン」

 霊体はすっかり興ざめしたように自分の肉体に戻った。

 紅倉の肉体は周囲を赤く照らし出して燃え上がっている。炎を上げながら床にのたうち回っている姿が哀れだ。

「現代最強の霊能力者、ここに眠る。ふん、相手と、場所が、悪かったですわね? ま、あなたは所詮お綺麗なタレント霊能師ということですわ」

 麻里は積極的に紅倉を嘲ろうとした。自分の体に帰ってみると、さすがに霊力を使いすぎ、肉体の疲労がひどい。このまま勝負が長引けば下手をすれば自分の方が肉体を崩壊させていたかも知れない。

 床に仰向けになった紅倉が、まだゆっくり腕を、パタン、パタン、と持ち上げ、落とし、していた。

 赤々と、部屋を火事のように照らしている。

「ふ…、ふふふ……、ふっふっふっふ……。死ぬ、紅倉美姫が死ぬ。死ね、死ね、燃え尽きて、醜い焼けこげになってしまえ」

 疲れた自分を鼓舞するように笑う麻里。その背後に、

 赤い人影が立った。


「!」

 麻里は振り返った。


「うわああああーーーーー」

 全身真っ赤に濡れた女が眼を剥き、口を開け、両手を上げて麻里に抱きついてきた。

「! 巫女!?」

 真っ赤に血塗れた巫女は麻里に抱きつき、

「うわああ、ああああああああああああ」

 と、すっかり言葉と思考を忘れて、べたべたと麻里の顔に触り、どろっとした血液を塗りたくった。

「何をする、汚らわしいっ!!」

 麻里は振りほどき、「うわああ」とまだまとわりついてこようとする巫女を、

「失せろおっ!」

 腕を振り、力で粉砕した。ぐしゃっと潰れた胸から大量の血液が爆発し、麻里に浴びせられた。

「うわっ、ぺっ、」

 麻里は口の中に入った生臭い物を吐き出し、喉の奥にこびりついた物をおええ〜と吐き出した。

 背中にべたりと濡れた腕が抱きついてきた。

「ぎゃっ」

 麻里は驚いて跳ね上がり、すがりついてくる物を振り返ると、また真っ赤に濡れた巫女が、

「ああああああああああああ」

 と血生臭い息を吐きかけてわめいた。ぐりっと開いた、血に濡れた目玉が麻里を凝視している。

「こ、こいつ、どこから湧いて出て・・」

 麻里はひいいっとおぞけだった。

「ああああーーーーー」

「ああああーーーーー」

「ああああーーーーー」

 右から、左から、前からプールを這い上がって、次々巫女たちが麻里を頼って寄ってきた。

「ああああああああああああ」

 ギョロリと眼を剥き、真っ赤に濡れた手で麻里を触ってくる。

 麻里は、いいいいいいいい、と震え上がった。

「やめろお、触るなああっ!!!!」

 麻里は霊力を爆発させ、赤い巫女たちは次々破裂していった。バンッ、バンッ、バンッ。そして、ザアッと大量の血潮が麻里に降りかかってきた。

「うわああああっ」

 麻里は大量の血の雨にずぶ濡れになり、足を滑らせてひっくり返った。

「うげっ、げええええええっえっえっ、」

 すさまじく気持ち悪い。

「うううううう…うえええええええっ。」

 胃がひっくり返り、夕飯に食べた物を全部ぶちまけた。

「げえええっ、げえええええっ」

 胃の痙攣が収まらない。胃ばかりでなく内臓全部が、今自分の所を流れている血液を吐き出そうともがき、暴れ回った。心臓は凄まじく脈打ち、破裂しそうに痛んだ。しかしその心臓も送り出すのはきれいな赤い血液ではなく、どす黒く、タールのようにねっとりした腐った血液だ。

「うぎゃががが・が・・・・・・・」

 全身が凄まじい痛みを訴える。全身が気持ち悪くて堪らない。この体を捨ててしまいたい。

 赤くべたつく床でのたうち回る麻里の肉体から、ふうっと意識が遠のいた。

 麻里の生き霊はのたうち回る自分の肉体を見下ろし、歯ぎしりした。臨終に近い、肉体にとって非常に危険な状態だ。

『お父さま!』

 麻里の霊体は自分を助けようとしない神を非難するように睨んだ。

 神は水路の奥に身を潜め、怯えたようにじっと様子を窺っていた。

 何故こんなことが起こった? 門番の赤い巫女どもは紅倉が倒したのではなかったのか? !。

 紅倉!


 紅倉は向かいの岸に立って哀れっぽい目で麻里を、麻里の霊体を、見ていた。

 麻里はカアアッと怒りに燃えた。

「紅倉ああっっ」

 黒い鉄球となり紅倉に襲いかかった。紅倉は右手を突き出し、

 炎を放った。

 麻里のまとった黒い鋼のオーラが灼熱して燃え上がった。

「ぎゃああああああっ」

 麻里の霊体は飛び上がって熱から逃れた。

 紅倉は手を霊体に向けた。麻里はひっと怯えた。

「やめ・・」

 ボオッと麻里の霊体が燃え上がった。

「ぎゃあああああっ、うわああ、あ、熱い、熱い、熱いいいいいいい!」

 宙を転げ回ってやっと火が消えると、紅倉の赤いオーラが放たれ、また麻里の霊体を炎にくるんだ。

「ぎゃーーーーっ、あつ、あつ、熱いーーーーー、ひいいーーーーーーーー」

 麻里は逃げまどい、火の勢いが弱まると、紅倉は新たな炎を放った。麻里は悲鳴を上げて飛び回り、その下では、

 麻里の肉体が赤いどろっとした液体にまみれて、ほとんど死んだように、ひくり…、ひくり…、と、弱い痙攣を機械的にくり返していた。

 麻里がメイコに用意させたランプはほとんど割れ、両端に一つずつかろうじてついていた。

 ほとんど闇の中、赤く焼けた麻里の霊体がひいひい悲鳴を上げて飛び回っている。その元気もどんどんなくなり、炎が強まると弾かれたように飛び上がり、またよろよろと漂った。霊体の方も半死半生のようで、

 どうやら、

 勝負はついたようだ。

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