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92,男の不安

 木場田はそわそわした様子で立ち上がった。

「それじゃあ話はもういいですね?」

「うん。ま、ということで、いいが?」

 信木がのんきに見上げると、

「失礼します。仲間たちに報告してやりたいんで」

 と木場田はその場の皆に一礼してきびきびした動きで部屋を出ていった。

 見送る信木は細い目をして、口の端を歪めた。


 玄関を出た木場田は高いところから広場を見下ろし、青年団の連中がまだ藁小屋の前に集まっているのを見てほっとしたが、ふと違和感を感じ、その原因が分かると階段を駆け下り慌てて集団の中に駆け込んでいった。

 一人一人顔を確かめ、

「宝木、堀木、乗木、……は、どこだ?」

 と訊いた。団員たちは、何を慌てているんだ?、と呆れた顔で

「しょんべんじゃねえか? 腹へったって言ってたっけかな?」

 と、どうでもいいように言った。木場田は一瞬カッとして、皆の視線を受けてハッと大人しくなり、

「そうか。ならいい」

 と、視線を下げ、

「……仲間が二人もやられたからな、つい、不安になってしまった」

 と言い訳した。団員たちはうなずき、

「そりゃそうだ。こんなことが起こるなんて前代未聞だからな、不安になる気持ちは分かるさ。なあ?」

 と口々に「そうだな」とうなずきあった。木場田はその様子をじっと観察した。一人が、

「それで団長? 話し合いはどうなったんだ?」

 と尋ね、皆興味津々の顔で聞きたがった。

「ああ。信木さんが代表して、村は公安と手を組むことになった」

「公安と? おいおい、大丈夫かい?」

「信木さんがそれがいいと提案したんだ」

「信木さんなら外でいろいろ詳しいだろうし、村長より頼りがいがあるなあ?」

「そうだな、信木さんなら信用できるわ」

「そんで、俺たちの今後はどうなんだい? 俺たちはどうやって生活していかれるんだい?」

「それも信木さんがしっかり交渉してくれるから心配いらない」

「そうか、信木さんが。そりゃいいな」

 それで?、それで?、と笑顔で聞きたがる団員たちに木場田は焦燥を募らせていった。

「まあ待てみんな。まだ今の一件が終わったわけじゃないぞ? 麻里が紅倉と対決する。すべては、麻里が勝ってからのことだ」

 いいな?と木場田は強い視線で皆に念押しした。

「ああ、分かってるよ。けど、ま、麻里が負けるわけねえからな」

「そうだな。紅倉美姫ってのはずいぶんとべっぴんだったな? やっぱ生はテレビで見てるんと違うなあ?」

「ずいぶん小せえ顔しておったな? やっぱ外人の血が混ざっておると違うのう?」

「芙蓉美貴も背えが高こうて、都会のおなごは出来が違うのう? あれもええ体しとるんよなあ?」

「麻里は紅倉倒して、どうするんじゃろなあ? 殺してしまうんじゃろうか?」

「そりゃあもってえねえのう? 改心させて、村の一員にでけんかのう?」

「芙蓉に紅倉の命乞いをさせるちゅうんも手じゃのう? あれは女同士できてるんじゃろう? 不健康じゃのう?」

 若者たちは嫌らしい会話に顔を火照らせ、木場田は胸くそ悪く思った。藁小屋の中のケイはまだ静かに寝かされている。

「とにかく、麻里の戦いの邪魔はしてはならんぞ。いいな?」

 木場田は言いつけて団員に背を向け、広場を離れようとした。歩き出すと、

「団長。おまえ、どこ行くんじゃ?」

 声を掛けられた。木場田はじりっと汗の浮かぶ思いで、背を向けたまま顔だけ後ろに反らして言った。

「神職んところだ。搬入門の鍵を借りにな。麻里はあそこから神の穴に下りるそうだ」

「そうけ。すらご苦労さん。なあ、団長」

「なんだ?」

「麻里によお、今の話、伝えてくれんかのう? 頼むで」

「……分かった。言うだけ言っておいてやる」

 木場田は道に向き直り、走り出したい気持ちをじっと我慢して歩き続けた。広場の篝火がとうに背中に離れても、じいっと、団員たちの目が自分に注目しているのを、自分も神の肉を食べている木場田は痛いほど感じていた。

 神職の長官の家に向かうふりをして脇道に入り、家の陰に入ると木場田は走り出した。どす黒く胸が騒いでならない。神への畏れと掟にきつく結ばれていたモラルが、弛み、解けようとしている。その掟を破ったのは自分だ。しかし、それで仲間たちがこうなるとは思いもしなかった。仲間たちのことも思ってしたことなのに、人は秩序から解き放たれるとこうも己の欲望を露わにするものなのか? 今村は悪い熱病に浮かされているようだ。神の天罰が、ことさら自分に、落とされようとしている不安に足が震え、胸が悪くなってくる。


 無事でいてくれ……、ゆかり………。


 恋人、相原ゆかりは、自分を置いて村から逃げ出そうとしたと言う。仕方ないと思う。そうして恋人を失いたくないから自分はこんなにも必死になっているのだ。失ってなるものかと思う。それどころか、万が一、彼女が傷つけられるようなことがあれば、


 俺は…………。


 決して自分が許せなくなるだろうと思う。それを恐れて、

 木場田は必死で走り続けた。

 激しく後悔していた、


 紅倉を村に囲い込むため形だけでも年神祭をやろう、


 と提案したことを…………。






 木場田の背中を見送った広場では。

 白い目で薄ら笑いを浮かべた若者たちは、

「ああは言ったが、ま、準備をしておくだけなら神さんにも障るめえ」

 と、いっせいに小屋を向き、中に眠るケイを見た。

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