08,犯罪を許す社会
「裁判員裁判の問題点として指摘される事件ですけれど、暴行を受けてレイプされた女性が、公開裁判での二次被害、いわゆるセカンドレイプですね、それを恐れて逮捕された男が裁判員裁判の対象である強姦致傷ではなく、強姦罪に引き下げて起訴されたという事由が発生しました。その男はその被害女性以外多数の暴行強姦事件の容疑があったのですが、被害者と見られる女性たちは証言を拒み、告訴しなかったため、けっきょくこの一件の強姦罪のみで裁かれることになりました」
「なんでよお〜〜」
紅倉は思いきり口を尖らせて不満を言った。
「訴えて一生刑務所に閉じこめてやればいいじゃない?」
「致死…被害者が殺されなければ、強姦罪も強姦致傷罪も刑期は最高で20年の懲役、悪質な場合に刑が加重されても最高30年までです」
「なによそれえ〜、生ぬるい、そんな馬鹿な刑法さっさと改正しなさい!」
「怖いでしょうね、被害者は、いずれ自分をそんなひどい目に遭わせた男が刑務所から出てくると思ったら」
平中の暗い声に紅倉も黙ってじっと怒りに満ちた目になった。平中は暗く怒りの震えを帯びた声で続けた。
「女性たちは男にかなりひどい暴行を受けたようです…………悪質なポルノだのAVだのをお手本にしたような……。とてもそれを思い出して……具体的に証言することなどできなかったのでしょう。わたしも日本の社会はおかしいと思います。ポルノという娯楽に対してあまりに不道徳で甘すぎます。暴力や犯罪、女性の人権蹂躙、こんなのが野放しに垂れ流されているのは日本のポルノだけではないですか? ポルノと言えばアメリカがポルノ大国のように思われますが、アメリカのポルノに対する規制はとても厳しいです。流通はもちろん、その内容に関してもです。日本の表現者たちはこの手の問題に対してすぐに表現の自由という免罪符を持ち出しますが、そのくせ自分たちは自由に対する責任をいっさい受け持とうとはしません。性的事件の被害にあった女性たちが、自分が傷つけられ、苦しめられ、恐怖させられ、屈辱に悔し涙を流させられた暴虐が、面白可笑しい娯楽のタネにされて、多くの男たちに娯楽として楽しまれ、それを野放しに許している社会など、そんなものが許せますか!? それが自由ですか!? 実際に被害者がいるんですよ?絵空事じゃないんですよ? まさにセカンドレイプです。被害者の心をずたずたに踏みにじって、みんなが喜んでいるんだから我慢しろよと、そんな自由、ただのでたらめな暴言です! 彼女たちの人権は、精神は、どうなんですか!? それを守るのが、社会の正義ではないんですか!? 性犯罪事件の裁判では未だに男性弁護士による『被害者側にもつけ込まれる隙があったんではないですか?』という男の身勝手な暴言がまかり通っているようです。男社会なんです、女性の性を支配しているのは。社会的な力のある、女性政治家などは、そうした女性が虐げられている男社会の無神経な常識とこそ戦い、改善に力を尽くすべきです!!
……失礼、ちょっと興奮してしまいました」
平中は眉間にしわを寄せ、紅茶のカップを手にし、とっくに空になっているのを思い出してちょっと恥ずかしそうな顔をした。芙蓉は手を上げてウェイトレスに紅茶のお代わりを注文した。
「お代わり分はわたしがおごります」
「ありがとう」
平中は眉を寄せて嬉しそうに笑った。しばらくして熱い紅茶が注がれ、香りを楽しむと、平中は再び冷静な目で紅倉に言った。
「そういう胸くそ悪い事件があったわけです」
紅倉は、
「殺しちゃえ、そんなクソ野郎!」
と怒って言った。平中は紅茶を一口飲み、
「ええ。殺されたんです、たぶん」
ニヤリと、黒い笑いを浮かべた。
「男は拘置中に体の痛みを訴えて警察病院に入院しましたが、股間の大事な物がただれて、腐り落ち、腹部と腿に毒が回って、麻酔も効かずに七日七番苦しみ抜いて、最後は狂い死にしたそうです」
紅倉は嬉しそうに
「あっ! それならわたしもできそう!」
と笑顔で言い、芙蓉に「んっんん」と咳払いされたが、ニコニコ、実に機嫌良くなった。
「いいじゃなあ〜い? 天罰よ天罰。神様がその腐れ外道の男に天罰を下したのよ。めでたしめでたし」
紅倉は一件落着を計ったが、平中は冷静なジャーナリストの目で言った。
「神様の天罰ですか。でも、その神様が、お金を受け取って天罰を下しているとしたら、どうです?」