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88,二つの集団プラス2

 信木カウンセラー……今は信木保安官が下りてくると、村は静かさを取り戻していた。ただし、表面的な静けさの下に、激しい感情の鬱積がわだかまり、どろどろとした澱みをいくつも内包していた。

 城塞にも似た屋敷に村長がいる。そこに青い顔をした助役と、助役の弟の小学校校長が詰めて、表の様子をせわしなく、こわごわと、覗いている。

 広場に青年団が集合している。団長木場田と、彼をリーダーと頼る村の主力を担う若手の自警団たちだ。彼らは神の肉を食い、一時的であるが神通力を得ている。自警団は男性で占められている。女が神の肉を食らうとおかしくなってしまうと言い伝えられている。祭の年神の小屋の前に篝火が燃え、男たちの顔を赤く照らし出している。彼らは黒木たち資材調達班討伐命令が村長から出されたものではないと知り、どういうことなのか?とリーダー木場田に不審を持ち、問い詰めている。その答えに説得される者、反発する者、青年団はしばし結束を乱し一つにまとまっていない。

 広場の隅に公安の黒服が二人いた。リーダーの日本太郎を名乗る40代ののっぺりした中年男。もう一人は眉骨の飛び出た、プロレスラーのような大男だった。目が落ちくぼみ、何を考えているのか伺い知れないが……何も考えていないようにも見える。

 年神の小屋の1階に、わら人形と並んで、むしろを掛けられてケイが寝かされていた。なんだか土左衛門みたいだ。

 役場の半鐘が鳴らされて以降、村の表に非戦闘員の姿はない。

「興味深い光景ではあるが」

 信木は暗い夜道から広場の赤い篝火の届く空間へ歩み出た。

「あっ、広岡さん」

 近くの青年が気づいて声を出し、皆が信木に注目した。信木は軽く手を上げて挨拶し、皆に取り囲まれるようにしている木場田に近づいていった。

「広岡さん…」

 なかなか皆をまとめきれない木場田はばつが悪そうな顔で信木を見た。

「今は信木保安官ということで、よろしく。……黒木君たちは、ケイさん以外、皆、殺したんだね?」

「ええ……」

「君たちの被害は?」

「久野木と木村が殺られました。茂手木が重症です。それと、木猿が戻ってきません」

「久野木君と木村君がね…。うん…、そうか。では今いるのは…」

「茂手木と木猿を除いて、13人です」

「うん。…あ、君たち」

 信木は青年団皆を見渡して言った。

「君たちは村の現在と将来を担う大事な村人だ。これ以上の身内の争いは避け、自分たちを大事にしなさい。いいですね?」

 「はい」と、青年たちは口々に返事をした。保安官に従順な団員たちに木場田は面白くない顔をした。

「木場田君」

 呼びかけられ、木場田はさっと信木を見た。

「村のこれからについて村長と話しに行こうじゃないか?」

「ええ…」

 木場田はまだまとめ切れていない団員を心残りそうに振り返りつつ返事した。そこへ。

「あっああー。ちょっと待ってくれないかな?」

 公安日本太郎がのっぺりした顔をニコニコさせてやってきた。プロレスラーのゴリラ大男はぼうっと突っ立ったままだ。

「実はうちの者も一人出てこなくてね。人見知りする奴じゃないんだが。どうやらそちらのお猿さん?といっしょだったようでね」

 スナイパーと植物使いの能力者だ。芙蓉に斜面へ放り出されて、連絡がないということはやはり相当の重傷を負って動けなくなっているらしい。日本太郎は。

「まあ、脱落者はいいや。死して屍拾う者無し、ってのが我々の身上でね」

「こちらの情報では村に入った公安は4人のはずだが?」

 木場田が不審を露わに問いただした。しかし日本太郎はふやけたポーカーフェイスでとぼけて言った。

「いいや。村に潜入しているのは3人だ。もちろん俺も含めてね。今回『呪殺』なんておっかねえ物を相手にするんで外部にオブザーバーを頼んだ。そいつのことだろう? そいつはあくまでオブザーバーで、現場には来てないよ」

 木場田は怪しんだが、日本太郎は笑顔を作って上機嫌で威張った。

「それより、一番手強い若造を仕留めて女をさらってきたのはこの俺だぞ?」

 信木はしらっとした目で公安を眺めた。

「ミズキが、一番手強かったかね?」

 日本太郎はニヤニヤしながらいやみったらしく言った。

「ああ。他はみんなひどくやられてぼろぼろだったみたいだぞ? こいつら超能力戦隊だろう? 死に損ない相手に二人も殺られるとは、ちょっと、かっこわるいねえ?」

 団員たちはギラッと敵意を込めて公安を睨んだ。このまま能力でくびり殺しそうな目つきだ。信木がまあまあと若者たちを抑えた。

「それで? なんなのかね?」

「村のこれからを話し合うなら、是非俺も仲間に入れてほしいねえ? 村の将来は、我々抜きには決められないだろう?」

 木場田が、

「わたしもその方がいいと思います」

 と言い、日本太郎は満足そうにニンマリした。

「だそうですよ、保安官殿?」

 信木は眉を上げ、細い目になった。

「いいでしょう。わたしも公安さんには物申したいと思っていたからね」

「さてさて、なんでしょうなあ?」

 日本太郎はニヤニヤし、さ、と手で促した。

「参りましょう」

 木場田がチラッと信木の顔色を窺うようにして歩き出した。


「おい、団長」

 村長宅へ歩き出した背中に団員から呼びかけられた。

「ケイは夜祭りの祭壇に運ぶんだろう?」

 振り返った木場田は団員たちの目がガラッと濁った色を帯びたのを見てギョッとした。

「ああ、それなんだがね」

 信木が手を上げ、皆を制して言った。

「夜祭りは取りやめだ。ケイさんを神への供物にする話は無しだ」

 どよっと、団員たちの間に声にならないどよめきが起こった。

 木場田に呼びかけた、ケイを担いでここまで運んできた男が言った。

「信木さあ〜ん。無しってのは…、無しでしょう? 俺たち二人も仲間やられて、怪我人も多い。今さら無しってのは…、ちょっと、納得行かねえなあ〜?」

 信木は不愉快そうに眉をひそめた。

「夜祭りとは、そういう意味合いで行われるものではないよ?」

 しかし男はニヤニヤ揉み手をしそうな感じで言った。

「そりゃあ分かってますよ。大事な神事だ、神さんに捧げるねえ? あーあ、神さんだって、楽しみに待ってんのになあ〜〜? 俺ら神の肉いただいて今神さんとつながってるから神さんの気持ちがよおーく分かるんだよなあ〜〜? なあ?」

 他の青年たちはあからさまには賛同しないが、不満を持った目で木場田に『どうなんだ?』と回答を迫った。木場田は苦り切った顔でちらりと信木に視線を振った。場の雰囲気を眺めて日本太郎が白々しく訊いた。

「夜祭りってのは盆踊りみたいなものとは違うのかい?」

 木場田は、

「秘祭だ。参加者以外には見せられない」

 と不愉快そうに言い捨てた。

「ああそうかい」

 日本太郎はたいして興味もなさそうに視線を外しながら嫌らしく笑った。ど田舎の夜の秘祭など、やることの見当は付く。彼は発言した男が女を担いで山を下りる道すがら「ちくしょう、重えなあ。傷に障るぜ」と愚痴を言いながら密やかな手つきで女の太ももや尻を撫で回していたのを知っている。

「なあ、団長、どうすんだよお?」

 男は騒ぎ、周りからもボソッと、

「そうだな。神さんの収まりがつかねえやな」

 と囁かれ、

「その気になっちまってるんだ、今さら中止したら、荒れるわな」

「ああ、それが怖ええな」

 と、次第に男の意見に乗ってくる声が多くなってきた。視線が木場田を責めるように集まる。

「夜祭りは中止だ。もうそういう話がついている」

 信木保安官がぶれのないトーンで言い、青年たちは黙った。信木は彼らの承諾にうなずきながら、その目の内にくすぶる不安を眺め、言った。

「紅倉美姫との約束でね。麻里と決着をつけるそうだ。麻里のためにも、神の注意をそぐような真似は慎みたまえ。そう……、決闘は8時の約束だ。夜祭りは深夜行うのが恒例だろう? どっちにしろ、それまで大人しくしていたまえ」

「じゃ、じゃあさあ、」

 ケイの体に触れている男がいぎたなく言い寄った。

「……麻里が勝ったら……、いいんですよねえ?…………」

 信木は白い目で青年を見つめ、

「その時は、麻里さまにお伺いを立てるんだねえ」

 と言った。

 青年たちは「そうか、麻里が勝てば夜祭りはするんだな?」と期待するように確かめ合った。

 木場田は、そんな仲間たちの様子に嫌悪感を持った。麻里に言われてケイや黒木たちを売った後ろめたさがそう思わせるのか。

 木場田の心の揺らぎを鋭く察して、信木が言った。

「そうそう。紅倉の連れだが。平中という女記者と、それから、小学校の相原先生をペンションに監禁しているよ」

 木場田の顔にギョッと驚きが走った。口を半開きにするのを眺めて信木は言った。

「わたしの妻が見張っているから大丈夫だよ。残念ながら、相原先生もいっしょに村から逃げ出そうとしてね。ま、やむを得ない」

 青年団にざわざわと「学校の相原先生が?」と驚きと怒りの声が囁かれた。木場田は口をつぐみながら、頭の中を真っ青にして冷や汗をかいていた。信木が言う。

「困ったことだ。ま、事態が落ち着いたら先生には村の再教育を受けてもらおう。彼女も、村の将来に大切な人材だ。一度の裏切りくらいで、抹殺してしまうのは惜しい。そうだね?」

 信木は念押しし、青年たちが不承不承うなずくのを満足そうに微笑んでうなずき返した。

「さ、村長の所へ行こう」

 信木が歩き出し、日本太郎と、木場田が続いた。入り口の階段にさしかかって、木場田は不安でならず青年団を振り返った。皆火の前に一つに集まって、何やら一つの意見にまとまっているようだった。

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