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87,助っ人

 芙蓉が易木寛子に電話しようとすると、ガサガサッと緑を踏み分けジョンが帰ってきた。

 ジョンは畳んだ毛布を背負い、口に取っ手をくわえて芙蓉の大型の旅行ケースを丸ごと運んできた。

「まあ。さすが大型犬。役に立つわね」

 毛布はバスローブのベルトで腹に結わえ付けられていた。平中が結んでくれたのだろう。

「ありがとう。はい、あっち向いて」

 芙蓉は紅倉をヌードにすると毛布を頭から被らせた。旅行ケースにはいざという時さっさとずらかれるように荷物を全て戻してある。芙蓉は紅倉に新しい下着を着せ、懐中電灯で照らして改めて体の傷を調べた。出血を伴う傷はないが、どす黒い痣とケロイドだらけで、さっきの話といい、芙蓉は村に対する殺意をめらめらと燃え立たせた。しょっちゅうあちこちぶつけて青あざを作っている紅倉だが、これはまるっきり怪我の種類が違う。

「お薬塗ってあげますね」

 医療用のクリームをたっぷりほぼ全身に塗ってやり、青く腫れているところにべたべた湿布を貼り、包帯を巻いてやった。その間紅倉には非常食のチョコレートを食べさせた。

「先生。くれぐれも、もう無茶はしないでくださいね?」

 芙蓉は悲しくなってしまって湿った声で言った。

「はい。ごめんなさい。次で、おしまいにします」

「…………………」

 紅倉はまだやる気だが、芙蓉は我慢して黙っていた。鈍い紅倉が、自分の体の状態を分かっているのだろうかと怖くなってしまう。

 一応手当を終えると、いつも白がトレードマークのような紅倉だが、夜の保護色として黒のパーカーを着せた。フードを被れば銀色の髪の毛も隠れて狙撃からも身を隠せるだろう……気休めだろうが。芙蓉は自分も黒のジャンパーを着た。

 芙蓉は紅倉と並んで腰かけ、二人で毛布に体を包み、携帯を易木の携帯電話につないだ。

 しばらく待たされて、易木が出た。

『はい、もしもし』

「もしもし、芙蓉です」

 芙蓉は紅倉に渡そうかと思ったが、そのまま二人の間に携帯を挟み、顔を寄せ合って、訊いた。

「信木カウンセラーの奥さんはご存じですか?」

『奈央さん? ええ、知ってますが?』

「丸顔で目の大きい、ミュージカルスターみたいな人?」

『ええ。そうです。奈央さんが、何か?』

「奥さんは銃の扱いに慣れている?」

『銃ですか? さ、さあ…、存じませんが。あの、どういうことでしょう?』

 易木は驚き、戸惑って尋ねた。その声の調子は演技には思えない。

「奥さんは村の出身ではないですよね? 信木カウンセラーとのなれそめは?」

『……奥さんも……、若い頃事件の被害に遭われて…、そのカウンセリングに当たったのが信木でした。その縁で…』

「奥さんも『手のぬくもり会』のシンパということね?」

『あの?…』

「平中さんと小学校の先生が人質に取られているの。奥さんに、おそらく拳銃で見張られて」

 易木の声が性急に問うた。

『学校の先生って、まさか、相原先生?』

「ええ」

 もう一人男性教師がいるはずだが、祭会場で見たのかも知れないが芙蓉の記憶にはない。易木はひどく慌てた様子で恐ろしそうに言った。

『いったい相原先生が何故? 村でいったい何が起こっているんです!?』

 芙蓉は皮肉を込めて言った。

「クーデター、だそうですよ?」

『クーデター? ま、まあ……、なんてことでしょう………』

「信木カウンセラーってどういう人です?」

『信木さんは、とても熱心な、尊敬できるカウンセラーですよ? ま、まさか、信木さんがクーデターなんて恐ろしいことを?』

「いえ、それは青年団の木場田団長が」

『そ、それで、人質って、小学校でですか?』

「いえ、ペンションもみじでです」

『あっ、ああ…、そ、そうですか……。ああ、まあ、どうしましょう……』

 芙蓉には小太りの易木が額にびっしょり汗をかいているのが目に見えるようだった。

『あ、あの、信木さんの奥さんがどうして相原先生を人質に取らなければならないんです?』

「わたしたちといっしょに村から逃げ出そうとして、相原先生は木場田の恋人だからです」

『相原先生が木場田さんの恋人? そ、そうだったんですか……』

 易木には一々驚きの連続であるらしい。

「平中さんと相原先生を助け出して村を脱出したいんですが、協力していただけます?」

 芙蓉は果たしてどうだろう?と易木の答えに神経を集中させたが。

『ええ。もちろんです』

 易木は迷うことなくあっさり答えた。

『どうしたらよろしいですか?』

「安藤さんが実は信木さんに救出されて名古屋の個人病院に入院させられているんです」

『えっ? 安藤さん、生きてらしたんですか?』

「ええ、そうなんです。最初から分かっていればわたしたちも村に来る必要はなかったんですけれどね。でも信木さんはどの病院か教えてくれないんです。病院、分かりますか?」

『え、ええ…。心当たりはありますが…。あの…』

「では安藤さんの安否を確認して、安全を確保してくれませんか? 易木さん、今どちらです?」

『村の…、外です』

「ええっ?」

 今度は芙蓉が驚かされた。

「村の、どこにいるんです?」

『ペンションへの道の途中に。あの、わたし、やっぱり心配で、こっそり様子を見に帰ってきたんですけれど、なんだか様子がおかしくて、きっとあなた方をなんとかするためだろうと思って、心苦しくて、村には入れずに途中で様子を見て……、村長さんや助役さんに電話してそれとなく様子を訊いてみたんですが、なんだか答えをはぐらかされてしまって……。ああ、どうして、どうなってしまっているの?』

「落ち着いて。信木さん、保安官なんでしょ? 彼が村の状態を回復するため動いているはずです。ただ、わたしたちはもう村には関係したくないんです。易木さん、車で来てるんですね?」

『ええ』

「では、…1時間半後」

 今時刻は6時ちょうど。

「いえ…、7時50分に、ペンションの側にそっと車で来てくれますか?」

 芙蓉は出来るだけ長く紅倉を休ませたかった。

『分かりました。それで相原先生と、平中さんを乗せて脱出するんですね?』

「そうです」

『あなたと紅倉さんもご一緒に?』

「出来ればそうしたいですが…」

 芙蓉は紅倉を見つめた。紅倉は首を振った。

「…わたしたちは別ルートで。とりあえず二人の安全の確保をお願いします。出来ればその足で安藤さんの病院へ」

『分かりました。そうします』

 芙蓉は易木が協力的なのでほっとした。この人は純粋に村の正義を信じているのだろう。

「易木さん」

 紅倉が話しかけた。

『ああ紅倉さん? なんでしょう?』

「2週間前、安藤さんはあなたをつけて、出産の現場を目撃したんです」

『えっ!・・・・・・・・・・』

 易木のショックは大きいらしく、長く沈黙が続いた。ようやく。

『そう……だったんですか…………。見られていたんですか、あれを、安藤さんに………………』

「あなたも、立ち会っていたんですね?」

『はい。』

「……そうですか。

 相原さんは美貴ちゃんがきっと助け出してくれますからご安心を。その代わり、後のことはよろしくお願いしますね?」

『承知いたしました』

「夜祭りが行われるのはどこですか?」

『南の、墓地の奥……山側の社です』

「まあ悪趣味。分かりました。それじゃ、平中さんをお願いします」

 紅倉の用が済んだようなので芙蓉は、

「では、7時50分に」

 と確認して通話を切った。

「易木さんがこちらに来ていてラッキーでしたね。ずいぶん相原先生のことを気にしていたようですが、やはり相原さんがこの村に来た裏で易木カウンセラーが動いていたんでしょうね?」

「そうでしょうね。

 ……虫の知らせ、かしらね」

「何がです?」

 紅倉は肩をすくめた。

「易木さん、独身でしょうね。相原さんを自分の娘のように思っているんじゃないかしら?」

「なるほど、そうかも知れませんね」

「うん。」

 紅倉はくたっと体を芙蓉に預けてきた。

「美貴ちゃん。出発まで休ませて」

「ええ」

 芙蓉は紅倉の体を抱き寄せ、頭に頬を寄せた。

「無理…しなくていいんですよ?」

「もう一頑張り。あの悪魔っ子、うんときついお灸を据えてやらなきゃ」

「そうですか…。少し眠ってください。もう少し余裕がありますから。信木が帰ってくるとやっかいですが、多分先生が麻里と決着をつけるまで村にいるでしょう」

「うん」

 紅倉が静かになった。眠ってしまったら、このまま自分も動かず、ケイも、平中も相原先生も見捨てて、自分と先生と二人だけで逃げてしまおうと思った。

「駄目よ、美貴ちゃん……」

 紅倉が寝言のように言った。

「何がです?」

「……………………」

 紅倉は答えず、静かに寝息を立て始めた。

「信用なんてされたって……、裏切るんだから………………」

 芙蓉はぽろりと涙をこぼすと紅倉の頭をかき抱き、口づけした。ぽろぽろと、悲しくてならなかった。

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