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86,捧げ物の運命

「麻里はケイさんの体を夜の秘祭の供物として男たちの慰み者にするつもりでしょうね」

「まさか。ケイさんにまったくそんな罪はないじゃないですか?」

「そうね。もう大義もへったくれもないわね。それをやればこの村に正義は完全にないわね」

「だったらやっぱり」

「大義だの正義だの、もうどうでもいいのよ。村は今それを捨て、変節しようとしている。村人一人一人、特に若い人たちの本音は、そんなもの、うんざりしているのよ。そんなうるさいことを言う邪魔者は排除して、自分たちの新しいライフスタイルを手にしたいのよ、力を持つ者の当然の権利として」

「……自分たちがどんな汚らしいことをしているかという意識はないんですか?」

「人間は常に理屈を考えて自分の立場を正当化しようとするものよ。自分たちに利益があることをして、自分は悪だとは決して考えない。せいぜい、必要悪、としかね。戦争状態でどんなひどいことをしても、勝者の戦争犯罪が裁かれることはない。

 ケイさんを餌にすればわたしが出てくるのを麻里は知っている。

 勝てば官軍。わたしは、村の輝かしい未来をぶちこわしにする敵だから、悪なのよ。

 今夜行われることは、明日になれば火をくべて、灰にして、はい、おしまい。

 村は昨日までのことをきれいさっぱり忘れ去って、新しい清潔なライフスタイル、価値観、未来を、歩み始めるのよ」

「じゃあ…、先生も、ケイさんも、結局殺す気なんですね?」

「そうでしょうね。村の秘密の儀式……呪殺は、ただの仕事になって、村は外の社会に開かれ、内部で近親相姦をくり返す必要も、罪人をレイプして子どもをはらませる必要もなくなる。わたしたちの死体は神に食わせるか、手を組んだ公安の手を借りてどこかに運んで哀れな強姦殺人の犠牲者として処理するか、どっちかでしょう」

 芙蓉は自分のため息に嫌な臭いが混じっているのを感じた。

「そこまで……、この村は狂っていますか?」

「自分たちしか見えていない、と言うより、自分たちが見えていないのかしら? 外から見て自分たちがいかに異常かという視点をまったく持っていないのね。

 ま、それについてわたしもちょっと反省しているけれどね。

 この村は神の霊波に支配されている。その神をいじめて怒らせちゃったから、村人たちの精神状態をそこまでハイにしてしまっているんじゃないかしら? しくじったわねえー…」

 芙蓉は、紅倉はきっと全然反省などしていないのだろうと思った。

 芙蓉はケイとミズキを見捨てたことを深く後悔した。こんなことになるなら意地悪しないで助けてやれば良かった………それも自分の利益のための反省か……。

 紅倉が小さな声で言った。

「嫌われちゃったかな」

「え? 何がです?」

「ずいぶんひどいことべらべらしゃべっちゃったから。物には言い様ってものがあるわよね? あーあ、わたしも神の毒気にやられちゃってるのかしら?」

「それは言えてますね」

「ほら、わたしって感覚で思いついたままぺらぺらおしゃべりしちゃう癖があるじゃない? あんまり考えてしゃべっているわけじゃないのよね。だからねえ、ほんと、気分なのよ。村の人たちが本当にそこまで狂って、独善的にひどいことをする人たちかっていうと、そうでもないと思うのよね。テレビだってちゃんとあるんだから。今現在の気分なのよ。今村は集団ヒステリーを発症する直前の状態になっていると思うの。その暴発が恐ろしいのよね。出来ればそんなひどいことを起こさずに済ませたいんだけれどねえ……」

 紅倉は芙蓉の腕に頭をもたげ、ふうーーん……、と考えた。

「ペンションに電話して」

「はい」

 芙蓉は傍らに置いた携帯電話を取り、ペンションもみじに電話した。

『もしもし…』

 元気のない声で、奥さんの里桜さんが出た。

「芙蓉です。えーと…」

「広岡さん」

「広岡さんを出してもらえます?」

『はい。少々お待ちを』

 しばらくして。

『もしもし。広岡改め信木です』

 信木カウンセラーが出た。

『先ほどジョン君が帰ってきましたよ。あなた方の部屋に上がって何やら持ち出したようですが、紅倉さんは無事見つかりましたか?』

 紅倉が芙蓉から電話を受け取って話した。

「はいはーい。ピンピンしてますよー」

『おや紅倉さん。そうですか、それはけっこう。わたしに用ですか?』

「ええ。あなた、村長さんに交渉権をお持ちなの?」

『村長権限の代行を任されています』

「それはちょうどいい。では、ケイさんを夜祭りの捧げ物にするのは中止してください」

『ケイさんを? どうしてそんな馬鹿なことを?』

「そういう馬鹿なことをする状態に村はなってしまっているんです。あなたも、気を付けて交渉してくださいね?」

『ご忠告どうも。もちろん、ケイさんにそんな馬鹿なことはさせません。………………祭の内容は、ご存じでしたか?』

「分かっちゃいました」

『お恥ずかしい。嫌な風習です。改めたいが、わたくしどもには必要がありますので』

「はいはい。とにかく、ケイさんのことは、くれぐれもよろしくお願いしますよ?」

『分かりました』

「と、あなたが約束してくれても不安なのよね。それを先導しているのは麻里ちゃんでしょう」

『……麻里、ですか……』

「あなたの言うことなんて聞いてくれないでしょう?」

『でしょうねえ、残念ながら』

「だからね、麻里ちゃんに伝えてちょうだい、わたしがリベンジしたい、って」

『はい。……』

「そうね、ちょっとお腹が空いちゃったから、2時間後に、同じ場所で決闘を申し込むわ」

『2時間後。8時ということでよろしいですか?』

 芙蓉はディスプレーの時刻を覗き見てうなずいた。6時までまだしばらくあるが、先生には出来るだけ長く休んでもらいたい。

「はい、けっこうです。ではそれまでにあなたも村の幹部たちと話をまとめてください。………英国紳士の良識に期待しますよ?」

『はっはっは。では、英国紳士の名に恥じぬよう良い結果に導いてみせますよ』

「よろしく。じゃ」

 電話を受け取った芙蓉が訊いた。

「平中さん、相原さんはどうしてます?」

『ご無事ですよ。妻と仲良くやってますからどうぞご心配なく』

「そう。では」

 芙蓉は通話を切った。紅倉に注意する。

「信木は信用できません。先生に対しても何か企んでいるかも」

「信用してませんけどね、最初から。じゃあ……、信用できる人に相談してみましょうか?」

「誰です?」

「もう一人のカウンセラー、易木さんに電話して」

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