85,忌まわしき村
「わたしの勘はたびたび悪魔的な発想をして嫌になっちゃうんだけど、この村ではそれがもろに当たっちゃう気がするのよね」
はあーー………、と紅倉は暗いため息をついた。日は沈み、芙蓉と紅倉の姿も闇に溶け込み、芙蓉はジョンはちゃんと帰ってこられるかしらと心配した。
「安藤さんが来たのは2週間前。2週間前、この村で何があったのかしらね?」
芙蓉は紅倉の口から恐ろしい真実が語られる予感がした。
「ね? 美貴ちゃんはなんだと思う?」
「わたしには2週間前のことなんて分かるわけありません」
芙蓉の頭は最初から考えることを拒否した。紅倉は容赦なく赤い瞳の視る「真実」を語る。
「ヒントはもらったじゃない? 村長の家の離れに、元気な双子の赤ちゃんがいたじゃない?」
「……………………」
「お母さんに挨拶して、だっこさせてもらえば良かったわねえ?」
どうせ生まれたての赤ん坊なんておっかなびっくりで抱きたくなんてないくせに白々しく言った。
「ちょうどそんなところなんじゃない? 赤ん坊が産まれたのは?
村長のお屋敷はこの村の富の象徴だって言ってたわよね?
2週間前、安藤さんは呪殺の依頼者と見られる犯罪被害者遺族の家から依頼金を受け取ったと見られる易木さんの自動車を追ってこの村に来た。易木さんは多額の現金を持っていたと見られる。さてその易木さんが向かったのが村のどこかと言うと、村の富の象徴、村長の家だったんじゃないかしら?
村長の家は富の象徴であると同時に、村の何でも屋でもある。赤ん坊と母親が離れで生活しているのを村長は旦那が夜泣きにまいってと説明したけれど、出産前からあそこにいたんじゃないかしら? 医療機関は村に一軒きり、それもたいして大きい病院じゃないんでしょ? こんな小さな村じゃ出産なんて自宅出産が普通なんじゃない? でも、出産があの離れで行われたとしたら、それは医療上の理由からだけなのかしら?
易木さんをこっそり追った安藤さんは、たまたま、離れを覗いて、出産現場を見てしまった。
ふうん……
たまたま、って言うのもご都合主義ねえ…。
じゃあ、外から安藤さんが覗ける隙があって、安藤さんにそういう興味を抱かせる状況があったとしたら、
どういう状況だったかしらね?」
芙蓉は、知りたくない、と思った。
「ところでねえ、
村人がみんな同じ顔をしているって言ったわよねえ?」
紅倉の話はころころ話題が変わる。
「ええ。信木も神の力の影響だろうと言ってました」
「そうね。それもあるでしょうね。でも、この狭い、閉鎖的な、村の場合、もっと根本的な原因があるんじゃない? 村人同士で結婚をくり返せば、当然その子孫同士、血が重なっていくわよねえ?」
芙蓉は知らないが黒木たちはその重なった遺伝子の負の発動の犠牲者たちだった。
「それを避けるためにはどうしたらいい?」
「外から新しい人を入れなくてはならないでしょう?」
「そうよね。だから海老原夫婦と愛美ちゃんなんかは大歓迎されたんじゃないかしら? 村の将来の新しい血として」
「相原先生もそうです。村の学校に都合のいい教育者としてばかりじゃなく、新しい血の母親としても期待されたんですね?」
「うん、そうなのね。犯罪の被害者で、村に恩義のある、村のシンパである外からの移住者は大歓迎でしょうね。こんな事情のある村じゃ普通の人を住民に迎えるわけにいかないものねえ。でも、そういう人だってそうそうこんな恐ろしい村に来てくれるとは思えないわよねえ?」
紅倉は意地悪だ。そうして的を絞っていき、芙蓉を自分で真相に気づかせようとする。嫌だ。
「そういえば、お祭、どうなったのかしらねえ?」
紅倉は、意地悪だ。
「祭はやっぱり今日の開催に変更されていたそうです。本当は大晦日の予定だったそうです」
「ああ、やっぱり。計算上そうだろうなと思ったのよね。双子を予定日より2週間も長くねえ…、頑張ったわねえ………」
「なんなんです? 産まれた赤ん坊と、祭と、なんの関係があるんです?」
「 この村の人たちは、悪人には容赦なく残酷なのよ 」
紅倉の冷たい金属のように固い声に芙蓉はゾッとした。
「悪人は男ばかりとは限らない。女の、こんな女は絶対許せない、という悪人だっているでしょう」
芙蓉は真相が見えてしまって気が遠くなるのを感じた。
「この村、『手のぬくもり会』は、悪人をこれでもか、これでもか、と苦しめた上で残虐な死を与えている。最期の最期まで、罪を責め、苦しみを与える手をゆるめない。
女の極悪人には、
いったいどんな責め苦を与えるかしら?」
答えない芙蓉に紅倉はまた別のことを言った。
「秘祭ではないけれど奇祭と呼ばれるお祭があるわよね? やっぱり稲作地域に多いようだけれど、奇妙、または奇怪なお祭と呼ばれるゆえんが、たいていは男性器や女性器をかたどった巨大なご神体を担ぎ出す、ってところで共通してるんじゃないかしら? 誇張された生殖器は主に稲作の豊作を祈っての物でしょうね。年神さまの関連で言えば、うちの地元関係では『賽(さい)の神』っていう小正月の行事があるわね。やっぱり巨大な男性器のご神体を作って、昼間はその周りで子供向けのイベントをして、夜になると火を付けて燃やしてしまうのね。
これは道祖神のことらしいわね。道祖神も例によっていろいろくっついたり混ざったりしてよく分からない神様だけれど、『道』の字が女性器を『祖』の字が男性器を表すように、男女和合の神様なのね。夫婦で餅つきをしている絵なんてのもあるけれど、餅つきがセックスの象徴なわけね。これもやっぱり子孫繁栄の願いを込めた神様で、稲の豊作への願いと共通するのね。
これがオープンなお祭として盛大に行われるなら、おおらかにあけっぴろげで、微笑ましいんだけれど、秘祭として隠されると、別の意味が生まれて来ちゃうわよね?
この村では秘祭として、そのまま、行われているんじゃないかしら?」
「夜の祭には選ばれた者だけが参加を許されて、その他の者は決して見てはいけない、ということだったわよね?
この村で奉られる年神は二柱。屋敷の神と土の神って言ってたけれど、女の神と男の神っていう意味もあるんじゃないかしら? 土の男神が屋敷に上がってきて女の神と和合する。そういう意味じゃないかしら? あの小屋はお飾りでしょうけれど、明日には火を放って夜の間に行われたことの証拠隠滅、という行事なんじゃない?
これが形だけの神事ならいいけれど、ここの地下には本物の神様がおわしますからね、神が真似事の神事を行うっていうのもお笑いよね?
……祭に参加するのは村の若い男たちと、
拉致されてきた、許されざる罪を犯した女、
なんじゃないかしら?
夜の秘祭で行われるのは、
神憑きになった男たち集団で行う、女性への種付けよ。」
芙蓉は背筋が寒くなって気持ち悪くなった。
しかし紅倉の語る悪魔の所業はまだ続く。
「それは、悪質な交通事故で親子三人を殺した大学生に対する執拗な交通事故被害と同じ、罪を犯した女への情け容赦ない残虐な罰なのよ。女性が、一番傷つく責め苦が何か、分かるでしょう?」
「考えたくもありません…………。
許されるんですか? いかにひどい許されざる罪を犯した人でも、女性が、そんな目に遭わされるなんて……」
芙蓉は義憤に燃えて言ったが。
「この村の人間は悪人には情け容赦ないと言ったでしょう? それは、罪人が男だろうと女だろうと、差別はしないわ」
「でも…………」
芙蓉は胸がムカムカと気持ち悪く、なんとか正当な反論を試みる。
「いかに理由があろうと、やっていいこととは思いません。それなら、いっそ殺される方がずっとましです」
紅倉の横顔は、しばらく何も言わなかった。
「この村には近親相姦を防ぐための新しい血が必要。罪人とはいえ外の女は貴重な母体になるわ。
彼女には子供を産めばその子供の母親として生かしてやるとでも交換条件を提示するんでしょうね。女の罪人は、子どもを妊娠してしまったからには命が助かるために子供を産んで母になるしかない。
しかし、疑惑を抱くでしょうね。本当だろうか?、と。本当に子供を産んで、その母親として生かしておかれるのだろうか?、と。
複数の男たちにレイプされて、子どもの父親が誰かなんて分かったものじゃない。そんな子供を産んで、自分がその子を愛せるとも思えない。子どもを愛せない母親を、あんなひどいことをした村の人間どもが、生かしておくだろうか?、と。
だからあの双子の母親は、殺されたくない一心から、産むのを我慢し続けたんでしょうね。双子を予定日を大幅に越えてお腹に入れ続けるのは相当に苦しかったんじゃないかしら?
しかし、とうとう赤ん坊は産まれてしまった。
その夜、
彼女の身に何が起こったのかしらね?
安藤さんはどうしても地下の神の穴へ入りたかった。入って、そこで確かめなくてはならないことがあった。でも神の穴への入り口は厳重に施錠され、どこも入れなかった。一つだけ、神の穴に通じている別の穴があった。それがあのガス穴。ガス穴を安藤さんは自分で見つけたのかしら? おそらく、木場田さんでしょうね。木場田さんは村の案内を引き受けながら、実は安藤さんを見張っていた。と言うのも表向き。本当は今の村のあり方に不満を持っていて、それを変えたいと思っていた。しかしそのためには強烈なきっかけが必要だ。そう考えた木場田さんはこれを千載一遇のチャンスと見て、安藤さんに実は…と自分の考えを明かし、協力を求めた。安藤さんにわたしへの葉書を用意させ、どうしてもわたしをこの村に引っ張ってきたい木場田さんは、安藤さんに安藤さんの入りたがっている神の穴への別ルート、ガス穴の存在を教えた。安藤さんはまんまとその罠にはまり、自ら地獄の入り口に入っていき、そこで倒れた。
さて。
安藤さんがそうまでして確かめたかった物、それは、
赤ん坊を産んだ母親のなれの果て、
だったんじゃないかしら?
出産は、子どもの父親たち全員を集めて公開で行われたんじゃないかしら?
さあおまえたち、おまえたちの子供が産まれるぞ、この子の父親として、村の大切な財産として、大切に育てていくんだぞ、という誓いの儀式として。大勢の男たちを集めて公開で行われていたから安藤さんも外から覗く隙があったんじゃないかしらね?
そして子供を産んだ母親を、さっそく、『神の穴』へ、『神への供え物』として、運び去ったんじゃないかしら?
その時点で母親はまだ生きていたんでしょうね。殺されていたらいくら安藤さんの好奇心が強くても村を抜け出して警察に110番通報していたでしょうからね。
子供を産んだばかりの母親を男たちが集団で別の場所に運び出す奇妙な光景を、安藤さんは理解できず、古い村の珍しい風習とでも思ったんじゃないかしら? あまりに奇妙で理解できない出来事に出くわすと、人間は自分の最大限常識の及ぶ範囲で無理やりでも納得したがるものじゃない?
安藤さんは、
いったんそう思ったものの、やはりその異常さにおかしいと思い、その真相を突き止めようとした。
村に旅行雑誌の記者を装い滞在し、いろいろ嗅ぎ回ったんでしょうね。
産まれた赤ん坊は母親ではない別の若い女性が面倒を見ている。
実の母親は地下に連れて行かれたきり戻ってこない。
その母親がどうしているのか?、
どうしても確かめたかったんでしょうね。
結論を言うとね、
わたしはあの地下で、地下中に張り巡らされた水路の水に触れたけれど、その母親である女性の存在は感じなかったわ。
神の『お供え物』にされた女性は、
神に食べられちゃったんでしょうね 」
芙蓉はきつく紅倉を抱きしめた。今は芙蓉の方が震えていた。
震える声で、怒りに声を震わせ、芙蓉は言った。
「ひどい。あまりにもひどい。
それは、人間に許される行為ではないわ」
「甘いわね」
紅倉の言葉に芙蓉はビクッと震えた。
「おそらく、現在の村の子どもの数を考えると夜の秘祭が実際に行われることはそうそうないんでしょう。けれど、村の血を健康に保つために、必要なことでもある。おそらく今大人になっている人の中にもそうやって生を受けた村人が何人もいるんじゃないかしら? けれどその人の存在は悪ではない。この村は悪を行った者には情け容赦なく厳しいけれど、そうでない者には、とても優しいのよ。秘祭はタブーではあるけれど、村人には公然の秘密。実の母親のいない者にとってもね。村で子どもたちには『悪は絶対に許されない』と地獄の残虐さを例に徹底して教育される。悪人の母から産まれた者は、自分自身の善を証明するため、悪に対しては他の村人以上に苛烈に当たる。その悪を犯した者が女性でも、率先して、天罰を与えようとするでしょうね」
「何が天罰ですか!!」
芙蓉はついに悲鳴を上げるように言った。
「そうやって自分と同じ、呪われた、母親のいない子どもを生み出すんですか!?」
「男子正統」
「え?……」
「男尊女卑、とも違うんでしょうけれど、この村ではおそらく、遺伝的に男性こそ正統であるという考えが伝統的に強いんでしょうね。だから、どの母親の腹から産まれてきたかということは、その人の評価の上で、あまり考慮されないのよ」
ガーーーン………、と、芙蓉は頭が真っ白になるようなショックを受けた。
そういうことだったのか…、と………。
悪魔のイマジネーションを持つ紅倉はこう結論づけた。
「 この村は狂っているのよ、根本的に、ね。 」