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80,スパイ

 芙蓉たちが村の中心部を駆け抜けると邪魔をする村人はいなくなった。派手な車のクラッシュ音が響き、騒がしい雰囲気がしているから若者たち主力は黒木チームの討伐に向かったのだろう。ケイを見捨てたことに後ろめたさはあったが芙蓉は正直ありがたいと思った。

 坂道を駆け上がり、駐車場が見えてくると、芙蓉はリモコンキーでエンジンを掛けた。

「平中さん!」

 芙蓉はゼエゼエ息をつきながら駆け上ってくる平中にキーを放り投げた。

「あなたたちは車で逃げて! 一応110番通報してみて。でも直接警察署には行かないように、かえって危険かも知れないわ」

「わ、分かった」

「市街地に出て、適当に移動していて。できるだけ賑やかなところをね。いい?」

「わ、分かったわ」

 ハアハア死に物狂いで走ってきた相原と共に車に乗り込もうとした平中は、ギョッと驚いた。

「芙蓉さん!! タイヤ!!」

「えっ?」

 紅倉の身を案じて気が焦っていた芙蓉が視線を下に向けると、愛車のタイヤが4本とも空気が抜けて底が潰れていた。

「やられた」

 駐車場には他に広岡夫妻のブラウンのセダンと、海老原オーナーの白いハッチバックが置かれていたが、広岡夫妻のセダンもやはり空気が抜かれていた。

 相原先生が真っ青な顔で言った。

「愛美ちゃんは、実は……」

 あの人の仕業?、と思った芙蓉に答えが突きつけられた。

「駄目ですよ。わたしの車には手を出さないでください」

 建物の陰からライフル銃を構えた海老原氏が現れた。銃床(ストック)を肩に当ててしっかり目線上に銃身を構え、芙蓉に狙いを付けている。崩れたアフロのひょうきんさは消え、思い詰めた暗い情感が表に現れている。

 芙蓉も殺気立って海老原を睨み付けた。

「やっぱりあなたも村のシンパだったわけね」

「そういうことです」

 海老原は油断なく狙いを付けながらより確実に撃てる位置に出てきた。

「ねえ芙蓉さん、あなたすごく強いんですよねえ? でもね、これ、散弾銃なんですよ。あなたを狙って撃っても、後ろのお仲間さんたちも穴だらけになっちゃいますからね、かっこよくわたしをやっつけようなんて思わないでくださいよ? わたしは、下手くそですんでね、びびってすぐに引き金引いちゃいますよ?」

 海老原はゴクリと生唾を飲み込み、不安定に銃身を揺らした。ジョンがウ〜…とうなり、前足を踏ん張った。

「芙蓉さん?」

「ジョン。大人しくしなさい」

 芙蓉に命じられジョンは不承不承静かになった。

「どうもありがとうございます」

 海老原はおどおどした目をチラッと相原に走らせた。

「相原先生。あなたまでですか。どうして、愛美を悲しませるようなことをしてくれるんです?」

 相原は蒼白になって今にも倒れそうにふらふらしていた。

「え…、海老原さん……」

 夢うつつのうわごとのように言った。

「そ、それじゃあやっぱり、あなたもこの村の人に愛美ちゃんの敵(かたき)を………」

 海老原の目にギラッと凶暴な憎しみがたぎった。

「そうだ! 当然でしょうがっ!? 愛美を…、愛美を…、ころしたやつらにい…………」

 歯茎から血が溢れそうに噛み締めながら声を振り絞った。

「天誅を加えてもらったんだ……。当然の罰だ。愛美の人生を奪った奴らに、未来を生きる資格など、ないい………………」

 芙蓉は海老原から目を離さずに軽く顔を後ろに向けて訊いた。

「どういうこと? 愛美ちゃんは生きてるじゃない?」

 この神の気の充満した地で、あの愛美が実は死者であったなんてこともあるまい。そうっと歩み寄った平中に肩を支えられながらまるで幽霊を見るような蒼白の顔で相原先生が言った。

「今の愛美ちゃんは、海老原夫妻の実の子じゃないんです。海老原さんの娘さんの愛美ちゃんは……、自殺しているんです…………」

「そうだっ!!」

 と血の出るような声で海老原は叫んだ。憎しみに歪む目から涙が溢れている。

「愛美は……、わたしたちの愛美は……、クラスのイジメに遭って自殺した……。わずか1年生でだ……。どうして、どうしてそんな幼い子が、自ら命を絶とうなんて考える? ……クラスのガキども………………、イジメなんてなかったと言いやがった無責任な馬鹿教師………………………、生きてる資格なんてないんだ………。許されるか…、絶対に許さん……………………」

 海老原は真っ赤になって唇を噛み、涙をぼろぼろこぼしながら今にも引き金を引きそうに殺気立った。芙蓉は彼に話し続けさせるため訊いた。

「どうやって呪い殺させたの?」

「愛美が死んだのは1学期の終わりだ。2学期には楽しい遠足にクラス揃ってニコニコお出かけだ。その貸し切りバスを、谷底に転がしてやった。馬鹿教師と愛美をひどくいじめていた4人の生徒は死亡。愛美を見殺しにした他の生徒たちも大けがさせてやった。奴らは一生事故のトラウマに悩まされるだろうぜ、愛美をいじめた罪と共に………」

「愛美ちゃんが自殺したのなら、今いる愛美ちゃんは誰なの?」

「あの子も可哀相な子だ。傷ついたわたしたちは、お互いを必要とし、あの子はわたしたちの愛美に、わたしたちの娘になってくれたんだ。

 あの子の親は、ひどい奴らだった。赤ん坊の頃からあの子を虐待してきたんだ。とうとう命に関わるような重傷を負わせて、警察に通報された。だが親どもはしつけと事故だと主張して、虐待を認めなかった。幼い頃から恐怖の体験をし続けたあの子は親の虐待を証言することが出来なかった。それを見かねた親戚が、カウンセラーに相談したんだ」

「『手のぬくもり会』のカウンセラーね?」

「そうだ。……あの子の父親母親は、パチンコ店の火災に巻き込まれて死んだ。あの子は孤児になってしまったが、それで良かったんだ。あの子を産んだというだけで、あいつらは親でもなんでもない、鬼だ、悪魔だ! 子どもを痛めつけるような奴は、絶対に許さん!!」

「その子がどうしてあなた方夫妻の養子に?」

「『手のぬくもり会』の周旋だ。両親の排除を依頼した親戚も、引き取って育てるのには躊躇があった。ひどい両親の身内であるのがかえって心配されたんだ。そこでわたしたち夫婦が引き取った。この村はわたしたちのような人間にはとても優しい。この村で、あの子はわたしたちの娘になることを受け入れてくれた。わたしたちの愛美になることを受け入れてくれた。あの子のおかげで、わたしたちは生きていく希望を持てたんだ。この村はわたしたちの希望の地だ。それを壊す物は…………、排除する…………………」

 芙蓉の霊感が海老原の心理が非常に危険な状態であることを感じた。

 その時、突然、紅倉の霊波がキャッチされた。

 言葉にはならない、強烈なSOSを受け取った。

 と同時に両手の指輪の、紅倉との霊的リンクが復活した。

 芙蓉のオーラが燃え上がり、デスペレートな海老原の霊体を捉えて強制的に操ろうとした。が。

 芙蓉はハッと、そのオーラを納めた。

「海老原さん」

 海老原の背後に近づいた人物が落ち着いた声で呼びかけ、カチリ、と握った物に金属の音を立てさせた。海老原はギョッとして、銃を構えたまま視線をゆっくり後ろへ向けた。

 すらりとスマートな英国紳士の広岡氏が小型のピストルを構えて海老原の背中を狙っていた。

 海老原はゾッと脂汗を浮かべ、ギラッと憎しみの目で広岡氏を睨んだ。

「あんたも、敵だったか……」

 広岡氏は落ち着いた目で海老原氏を見つめ、ゆっくり首を振った。

「いや、敵じゃない。落ち着きなさい。愛美ちゃんのお父さんが、そんなことをしちゃいけない」

「ま、愛美……」

「大丈夫だよ。奥さんと愛美ちゃんはちゃんと妻が見ているからね」

「・・・・・・・」

「わたしは敵じゃない。広岡というのは偽名だ。この村に帰ってくるときのね。

 芙蓉さんも、改めまして。

 わたしの本当の名は、信木 寛孝(のぶき ひろたか)。

 易木寛子君の同僚の、『手のぬくもり会』のカウンセラーです」

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