07,呪う仕組み
呪いは存在するか?と平中に問われて紅倉は答えた。
「あるでしょうねえ。でもこの場合、事故で殺された親子の怨霊の祟りと見るのがふつうなんじゃない?」
「呪いと祟りは違いますか?」
「まあ言葉の問題かも知れないけど、ふつう死んだ人間が『祟る』って言うんじゃない? 『呪う』は、生きている人間がすることじゃない?」
平中はフンフンとうなずき、興味深そうな笑みを浮かべて言った。
「なるほど。では、これは怨霊の祟りですか?」
「だとしても大したものねえ」
紅倉は感心したように言った。
「霊が得意なのは、同じ霊を攻撃することなのよ。生きている人間だって体の中に幽霊の元、霊体を持っていますからね。これを攻撃したり、取り憑いたりして、霊体にダメージを与えて、その人の精神を病気にして、体を壊したり、危険への防御力を弱めて病気にしたり事故に遭わせたり、自殺させたりする、っていうのが悪霊怨霊の得意技なわけよ。でもねえ……。
さっきの話だと、突然車の窓が割れたり、トラックで重い鉄骨を運ぶのなんて相当気を付けて頑丈にワイヤを巻いたりして運ぶんでしょ?それを荷台から落下させたり、最後の車椅子がブレーキが外れて勝手に動いたのだっておかしいわよねえ? そういう直接物を操るのは……できなくはないでしょうけれど、相当の体力が必要よ?」
「できることはできるんですか?」
「魂はエクトプラズムって言う物質でできているんだけど、これそのものは自然界にどこでもふつうに存在する、空気のような物なのね。このエクトプラズムをたくさん集めて、うんと圧縮して濃くすれば、物を動かすような超能力を使うことができるのね。家の中でガタガタ音がして写真立てが倒れたり、人形が動いたりする、ポルターガイスト現象っていうのがそうね。でもねえ………。
せいぜい頑張ってその程度なわけよ。ちょっと音を立てたり物を動かしたりして人を脅かすくらいのね。
厚いガラスを割ったり、鉄製のワイヤをゆるめたり、硬いロックを外したり、重い鉄骨を動かしたり、そんな体力は人間の霊魂にはないわ。
歴史上名高い菅原道真や崇徳上皇の怨霊も人を呪い殺すのが決め技で、四谷怪談のお岩さんもそうよね。あ、呪うって言っちゃった」
紅倉は舌を出し、続けた。
「『帝都物語』でメジャーになった平将門も、京でさらしものになっていた首が空を飛んで関東を目指した、または首塚を区画整理で潰そうとしたGHQのブルドーザーがひっくり返ったなんていう豪快な荒技を披露してるけど、関東大震災で壊れた首塚をそのままに建てられた大蔵省で職員が何人も不審死を遂げたりしているように、やっぱり人を呪い殺すのが祟りの中心よね。
怨霊はやっぱり人の霊体を攻撃するのが得意で、物、特にエクトプラズムが馴染みづらい人工の物を操るのは難しいのよ。
そのフロントガラスや鉄骨の例でいえば、そんなことが可能な人間の霊魂はそれこそ平将門クラスの大怨霊くらいのもので、そこまで行くと、もはや人間ではなく神様ね。実際そういう名のある怨霊はことごとく神様として祭られているわけでね」
「神様ですか……」
平中は何か考え込み、芙蓉は
「先生はたまに変に博識ですね?」
と茶々を入れた。紅倉は自分の頭を指さし、
「ここにビビッとね、電波が入ってくるのよ」
とうそぶいた。
「先生の頭は無線LANですか?」
二人でふざけているといつか平中はじっと奥から覗くような目で紅倉を見ていた。
「紅倉先生。あなたはそういう風に人を呪い殺すことができますか?」
「まさかあ。できないわよ、そんなこと」
「本当ですかあ?」
「本当ですよお」
平中はくすっと笑い、一応納得したように小さくうなずき、言った。
「では先生の他に、そういうことが可能な人はいますか?」
「うーーん……、Lちゃんかな?」
「んっんん」
芙蓉に咳払いされて紅倉は「てへっ」とペコちゃんの顔真似をした。
「まあ何人かいないことはないけど……、交通事故が13回も、そんなねちねちしたしつこいことをするような人には心当たりないわねえ。みんな飽きっぽそうだからなあー…」
「岳戸さんとか陰陽師のお兄さんとかですか? そういえばどうしてるんでしょうねえ、岳戸さん?」
「どうしてるんでしょうねえ〜?」
「では、いるんですね、そうやって人を呪い殺せる人が?」
念押しするように言う平中を紅倉は不思議そうに見た。
「あなたは、やけに『人』にこだわるわね? その彼を人が呪い殺したっていう根拠があるの?」
「他にもあるんですよ、悪人が呪い殺されたとしか思えない死に方をしている例が」