78,届かない手
「よおし、ミズキ、覚悟しろ」
能力者が力を発し、ミズキの首を捉え、絞め殺そうとした。ミズキは顔を赤くして負けじと首を太くして気道を確保し、二人の闘いに気づいた日本太郎はチッと舌を打ち、言った。
「やめろよ、敗者がみっともねえ。てめえはすっこんでろ」
ピストルは油断なくミズキを狙ったまま首をひねって能力者に命じた。ミズキに殺され掛けた能力者はいきり立ち、
「客人こそ引っ込んでてもらおうか」
とすごんだが、
「うるせえよ。てめえの力じゃピストルの弾は避けられねえんだろ? どたまに風穴開けられたくなかったらすっ込んでろ」
と邪魔にされ、その軽い調子に自分に対する躊躇ない殺意を感じた能力者は力の放出をやめ、言われたとおり退き、振り返ると、地面に寝かせられたケイの所に向かった。
「やめろっ! ケイに近づくな!」
ミズキは自分に向けられた銃口も忘れて激高した。日本太郎は、
「おい、気が散る。戦利品は決着が付いてからにしろ」
と命じ、ミズキの意識を自分に集中させた。ニヤニヤと嫌らしく笑い、
「とはいえ勝負はもう付いちまってるがなあ?」
とピストルを軽く振った。ミズキは頭を吹き飛ばされても食らいついていきそうな気迫で公安を睨み付けている。
「殺る気満々だな。バアン」
日本太郎は誘うように銃口を上に振ったが、まだ隙は見せない。
「ミズキ君?
本名、辺見瑞喜(へんみみずき)」
ミズキの怒りの表情が一瞬ぴくりと反応した。日本太郎は捜査資料を淡々と暗唱した。
「小学5年生の時、高校1年生の姉が自宅の自室で首を吊って自殺。状況的に発見したのは学校から帰宅した弟の君。姉は股から大量の出血をしていた。妊娠6ヶ月。後に発見された遺書には自分をレイプした5人の男子同級生の名前が書かれていたが、その5人はその日の内に刃物で股間をえぐられて死亡。犯人は君だ。小5だてらに見事な手際だよ。その日以来君は行方不明。……この村のお仲間にかくまわれていたわけだ? 類は友を呼ぶ、蛇の道は蛇、ってか? あのケイって女は…」
「ケイのことは言うな!」
鋼がビリビリ震えるような怒気を含んだ声に日本太郎はニヤリとした。
「自殺した姉の代わりか? 君は相当なシスコンのようだな?」
「うるっせえよ。てめえ、ぶっ殺す」
「さあて、どうやってやる?」
日本太郎はピストルを振ってニヤニヤし、ピストルをコートの内にしまった。代わりに黒の革手袋をポケットから出して両手にはめた。ぎゅうっと拳を握りしめて馴染ませ。
「来いよ。遊んでやる」
ボクシングのファイティングポーズを取って体を揺らした。
「死ね」
ミズキは大型のアーミーナイフを構えて容赦なく斬りかかった。ミズキが小さく振るナイフを日本太郎は中年男子とは思えぬ見事なフットワークで避けた。ミズキの狙っているのは相手の急所ではない、攻撃する拳だ。革手袋などこの肉厚で切り立った刃で簡単に切り裂ける。人間は手を怪我すれば確実にかばい、気が弱くなる。
「それ」
素早いフットワークからくり出されるジャブがミズキのナイフを握る腕を打った。ミズキは手首を返して敵の腕を切ろうとするが、
「こっちだ」
反対から簡単にジャブを食らってしまう。
「どうしたどうした?」
タンタンタンタン、とリズミカルにパンチを浴びせられ、ナイフを落とさないように必死に握りしめる腕が体から開いていった。ミズキはパンチ攻撃に集中する敵の隙をついて脇腹へ蹴りを放ったが、
「てえいやっ!」
逆に強烈な回し蹴りを腰に食らい、横様に吹っ飛ばされ、地面に倒れた。日本太郎はファイティングポ−ズを取るのもやめ、やれやれと首を振った。
「てんで弱いじゃないか? ここまで女を背負ってきた体力を差し引いてもまるで駄目だ」
ミズキはナイフを握りしめ、足を狙って飛びつくように腕を振るった。日本太郎はステップを踏むようにくるりと避け、タンゴのフィニッシュのように「ダンッ」と腕を踏みつけた。
「くくく・・・・」
必死にナイフを握りしめる腕をぎりぎりと踏みにじり、もう片方の足で「ダンッ」とナイフを握る手を踏みつけ、
「ぐわっ」
と悲鳴を上げてミズキはとうとうナイフを放した。それでも体を回転させて両足で腕に乗った敵の体をはね除け、蹴りを放ちながら立ち上がった。
「フンッ、フンッ、」
連続して蹴りを放ち、体を回転させて蹴りをくり出した。日本太郎は、スッ、スッ、と肩で風を切るように素早く避け、体の回転を加えた渾身の蹴りを「パシッ」と両手で受け止めると、グギッとひねった。
「うがっ・・」
ミズキは脚の付け根まで吊ったような熱い痛みに呻き、ビイイン…と痺れた。日本太郎に放されても脚はひどくしびれ、まともに立っていられないほどだった。
必死のミズキに対し日本太郎は余裕の顔で駄目駄目と首を振った。憎ったらしく余裕綽々だが、隙と見えるところが全然隙じゃないという恐るべき実力をミズキは思い知らされた。それでもギラギラと目を光らせ、「殺す」という意志は揺るがない。日本太郎は
「チッチッチッチッチッ」
と指を振った。
「それじゃあ、俺は倒せんなあー。
君、自分は強いと思っているだろう?」
「・・・・・・」
ミズキは答えず、敵を殺せるポイントを探っている。日本太郎はギョロッと眼を剥いて悪魔の顔になった。
「君は、弱い」
ミズキは答えない。悪魔の日本太郎は威圧するように宣言してやった。
「君は弱いよ、どうしようもなくね! 君が自分を強いと勘違いしているのは、相手が簡単に殺されてくれるからだ! 人って言うのはねえ、ふつうまさか自分が殺されるなんて本気で思ったりしないものだよ! 君は卑怯にもその隙を突いて、躊躇なく、ぶっ殺す! それだけのことだよ! 人を殺そうと思ってなんの迷いもなく殺せる人間なんて社会にはそうそういないよ? 君は社会的に見て、異常な人間だ!」
ミズキは相打ち覚悟でストレートのパンチをくり出した。ミズキのパンチは当たらず、日本太郎の重いボディブローが腹を叩いた。
「ぐふう・・・」
ミズキは体のぶっ壊れる強烈な痛みに腹を抱えて後退した。顔が真っ赤になって唇が膨れ上がっている。目はギラギラしているが、次第に体の痛みに弱気が涙となってにじみ出てきている。日本太郎は両手を開いて肩をすくめ、おどけた顔を振った。
「レフェリーストップだ。なあ、辺見君。自首して人生やり直さないかね? ご両親はまだご健在だよ? 可哀相に、子どもを二人いっぺんに失って、すっかり落ち込んで暗い日々を過ごしておられるがねえ? どうかなあ?、罪を償って、立派に更生して、親御さんを安心させてやらんかね? お上にも慈悲はあるよ?」
いかにも親身そうに微笑んで言う公安を、ミズキは憎しみを増した目で睨んだ。
「黙れ。俺はもう表の世界では死んだも同然だ。お父さんお母さんには、もう、こんな汚れきった息子は要らない」
「死んだ? 何甘いこと言ってやがんだい? 君の手配は続いてるよ? 君はまぎれもなく辺見瑞喜だ。どんな悪人だろうとな、この日本でわたくし刑は許されちゃいないんだよ。君、辺見瑞喜は、まぎれもなく連続凶悪殺人犯だ。そうだ、今さら外の世界に君の安住の場所なんか、ないんだよ? 君は、どこに行く気だ?」
日本太郎はまた大きく首を振った。
「俺にはよく分からんのだがねえ、君たちは何を仲間割れしてるのかね? この村の連中は、どいつもこいつも、自分たちの立場ってものがまったく分かってなくて、いやはや、困ったものだ」
日本太郎は人のいい顔をやめて、強烈に悪魔の顔で言った。
「おまえらに今さら生き方なんて選択できねんだよ。大人しく今まで通り人殺し稼業を続けていろ。スポンサーはこっちで見つけてやるからよお」
ミズキは、こいつは悪だ、と断じた。
悪 即 殺。
コートの内に揃えてある小型ナイフを両手に握り、敵に躍りかかった。
『芙蓉。紅倉。ケイを頼む!』
殺されても、殺す、と敵に傷を負わせることだけを考えた。
ヒュンッ、ヒュンッ、とくり出される突きを避けて日本太郎はミズキの懐に滑り込み、強烈な肘打ちを胸にたたき込んだ。
バキッ、と体の中で固い物の砕ける音が響いた。胸に激烈な痛みが爆発し、水っぽい苦しさが溢れ返った。
「あぐぐぐぐぐ」
ミズキは両手のナイフを取り落とし、胸を押さえ、膝をつき、意識ではどうにもならないショックにブルブル痙攣し、口からゴボッゴボッと血の泡を漏れ出させた。顔色が青黒く変色していく。生命に直結する深刻なダメージを負った証拠のようだった。ミズキは自分ではもうどうにもならずに地面に転がった。日本太郎が冷たく見下ろして言った。
「その若さで、何人殺してきた? 今度はおまえの番ということさ。たっぷり死の苦しみってやつを味わいな」
能力者が負傷したのと逆の肩にケイを担いでやってきた。
「旦那、とどめは刺さないんで?」
「今さら同じ村民の情で楽にしてやりたいってか?」
「いや、そういうわけじゃねえですが…」
「放っておけよ。人生の余韻くらい味わわせてやりな。バッドエンディングだったがな。それより、さ、行こうぜ? 勝ち戦の将軍様だ、獲物を携えて凱旋と行こうじゃないか? お山のキャンプも飽きたんでな、もう客として迎えてくれてもいいだろう?」
「へい……、ま、ようがす……か……」
「それ、行くぞ」
公安のリーダーはすっかり主人気分で村人を従えて坂を上っていく。
ミズキは意識ではケイが彼らに連れて行かれるのが分かったが、体はショックでビクッビクッと痙攣をくり返し、体に激痛が脈打っているのが分かったが、頭はどんどん冷たくなっていって、意識が肉体を遠く離れていった。
痛みを離れた分、死がすぐそこに迫っている。
公安に言われたせいだろうか、幼き頃の記憶、綺麗だった姉の笑顔が思い出された。あの日以来のことがすべて夢に思える。何人殺したのだろう? 生きているべきではないクズだと思ってその死をリアルに感じたことなどなかったか。視界が夕闇に沈むようにどんどん暗くなっていった。訪れる闇の中に、
さらなる底なしの闇を背負った物たちがミズキを見つめながらわき上がってきた。