76,血煙
赤いワゴンカーを運転する斎木もペンション前の道を目指して爆走した。しかしその道を向こうから白い軽トラックが走ってきた。運転しているのは青年団の若者だ。
「くそう」
斎木は軽トラックごとき跳ね飛ばす勢いでアクセルを踏み込んだが、
「よせ! あっちはぶつけて止める気だ!」
助手席の末木に言われて
「・・・・・・」
砂煙を蹴立てて脇道に入り、危うく軽トラックとすれ違った。
細い道を走っていくと、畑の端に止めてあったやはり軽トラックが無人で道路に滑り出た。
「危ないっ!」
危うく避けたが、隣を流れる水路の斜面にタイヤを取られ、後輪が踏ん張りきれずに滑り降り、水路に落ちてしまった。タイヤが土の表面だけ掻いて空回りし、
「駄目だ」
チームは車を破棄した。後部座席は黒木の側しか開かず、黒木が下りると、ミズキが下から支え上げるケイを斎木が掴んで引っ張り上げようとした。末木は水路に下りたが、大胸筋をやられて腕に這い上がる力が入らず、仕方なく飛び上がれる所を捜して先へ走った。
「よし、もうちょい」
斎木がケイを尻までフレームに引っ張り上げたとき、妨害車を動かしたと思しい青年団の能力者が車と反対の畑を駆けて現れた。右手を開いて突きだし、左手を重ねるように構えた。額にニョロッと太い青筋が浮き上がっている。
その頃麻里はメイコを引き連れ地下の水路に下りていた。ビビリまくるメイコを叱咤しつつ歩かせ、不良青年の体がぐちゃぐちゃに踏み散らかされた水槽に出ると、ヒーヒー悲鳴を上げるメイコを
「うるさいですわよ」
と鬼のように睨み、バラバラになった肉体に右手を開いて念力を送った。
「ま、これで応急処置ですわ」
肉片が泳いで集まってきて、くっつき、丸い肉団子になった。
「神よ、目覚めよ! 新しい肉体に宿りたまえ!」
ビリビリッ、と電気が走ったように青く光り、肉団子が収縮をくり返し、呼吸を始めた。麻里はフムと眉を動かし、
「グロテスクですが、仮の体です、まあ我慢していただきましょう。
さあ、神よ、怒りの力を解放したまえ。
地上で闘う下部どもに、大いなる力を解放したまえ!」
神を操るように手を動かし、肉団子は「ブウウウウウン………」と高電圧装置に似た音を発して青い電気を強くし、「バチイッ」と電光を迸らせた。
メイコは怯え、麻里は青い光に悪魔の笑みを照らし出された。
「うふふふふふふ。殺しておしまいなさい」
「うおっ」
黒木が吹っ飛ばされて道に転がった。
「クロさん! うわっ!」
斎木がケイを抱えたまま後ろへ吹っ飛ばされた。能力者は走り、ワゴン車の上に飛び乗り、右手を構え斎木を攻撃しようとした。
ドスッと能力者の右肩にナイフが突き立った。道に転がった黒木が投げた物だ。能力者は黒木に向かって力を放った。
「ぐわああっ!」
黒木は地面をガリガリ掻いて滑らされた。
車内から飛び上がったミズキが大型ナイフで能力者の両足をなぎ払った。
「ぎゃあっ」
能力者は悲鳴を上げて堪らずひっくり返り、斜めのルーフを滑って水路へ落下した。ミズキは飛び降り、能力者の胸にナイフを突き立て、能力者は水の流れにぶくぶく赤い泡を立てて絶命した。
水路を上がった末木が戻ってきて、ミズキも道へ飛び上がった。黒木も起き上がってきて、水路を見た。
「元々帰る道はない。行こう」
軽トラックに乗り換えようとすると、そのフロントガラスがボウリングの玉でも打ち込まれたみたいにバリンと丸く砕けた。
道の向こうから右手を構えて能力者が走ってきた。車を潰そうと狙っていると見て斎木が
「やらせるかっ!」
両腕を開いて突進していった。
ドウンンンンンッ、と鉄球のような衝撃が斎木の胸を砕いた。
斎木はぶふっと血を吐きながら、能力者が顔を力ませて次の弾のエネルギーを溜めているのを見て、
「・・・・・・・」
突進した。
「斎木いーーーーーっ!!!」
「斎木さあーーーーんっ!!!」
ドウンンンンッ、と、斎木の右腕が変な形で踊った。肩が粉砕されたのだ。
「ぬぬぬぬぬううううう!!!!」
突進した斎木は振り上げた左手で能力者の顔を殴りつけた。ぐらっとよろめく体を追い、渾身のアッパーを腹にお見舞いした。
運転席のミズキがキーを回し、軽トラックのエンジンがかかった。発進し、斎木の前に止まった。
「斎木さん! 乗って!」
ミズキが助手席のドアを開けて叫んだ。黒木と末木はケイと一緒に後ろの荷台に乗っている。斎木は左手を座席について転げ込もうとしたが、「ドンッ」と後ろから受けた衝撃で背骨を砕かれ、白目を剥いて崩れ落ちた。ミズキはアクセルを思いきり踏み込んだ。タイヤが泣いているような金切り声を上げて急発進した。
サイドミラーに映る追ってくる能力者の姿が遠ざかっていく。このまま振り切れればと思う。ルートは蜂万町に直接向かう細い山道へ向かっている。斜面の周道をペンションもみじへ向かいたいが、それを許してはくれないだろう。不安を感じながらもミズキはまっすぐ突き進んだ。斎木が命がけで守ってくれた道を、死んでも抜けてやると涙をにじませて思った。
ボンッ、と前輪のタイヤが吹っ飛び、ミズキはハンドルを取られて必死に立て直そうとしたが、第2撃が運転席側のフロントピラーをぐにゃっと曲げ、ミズキは残っていたガラスの破片をまともに浴びて顔を切り、弾の衝撃を御しきれずに軽トラックはグルッとカーブしながら転倒した。
「ミズキいっ! ケイを守れっ!」
黒木も末木もケイを背負うことは出来ない。ミズキはフロントウインドから転がり出て、迫ってくる能力者から逃れて横に走った。軽トラックは向こうに腹を見せちょうど道をふさぐ形で横転している。ミズキは能力者の手の照準をさっとかわして、その陰に駆け込んだ。荷台から三人は放り出され、ケイは末木が体を呈して落下の衝撃から守っていた。黒木は左腕が完全に折れてしまっているようだった。
「どうやら俺もこれ以上は足手まといにしかならんようだ」
弱音を吐く黒木にミズキは怒りながら訴えた。
「何言ってんですか? 死ぬまで戦い抜いてくださいよお!?」
黒木は力無く笑った。
「そのつもりではいるがよ。ミズキ。おまえはよそ者だ。なんとしても村を脱出して生き抜け」
「今さらよそ者はないでしょう? 俺、クロさんたちに拾われなきゃ……」
「馬鹿。べそかいてる暇ねえぞ。おまえがよそ者ってのは、俺たちの希望だってことだ。末木。後は頼んだぞ」
末木は真剣な顔でしっかりうなずいた。気心の知れた仲間にニヤッと笑いかけ、黒木は鬼の形相になって車の向こうの能力者の位置を探った。今襲ってきているのは気弾を発射するタイプの能力者たちのようだ。向こうもこちらのナイフ投げを警戒しているようだが、
「くそったれめ、あのバケモノ野郎に痛めつけられなきゃもうちょっとましな殺し合いがやれたのによお……」
黒木は苦笑し、ナイフを握りしめると
「生きろよ」
車の陰から飛び出し、
「うおりゃああっ!!!」
気合いを発した。狙っていた能力者が手のひらから気弾を発射した。予想していた黒木は斜めに体勢をかがめて避け、勢いを殺さずにダッシュし、能力者に襲いかかろうとした。能力者は額いっぱいに青筋を走らせ、気を固めずにそのまま発した。
「う、ぐ、・・・」
黒木は力に体を押され、進む足を鈍らせた。能力者も必死の形相で力を発し続けた。力が黒木の傷だらけの皮膚をなぶり、傷口をめくり上げ、溢れ出る血を後方に飛ばした。黒木は歯を剥き出して踏ん張り、能力者も力を込めながら顔を真っ赤にし、血管が膨れ上がり、目の網膜が破れて血の涙を流した。黒木はニヤリと笑い、
「要するに……、気合いだろうがあああっ!!!」
吠え、踏ん張り、ブルブル震える腕でナイフを構え、能力者に迫った。距離2メートル。
ミズキはケイを背負い、末木と共に能力者を横目に先へ駆けた。黒木は
『行け!、行け!』
と心の中で叫び、
「うおおおおおおおお…」
鬼のように能力者に迫った。
突然黒木の体が動かなくなった。
後方2点から追ってきた能力者たちが同じように力を発して黒木を捉えたのだ。
3方向から体をがんじがらめにされて黒木は動けず、凄まじい圧力が全身に掛かり、骨も肉もバラバラにしようとした。傷口から皮膚がめくれていき、流れ出た血が粒になって周囲に漂った。
「く、く、く、・・・・」
黒木はせめて一太刀、修羅道の最期に浴びせようと前の能力者へ腕を伸ばした。力む能力者の目の横の血管が破け、ビイッと血が迸った。だが、3方向の力のバランスが崩れ、恐怖の表情を浮かべる顔にナイフの突き刺さる寸前黒木の右腕はぐにゃっと折れ曲がった。
無念。
観念した黒木の体は凄まじい圧力にくるくる宙に躍り上がり、バラバラにほどけて体中の血をまき散らし、それは赤い霧となって広範囲に広がった。