65,潜入作戦
青年団長木場田と黒木たちグループは犬たちを連れ、極力目立たないように村長宅裏の鬼木の婆の家へ急ぎ向かった。
玄関は鍵も掛けずになんなく入り込めたが、地下へ通じる入口を捜し、裏口の脇にある物置のドアを見つけたが、いかにも怪しいそこは中にもう一枚頑丈な鉄鋲を打ったドアがあり、ここは鍵が掛かっていた。
こうした工作の得意な末木がいじってみたが、構造は至ってシンプルなはずなのにびくともしなかった。
「見せてみろ。特殊な鍵かも知れない」
木場田が前に出て右手を開き、探るようにした。その様子を怖い目で見て黒木が訊いた。
「あんたも神の肉を食ったのか?」
じいっと探っていた木場田は諦めたように手を下ろし、言った。
「ああ。団長が力を持たないわけにはいかないだろう? どんなに不味くてもな」
木場田はどうしても感じてしまう黒木たちのゲテモノを見るような不快な視線を振り切るように言った。
「駄目だ。これには神の結界が施してある。神の肉を食ったくらいの即席神通力者じゃ歯が立たん」
「開かんのか?」
黒木が険しい表情で言った。
「まさかもうここで諦めろと言う訳じゃあるまいな?」
木場田は不敵に笑って言った。
「鍵が壊せなくても、入り口をこじ開けることは出来るさ。つるはしで壁ごと枠をぶっ壊してやるさ。だが、そうなると確実に下に知れるだろう。もっとも結界を破っても結果は同じだろうが……。どうだ、二手に分かれるか?」
「他の入り口というと、『炭窯』か?」
村の端に大きな小屋のような木材精製及び家具工場があるが、その裏手に炭焼きの窯がある。大量の炭を作るため、炎の熱を効率的に全体に回すため、奥に長く、奥が上がっていく構造をしているが、……それはフェイクで、実はその下に地下に下りる通路が延びている。……黒木たちが狩った不良青年を連れていった所だ。
「そこからこの地下に行けるのか?」
黒木たちの仕事は材料を調達してくるところまでで、その処理は男性の神職が行うためそこで引き渡され、後のことは知らない。木場田はいやと答えた。
「いや、直接はつながっていない。祈とう所は男子禁制だからな。だが神の穴はつながっているはずだ。穴に下りてさかのぼっていけばこの下にたどり着けるはずだ」
「神の穴に下りる、か……」
黒木は難しい顔をした。
「危険だな。神に見つかれば、確実にやられるだろう?」
「だろうな。だから二手に分かれて、こっちは強行突破を試みる。巫女たちの注意がこっちに向いたところで、下から潜入を開始してもらう。危険だが、神の意識も紅倉に向いているはずだから、上手くタイミングが合えば行けるんじゃないか?」
「よし、時間がない、それで行こう。…斎木、末木。おまえたちに潜ってもらっていいか?」
「任せてください」
二人は間を空けず答えた。
「頼む」
「『炭窯』まで行かなくても依り代のある神の巣は役場の裏の物置から下りられる。神職はマイナスの霊感の者が務めているから結界はないはずだ。遠慮なく鍵を壊して入ってくれ」
末木が
「普通の鍵なら普通に開けられる」
と請け負った。
「よし。では俺もついでに道具を拝借してこよう。あんたはここで見張っていてくれ」
「分かった」
木場田を残し黒木たちは表で見張らせている犬の内二頭を連れて役場の裏へ向かった。
黒木がつるはしを持って戻ってきて、結界の施されたドアの破壊を開始した。通路は狭いので一人でしか作業できないが、年代物の木の板は柔らかい感触で尖った先を吸い込み、メリッと、簡単にほぐれてばらけた。黒木は腕を振るって固いつるはしを打ち込み、バラバラと、材木と塗り固められた漆喰を粉砕していった。壁の縁を破壊して穴を開けると、現れたドア枠の側面に思い切りつるはしを振るい、突き刺した。ここには『ガンッ』と言う固い手応えがあり、尖端も簡単には突き刺さらなかったが、まるで歯が立たないということもない。
「なんならこのまま枠ごとドアを突き倒してやるさ」
黒木は汗をかきながらガン!、ガン!、と乱暴につるはしを振るい続けた。
タイミングは。
ケイと紅倉の戦いが始まり、神の行方をトレースしていた婆たち巫女衆は優位に立ちながら生ぬるい攻撃をくり返すケイに苛立ちを覚えていた。
「ええい、そこじゃ、早うとどめを刺さんかい! ……ええい、何を遊んでおるか!!」
と、その時である。
「婆さま」
上の異変に気づいたメイコが鋭く呼びかけ、お婆とヨシもギョッと緊張した。かすかに音が響いてくるが、それより神経を集中して霊波を探った。
……何者か侵入しようとしている。
この神聖な場所への乱暴狼藉にまさか村の者がと驚いたら……、
「黒木と木場田のせがれかい。チッ、くそ、あの悪ガキどもが、神をも恐れぬ不埒者どもめ」
お婆は悪態をつき、煩わしく
「メイコ。村長に…」
電話して引っ捕らえさせろ、と言おうとしたのだが。あっとこちらも髪の毛が逆立つように驚いた。
ケイが負けた。しかも。
ドクンッッッッッッ。
物凄く強い動悸が心臓と頭を揺さぶり、お婆たちは
「ィギイイィッ・・・・・」
と、汗を拭きだし、恐ろしく顔をしかめた。
「か、神が……、なんという……」
ぎゃあっ、と神の霊波を捉えていた脳が高圧電流が走ったようにショックを受けた。
お婆も二人の巫女も頭を抱えて転げ回った。
「あああ、い、いかん、か、神が、荒らぶる・・・・」
手をわななかせ、なんとかせねばと、ビシイッ、と太い血管が破裂するような熱いショックを受けて、堪らず神とのリンクを切った。
「ヨシ! メイコ! 大丈夫かえ!?」
二人もリンクを切っていたが、ショックで神経が痺れてどうにもならないようだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、と、地震が起きた。
地下にいる三人にミシミシと柱や天井が音を立てる激しい揺れは生き埋めの恐怖をまざまざと連想させて震え上がった。
スウッと、脳が働き、ひらめいた。
長女ヨシがハッと、婆に言った。
「御神酒を」
婆もうなずき、
「麻里じゃな。それしかあるまいて。神に御神酒を投入せよ、ありったけじゃ!」
と緊急措置を命じた。
ヨシが壁に走り、緊急用の装置を作動させた。
大量のウイスキーが投入され、なんとか神は鎮まった。
「お……………、おのれ紅倉あああああああ…………………」
婆は本物の鬼婆のような恐ろしい顔になって地中を睨み付けた。
「婆さま! 上が!」
ハッとすると、地震の起こっている間にドアを突破し、侵入者たちが階段を下りてきている。
「愚か者どもがああーーーーー……。早う!早う村長に電話せんか!!」
婆に叱りつけられてメイコが通路に出て内線電話を取ったが、
「婆さま、駄目です、通じません!……」
途方に暮れて訴えた。
「ええい……、なんたることじゃ……………」
お婆は恐ろしい目をして、頭の中のビジョンで通路をさかのぼった。侵入者は確実に近づいてきている。