64,舞台裏
※≪!!警告!!≫極めて残酷な描写があります。ご注意ください。尚これ以降このような描写が頻発します。くれぐれも年少者及び感受性の強い方は読まないでください。
また時間を少しさかのぼる。
紅倉とケイの対決が始まる前、
鬼木巫女衆。
神と一体化したケイを支援するため、鬼木の婆……実は名を重(しげ)と言い、年は81歳になるのだが、名など誰も覚えていないし、年は100歳くらいに思われている……と、養子の長女ヨシ65歳、次女メイコ44歳の三人は一つ上の階の「室(むろ)」と呼んでいる神のコントロールルームに移動した。
床下でケイの体が寝ている部屋には麻里一人が見守り役で残されるのだが。麻里は、
「つまらないですわ。要はケイ姉さんの魂を体に戻さなければよいのでしょう?」
と言った。ケイに支援を約束したものの、実はその気はさらさらなく、ケイの魂=霊体も紅倉もろとも神の餌にする計画でいる。
「わたくし、ケイ姉さんの魂と紅倉の体が神に食べられるところを直接見物したいですわ」
麻里の我が儘に婆は嫌な顔をしたが、どうせ自分の手に負えない相手だと分かっている。
「勝手におし。嫌な仕事をおまえが引き受けてくれるんならわたしらはその方がいいわい」
「まあ、嫌な仕事だなんて。うふふ、ではお任せくださいませ」
麻里はランタンライトを一つ持ってケイの寝ている穴に下りた。
「あら。子どもの頃は楽でしたのに、背が伸びてしまってたいへんですわ」
婆は、
「おまえも体はまともな人間ということさ」
と戒めとも愛しみとも取れる憐憫の表情で言ったが、麻里は「ふっ」と小馬鹿にした笑いを浮かべただけで、
「では行ってまいりますわ」
と腰をかがめて床下を進んでいった。
「行くよ。よもや紅倉が神に勝てるとは思わんが、ケイが造反することもあり得んことではないからねえ」
部屋から通路に出た婆は
「おまえたちは階段をお使い」
と二人の娘たちを先にやり、自分は別の小部屋に入った。エレベーターだった。ちょうど村長の家の真下に位置し、小さなエレベーターは応接間の吹き抜けの2階まで通じているのだった。
1階上がってエレベーターを下りた婆は待っていた娘たちと一つの部屋に入った。
何もない真四角の部屋だが、床に変わったものが生えていた。
中央と部屋の対角線4分の1の4点、合計5つ、30センチほどの高さの四角い木製の筒が生え、そこに直径20センチほどの大きな水晶玉が載っていた。
「明かりを落としな」
二人がライトの光量をうんと落として闇に近くなると、婆が中央に座り、二人はそれぞれ後ろの左右に座り、それぞれ自分の水晶玉を覗きだした。二人は目で見ているが、年季の入ったお婆は目を閉じ、手のひらを当てて触覚を視神経として脳につなげる。
水晶玉は真っ黒で、何も映していない。だがその漆黒に三人はそれぞれ霊的なビジョンを見ている。
水晶玉を載せた筒は中は空で、ずうっと床下へ伸びている。実はこの筒は途中屈折するところに鏡をはめ込みつつ、あの、黒木たちに連れてこられた哀れな不良青年の沈められた井戸の底の部屋に通じているのだ。
半球のドーム型の部屋の壁の高いところに覗き穴があり、そこまでこの筒は通じている。
もしあの部屋に十分な光を焚いたら鏡に反射した像が小さく、一個の星のように覗けるはずだ。
中央のお婆用以外の4つには現代的に光ファイバーケーブルが通されて、水晶玉に接続されている。胃カメラの映像を水晶玉でモニターしているようなものだ。
彼女たちの見ているのはあくまで頭の中で直接視る霊的なイメージであるのだが、その手がかりとしてやはりクリアなイメージ映像のあった方がよいらしい。
真っ黒だが、彼女たちの目が直接水晶玉の中に見ているのは水の中に漂う哀れな不良青年の死体である。……のはずだが。
驚いたことに不良青年はまだ生きて呼吸をしているらしい。
青年をくくり付けた板が水に浮き、板は床にロープで係留されそこから流れていかないようにされている。
青年の体は板の上にかぶった水に耳の上辺りまで浸っているが、その体は、奇妙な状態になっている。
ちょうど蛙の卵のようなぬらぬらしたゼリー状の物に包み込まれ、鼻と口がふがふがと苦しそうに粘膜を膨らませて呼吸している。裸の胸も大きく上下し、それで生きているのが分かるのだが、この状態でどうして生きているのか、非常に嫌な気分になる。
青年は体を切り裂かれ何やら糊のような物を塗りたくられていた。その傷口が内部から膨れ上がり、ほどけた赤い繊維がゼリーの中に漂い出ている。眼球は表面がぺらぺらのビニールみたいにしわが寄り、眼窩から膨れ上がって、更に周囲から赤い肉がぶよぶよとはみ出ている。呼吸する鼻は付け根と鼻梁を切り裂かれてぱくぱくと開閉し、大口を開いた唇も舌もぶよぶよに膨れ上がっている。
肉体全部が真っ白にふやけて、赤い傷口が弾けて、腐乱した水死体のようである。
これで生きているというのがおぞましい。
しかし本人に生きている自覚はないだろう。
額に開いた穴から白い物がほどけてはみ出ている。その部分は特につるつるしたゼリーがこんもりとこぶになっている。
残酷を絵に描いたような有様だが、これが巫女と神職たちが神の強すぎる力から我が身を守るために何代も重ねて改良してきた末のコントロール装置なのだった。
神はこの傷ついた体に肉体的に同化し、曲がりなりにも「人」としての形を得て、巫女たちは神の人の形に念思でアクセスし、人の五感を延長した物として神の力を使うことが出来るのだ。
では神もここにおわすかと見ても、そのお姿はないようだ。
普段は確かにここにいるのだが、今はケイの生き霊と合体して紅倉美姫のところへ向かっているのだ。
神の肉体は霊体とほぼ等しい物のようだ。他の現世の生き物のように肉体と霊体が別々の物ではなく、かなり重なって、同じ性質を共有しているようだ。
鬼木の婆と娘たちは水晶玉を見て、神の行方を追っている。通路の先へ先へ、紅倉のいるガス穴の奥の「門」へ。
一方麻里は。
神の住みかの水路は幾本も道があるらしく、麻里は井戸の底の水槽は通らずに先へ、もうずいぶんと長い間使われていない古い水路へ進んでいた。
ケイと紅倉の戦いが始まり、極めて優れた霊能力者で、かつ神を「父親」とする麻里はその様子を頭の中のリアル3Dテレビではっきり鑑賞していた。
結果、
ケイは紅倉に敗れた。
チッと舌打ちし、いくらでも殺せるチャンスはあったものをと思う。
しかしもはや瀕死の状態の紅倉を見て、さてどういたぶってやりましょうかしら?、と考えることを楽しんだ。ところが。
神が劇薬に犯されて暴れ出し、リンクしていた麻里も脳をガン、とやられ、危うく天井に頭を打ちかけた。
頭の中で様々な負の意識が爆発しまくり、脳を破壊されそうになった。
「く、くそ…、おのれ……」
麻里は神とのリンクを切った。ガタガタ震動する壁にすがりつき、ズキンズキン痛む頭を安静に保ち、呼吸をコントロールして胸の動機を落ち着かせる努力をした。
キイイイーーッ!、と歯噛みし、巫女衆に強い思念で命じた。
水晶玉を覗き、神の異変にうろたえる巫女衆、
長女ヨシがハッとひらめき、婆に言った。
「御神酒を」
婆もうなずき、
「麻里じゃな。それしかあるまいて。神に御神酒を投入せよ、ありったけじゃ!」
と緊急措置を命じた。
ヨシは壁に走り、知らない者には見分けづらいパネルを開き、中に並ぶスイッチの1列を残らずひねった。赤いランプが灯っていき、地下で何かの機構が動いた。
通路のあちこちで天井が開き、ドドドドド、と御神酒=高アルコールのウイスキーが樽をひっくり返して注ぎ込まれていった。
ウイスキーは水路を満たしていき、それはやがて神に届き、薫り高い高アルコールに身を浸した神は、やがて、酔っぱらい、いい気持ちになって、大人しく眠ってしまった。
暗くなった念思の視界の中で婆は、
「これは二日酔いが心配じゃわい」
と頭が痛いようにつぶやいた。
その後麻里は綺麗なお人形さんの顔に戻って紅倉をいたぶったわけだが、腹の中はムカムカが真っ赤に煮えたぎっていたのである。
しかし、いい気になって紅倉をいたぶった麻里が、紅倉を運ぶ下女を連れに戻っている間に、何が起こったのか?