62,決着
炎をまとった紅倉は牙の生えた口を開き、炎となって逆巻く髪がおどろに踊り、天井まで伸び上がると、炎の龍となってケイに襲いかかった。
「来いっ!!」
ケイは自ら受け止めるように両腕を広げ胸を張った。
「 やめ……ろ…………… 」
地面に張った紅倉がか細い声を出し、ケイに迫った炎は目前でピタッと止まった。
宙に立つ紅倉はくわっと開いた恐ろしい目でケイを見据え、地面では肉体の紅倉が動いた。
「止せ……、戻れ…………」
「逃がさないよ!」
ケイは紅倉の炎を捕まえようと手を前に伸ばした。
「やめろおっ!!!!!!!」
紅倉が血を吐くように叫ぶと、ザクザクと全身を無数の矢に射抜かれたように、
「ぎゃああああっ」
ケイは叫んで全身を痙攣するように引き伸ばし、仰向けになってふらふら漂い、失神したようにガクガクブルブル震えた。
「戻れ……………、戻れええっっ!!!!」
必死の紅倉に命令されて炎の鬼女は光を消し、スッと空間から姿を消した。
紅倉はぼろぼろになったコートの胸から真っ赤に染まった破魔矢を取り出し、腕をガタガタ震わせながら堀の右の奥めがけて投げた。矢はひょろひょろ不思議な飛び方をして、奥に消えた。
紅倉はそれで力つきたように腕を前に投げ出して動けなくなった。はああー……、すうっ…、はああー……、と、やっとのように呼吸し、閉じそうになるまぶたを震わせてケイを見た。ケイはまだショックでブルブル痙攣していたが、やがて収まってくると、ガバアッと起き上がった。
「次だあっ! どうする紅倉ああっっ!!」
血走った目で叫び、腕を突き出し次の攻撃を加えようとしたが、
「……焼かれたか………」
さっきの鬼女の炎で火薬であるこの空間の霊媒物質をあらかた焼き消されてしまったらしい。
ケイはフウッと嬉しそうに笑った。
「やっぱりこれをやるしかないようだね。あんたといっしょに死ねるならわたしは本望だよ」
ケイの霊体がピンク色に光り、輪郭がぼやけた。
「わたしといっしょに、死んでくれ」
スウッとケイが迫り、紅倉に微笑むと、体を重ねて紅倉の中へ溶け込んでいった。顔を半分溶け込ませて、ケイは言った。
「完全に入り込んでしまったら自分を保てなくなる。まだ自分が分かる内におさらばさせてもらうよ」
カアッと、ピンク色の光が激しく赤くなり、紅倉の肌も熱くくすぶった。
「さよなら、紅倉さん」
紅倉の手が最後の力を振り絞って持ち上がり、わななき、
「食らえ」
グッと握りしめた。
その手に折られるように、
闇の中で破魔矢がボキッと繊維を弾かせて折れた。
グうオオオおおうワアあああああああああ
風の音か地鳴りか、大きな唸り声のような物がして、
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
と物凄い振動が連続して起こり、
ガタガタガタンッ、ガタガタガタンッ、
と何か転げ回るような音が穴の奥から響いてきて、
ブシュウッ、ブシュウッ、
と穴から、花を差したまま何日間も放ったらかしにした花瓶の水のような臭いしぶきが噴き出された。
はっきりと、
「ぶおおおおっ、ぶおおおおっ!」
と、何か獣が苦しんでいるわめき声が聞こえた。水を飛ばして嵐の海の荒波のようだが、はっきりと生き物の「感情」が感じられた。
そして、
ゴゴゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ、と大地の大きな震えが続いた。
紅倉に半分溶け込んだケイが驚きの声を上げた。
「紅倉! 何をした!?」
「ふふふふ…」
紅倉はケイの口の重なった口で笑った。
「あの化け物が取り込んで壊した魂の恨み苦しみをたっぷりお返ししてやったのよ。あいつの中には殺された巫女たちの魂のかけらが残っているはずだから、それに反応して感情が爆発したのよ。ふふふ…、いい気味……」
「殺された……、門番のか?」
「それより、どうしたの? 起爆装置の故障かしら?」
「・・・・・・・」
ケイはまるで金縛りにあったように動けない体にぎょっとして、苛々した胸騒ぎに震えた。
「どういうことだ? わたしを、どうした?」
「タイミングを逸したわね。あなたの霊体はもうわたしの支配下にある。あの汚らしい化け物からも切り離した。肉体の方が心配だけど、ちょっと我慢してね?」
「べ、紅倉? お、おい、なにを……」
「いい子になっておねんねしてね?」
「べ…にく……ら……………」
ケイはふうっと目を閉じ、スウッと紅倉の中に沈んでいった。
「はあっ………………」
紅倉は仰向けになり、疲れ切った息をついた。ゴゴゴゴゴゴ、と地震は続き、堀の水はバシャバシャ波立っている。
「あーー…、拙い。体をやられ過ぎた。せっかくケイさんの魂を捕まえたのに、このままじゃ生き埋めだわ…」
力を込めて体を起こそうとしたが、寝返りさえ打てなかった。
「まいったなあ。ちょっと無謀だったかな? ずいぶん丈夫になったつもりだったんだけどなあ……。ごめんなさいねケイさん。本当にここで心中する羽目になりそう。……ごめんね、美貴ちゃん」
紅倉は目を閉じ、どうしようもなく疲れて、眠りの中に落ち込んでいこうとした。ミシイッ、と板の裂ける音があちこちから聞こえ、重い岩のうごめく不穏な音が響き、パラパラと小石の転がる音がした。騒音の中で紅倉は睡魔に心地よく魅了され、意識を途切れさせようとした。
静かになって、紅倉は目を開けた。
「あら? いつの間にか天国に到着? なわけないか」
うう、うううううう、とうめいてなんとか体を起こした。
「あの化け物、落ち着いちゃったみたいね? ……麻酔銃でも撃たれたかしら?」
パシャッ、パシャッ、と水を掻き分ける音がして、右の穴奥から白い明かりが漏れ、誰か現れた。
「ふうー」
と、低い天井から解放されて腰を伸ばし、しらっとした目で紅倉を見たのは冬用の紺のセーラー服を着て前髪をきれいに切りそろえた高校生の少女だった。紅倉は知らない顔に首をかしげた。
「あら。えーと…、あなたは、誰?」
少女は白けた無表情を紅倉に向けた。
「あなたが化け物呼ばわりした物の娘ですわ」
「あらま。耳がいいこと」
紅倉は微笑みかけながら、じっと相手の実力を見極めるように少女=木俣麻里を見つめた。