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58,ケイのこと

 いわゆる「ガス穴」。

 芙蓉は犬のジョンに先導されるミズキについて門番の鉄格子から出口向かって歩いていた。

 穴は距離自体はそれほどではなく、200メートルといったところだろうか。その先に「門」があるはずだが、芙蓉はそこまでたどり着くことは出来ない。

 外の光と新鮮な空気を求めて進む帰り道は楽で足取りも速かった。道はほぼまっすぐのはずで、暗闇の中歩いていて時たま妙な感じがするのは足元の板が左右に傾きを変えているからだろう。視覚に頼らないと角度はかなり大きくなっているのが感じられる。

 表の明かりが見えてきて、芙蓉は言った。

「あなた、人を殺しているわよね?」

 ほっとして喜び勇んだ足が、ふと重くなり、ミズキが固い敵意を含んだ顔で振り返った。

「それが? なにか?」

 開き直りというのではない、むしろ「殺し」に誇りを持ったような顔つきだ。

「誰を殺したの?」

「誰でもない。名無しの、クズだ」

 激しい憎しみと、徹底した軽蔑を露わにしている。

「あなたがクズだと判断したから殺したの?」

 ミズキは薄暗い陰の中で薄笑いを浮かべた。

「クズだと判断したのはケイだ。俺たちはケイを『審判者』としてその判断に従う」

「ケイさんってずいぶんなカリスマぶりね? でも、『呪い殺す』のがあなたたちの売りじゃないの? あなた、自分の手で殺したんでしょう?」

「サービスだよ、社会の害虫を駆除する。企業イメージアップの社会奉仕さ」

 ミズキは気の利いたジョークを言ったつもりのようだったが、自分で悪趣味さに嫌気が差し、前を向くとまた早足で歩き出した。芙蓉も続いて歩き、穴を脱出してしまう前に訊いた。

「なんの必要があって殺したの?」

 単なる感情だけのことではないはずだと睨むと、果たしてミズキは、ため息をつくように言った。

「神の供物だ。……正確には、神の体にするんだ。別に本来は殺しが目的じゃない」

 ミズキはチラッと振り返り、あんたは同盟者だから信用して話すんだぞ?、という目を見せた。

 芙蓉は疑問に思って訊いた。

「神は実体があるんじゃないの?」

 歩きながら、ガス穴を出たが、ミズキはそのまま話し続けた。

「体はあるが、長い年月の内に形を無くしてしまったんだそうだ。だから人の体を与えて、力を制御するためのインターフェイスとして使用するんだとさ。それ無しで神を使おうとすると、巫女が神に飲まれて、壊されてしまうんだとさ」

「なるほど。先生の見立て通りね」

 ミズキはまたチラッと芙蓉の顔を見たがったが、歩き続けた。紅倉は門番を「巫女たちのなれの果て」と視たが、それは正解だったわけだ。

「ケイって、何者? この村の人じゃないでしょ?」

 かわいい顔をしたミズキも微妙なところだが、面構えは村人と共通したところがある。けれどケイは明らかに村人とは異質だ。芙蓉は、あまり思いたくもないけれど、自分に近いタイプのように感じた。

「ケイは……」

 ミズキはおっくうそうに重い口調で言った。

「可哀相な人だ。自ら業(ごう)を引き受けてくれた。だから、ケイは俺たちが守ってやらなくてはならない」

 ケイももちろん村……もはや「手のぬくもり会」その物と見ていいだろう、のために働いているのだろうが、ミズキの言葉には、そうした組織上の仲間意識以上の感情が見られた。

「あなたとケイさんって、どういう関係?」

 ミズキはその質問には直接答えず、言った。

「ケイがどうしてこんなことをやっているか?、察しは付くだろう?」

「まあね」

 芙蓉はケイのサングラスからはみ出た大きな傷跡を思い出して痛ましい気持ちになった。

「ケイが能力者になったのは自分の復讐のためだ。ケイには……、正義のため、なんて気持ちはないんだろう。ひたすら自分の復讐心に従って行動しているだけなんだろう……。

 ケイは巫女たちの中でも特別の能力者だ。直接、神の力を持っている。

 神の能力者になるためには、特別の修行をしなければならない。

 神の穴に入って、真っ暗闇の中で……ま、これはケイには関係ないが……、49日間過ごし、神を受け入れ、一体化しなければならない。

 俺が殺したのは男だ。つまり神は男ってことだ。その神を受け入れるってのがどういう行為か分かるだろう? それは、ケイがこの世で最も憎悪する行いだ。ケイにとっては、まさに地獄の四十九日間だっただろうぜ」

 話している内にミズキの言葉に暗い怒りがこもり、向こうを向いている顔がギリギリ奥歯を噛み締めているのが容易に見て取れた。

「……それ以前のケイを俺たちは知らない。でも、分かるんだ、今のケイは、本来の彼女じゃない、って…………」

 うつむいた後ろ頭はすっかりしょげてしまっている。感情の柔軟な、素直すぎるくらい素直な少年だ。

「ケイは今も苦しんでいる。悪夢を忘れられずに、いや、決して悪夢を忘れまいとして、その悪夢を食らう悪魔になろうとしているんだ。ケイは、『悪』と審判した者には容赦ない。どんな残酷なことでも平気でやる。でも…、それはきっと、みんな自分の悪夢に返って来るんだ。ケイは怒りを露わにして、自分が傷ついてなんていないってふりをするけれど……、そんなわけないんだ……。どんどん自分の心を、魂を、傷つけていっているんだ………。それが、俺は、可哀相でならない……………」

 芙蓉は、ケイが紅倉を慕う気持ちがよく分かった。やはり自分と似ていると思った。ケイは知っているのだ、自分の心を救ってくれるのが、先生しかいない、と……。ミズキがボソッとつぶやくように言った。

「ケイは……、紅倉美姫を殺せない……」

 立ち止まり、すっかり感情の傷ついた顔で芙蓉を振り返った。

「紅倉美姫に……、ケイを、助けてほしい…………」

 芙蓉は、フン、と笑ってやった。

「わたしの紅倉先生を舐めないでよ? 先生なら、ケイさんの心なんてすっかりお見通しよ」

 ミズキはストンと感情の抜けた、驚いたような顔をして、笑った。

「それは、お見それしました」

「そうよ」

 芙蓉は笑って先を促した。ミズキはじっと芙蓉の顔を見ているジョンの頭を撫でて先へ行くぞと命じた。

 芙蓉は、

 二人が暗黒の闇の中闘うのを暗い気持ちで思った。

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