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57,密約会談

 時間を少し戻って。

 紅倉と芙蓉を「ガス穴」に送って、その毒素にやられてぼうっとした頭で戻ってきた、村の青年団団長であるところの、木場田貴一は、山を下りて村内に入ったところで犬のジョンを連れたミズキに会い、資材調達部の黒木たちが待っていると伝えられ、ただならぬ様子に頭を目覚めさせながら末木(すえき)の家へ向かった。この五道の枝道を行った、電波山の麓の、隣に立ったポールに4つも大型のパラボラアンテナを付けた家だ。村には各戸に電気と電話線が引かれ、ケーブルテレビも行き渡っている。余計なアンテナは、外の世界では違法な電波データの収集用だ。

 家の前に4頭の大型犬が並んで座っていてギョッとさせられた。ケイの飼い犬たちだ。犬たちは大人しくお座りしていて、木場田はゾッとした心持ちで犬たちの顔色を窺いながら玄関に近づいていった。

「ごめんください」

 と戸を開けると、狭い土間に3組の男の靴があった。

「木場田さん。どうぞ、入ってください」

 リーダーの黒木だ。木場田はすっかり頭をフル回転させながら、表情はいつも通り人当たりの良い社交性を維持して、廊下を上がってすぐの居間のふすまを開けた。

 ちゃぶ台を囲って男が三人むさ苦しく肩を寄せ合って座っている。外遊部隊のデータ収集担当末木の仕事場は奥の部屋で、そちらには自作の高性能コンピューターが4台置かれて、ケーブルだのなんだの雑然としているが、こちらの部屋は物が少なく整然としている。コンピューター部屋も本人的には機能的に完璧に整理されているのだ。几帳面で他人の手の入るのを極端に嫌い、当然独身で一人暮らしだ。

「お呼び立てしてすみませんが、緊急に相談したいことがあります」

 何やら決意みなぎる顔つきのリーダーの黒木を挟んで、レゲエかぶれの田舎の兄ちゃんの斎木と、末木。末木はUSアーミーみたいに頭のサイドを刈り上げ、ウルトラセブンみたいな眼鏡を掛けた近未来的なルックスの男だ。いかにもオタク的な神経質な顔つきをしているが、ジャンパーを押し上げて筋肉が盛り上がり、なよなよしたひ弱なところはまるでない。鍛え方までトレーニングフェチっぽい。

「なんでしょう?」

 木場田はちょっと嫌だなと思いながら腰を下ろし、ちゃぶ台の仲間に入った。

「ま、お茶でもどうぞ」

 末木が急須に入っていた煎茶を湯飲みに注いでよこした。

「はあ、では」

 飲むと、物凄く苦くていがらっぽかった。末木がつるんとした顔にニヤリと小馬鹿にしたような笑いを浮かべて言った。

「ガス穴に行って来たんでしょう? これで目を覚ましてくださいよ」

「目ならもう覚めてますがね」

 と言いつつ木場田は茶を飲み、苦げえと顔をしかめながら、頭を120パーセントしゃっきりさせた。

 青年団団長で村の自警団団長でもある木場田は外回りの遊撃部隊である黒木たちと普段あまり接点を持たない。妙に仲間意識の強い黒木チームは、村の守りの要として村民に頼りにされている青年団とどうも冷めた距離感がある。大量の茶葉を熱い湯で煮出した煎茶を飲まされるまでもなく木場田は内心かなり緊張してここに来ていた。

 木場田はじっと表情を窺いながら黒木に訊いた。

「緊急の相談というのは、紅倉美姫の取り扱いについてですか?」

 黒木はあいまいに首を振り、ため息をつくように表情をゆるめた。

「ま、知らない仲じゃないんだ、腹を割って話そう」

 木場田の方が2年年上だが二人は同じ小中学校に通っていた幼なじみだ。木場田もうなずき、肩の力みを解いた。

「紅倉はガス穴に安藤という雑誌記者を連れ出しに行った。安藤がまともな状態とは思えないが……、それで紅倉は落としどころを付けると言う話だが?」

「それは村長に聞かされた話だろう?」

「そうだが?」

 何が問題なのか木場田は首をかしげた。黒木の目が怒っている。

「村長は紅倉を殺すためにケイを神の穴に下ろさせた」

 木場田も驚いた顔をした。

「紅倉の件は、可能な限り穏便に済ませるという話だったが?」

 黒木は

「そうか?」

 と木場田も怪しむように斜めに睨んだが、まあいいと続けた。

「紅倉自体はいい。俺たちにとって邪魔な存在であるのは確かだ。が、村長のやり方が許せん。その気になれば紅倉を殺すなど造作もないだろう。わざわざ霊能力の戦いにする必要はない。何故ケイを使うのか?が問題だ。村長はケイや俺たちを、使い捨ての駒としてしか見ていない。邪魔になったケイを消したいんだ」

 暴力的な実力行使部隊の黒木たちに霊能力者紅倉の取り扱いのやっかいさは分かっていない。自分たちの不満が先に立ち、村長のように村全体の危機的状況など深刻に考えていない。

 木場田はどうなのだろう?

 彼は真剣な顔でうなずき、もっともだとうなずいた。

「村長は村を大事に考えているんだろうが……、しょせんそのために自分が犠牲を払うわけではないからなあ………」

 そうだ!、とレゲエの斎木が身を乗り出した。

「そうだ! 上の奴らは命令するだけで、自分たちは安全な場所にいて難しく悩んでいるふりをしているだけだ! てめえが身を切る立場になればコロッと態度も変わるだろうによ!」

 斎木は頼りにした部長=賢木校長の冷たい態度を聞かされて憤慨している。木場田は斎木の弁にももっともだとうなずき、半纏の袖の中で腕を組んでうーーん……と考え、黒木を見つめて問うた。

「君らの気持ちは分かった。で? 俺にどうしろと?」

「あんたと、自警団の力を借りたい。まずケイを助けるために、あんたに鬼木の婆を説得してほしい。ケイを無事引き上げたら、自警団の後ろ盾で村民会議を招集し、村長のやり方を正してもらいたい」

 木場田は難しい顔で考えた。

「ケイさんを助ける手伝いはしよう。しかし、村民会議となると……、年寄りたちはまず村長の側に付く。それに、公安の動きを考えるとそんな悠長な余裕はないかも知れん」

「公安は、どうなってるんだ?」

 黒木は末木に視線を送りながら木場田に訊いた。

「3人、山の中に潜んでいるのを捕捉しているが、銃器で武装し、紅倉を殺りたくてうずうずしている。こちらに紅倉を殺る意志がないと踏めば、実力行使に出るぞ?」

「銃か…。いざとなれば隠密行動もへったくれもなしか。こっちの立場を見越して舐めてやがるな」

 と言いつつ、黒木は末木に発言を促した。末木はいくらか得意げな侮りを浮かべて言った。

「村に潜入した公安は4人だ。名前も顔も分からないが、人数は確かだ」

 木場田は本当に驚いた顔をした。

「そうか……。あと一人いるのか………」

 不安そうに脂汗を浮かべた。自警団は「神の肉」を食って超能力を得ている。その能力で村内及び周辺を走査して絶対の自信を持っていたのだ。

「なんとしても見つけださなくてはな。……まさかと思うが、あっちにも能力者がいるのか?」

 末木が答える。

「どんな化け物がいてもおかしくありませんぜ? 今回作戦行動しているのは公安0(ゼロ)課だ。公安の中の公安、官房長直属の秘密作戦部隊だ。部隊の全容は不明。当然メンバーの素性を示すあらゆるデータも無しだ」

「官房長直属か……。すると、今の内閣の直接作戦と見ていいわけか?」

 木場田はテレビに映った官房長の食えない渋面を思い浮かべた。一見常識家に見えて、かなり我の強い野心家で、頑固者だ。身内の与党議員にも反発を覚える者が少なくないようだが、そんなもの物ともしない。はたして作戦が内閣の総意、または総理の意志であるのか、疑問の持たれる所であるが。

「青二才の学生気分の抜けないボンボンたちだと思っていたが、現実の困難さを前にあっさり変節したか。情けない」

 テレビから伝わるうんざりしたようなやる気のなさを見れば、もはや睨みの利く実力者の言いなりか。

「まあ、いずれにしてもだ。国とどう交渉するにしても村の意志を一本にまとめなければならない。だが、若い者と年寄りで、確実に割れるぞ?」

 黒木は眉をひそめて不思議そうに木場田を見つめた。

「木場田さん。あんたや……、青年団の連中は……、今の村のあり方をどう思っているんだ?」

 黒木は木場田の思いがけず村の行政に不満のありそうな口振りに意外な思いがした。自分たちとしては単純に行政の長である村長に不信と不満を持っていただけで、自分たち以外の村人は皆一様に同じ連帯感を持っていると思っていたのだが、どうも世代間に意識の違いがあるらしい。

 木場田はちょっと先走りすぎたかと拙い顔をしたが、あきらめたようにさっぱりした表情で言った。

「簡単なことさ。若くてエネルギーのある連中は外へ出ていきたくてうずうずしている。村の因習に縛られることにはいい加減辟易している」

 驚く顔の三人を見て、木場田の方が暗い影のある笑い方をした。

「外で暴れ回っている君らには村の閉塞感は分からないだろうなあ……。

 君たちはどうなのかな? ……ケイの仲間だものなあ……。

 君たちを敵に回すのは拙いんだが…、我々はもう、


   『神』から解放されたい、


 と思っているんだよ」

 黒木の頬にカアッと赤い怒りが立ち上り、木場田はほら言わんことじゃないという顔をした。黒木が何か言う前に素早く言った。

「もういいじゃないか。どうして我々がいつまでもこんな『義務』を負い続けなければならないんだ?

 もう、君らだって、ケイだって、いいじゃないか?


   国が『神』を欲しがるなら、くれてやればいい」


 木場田の思いきった物言いに黒木は目を丸くして、しばし言葉を失った。ようやく。

「………木場田さん、あんた、そこまで考えていたのか?……」

 木場田は照れくさそうに笑った。

「君が仲間を思うのと同じだよ。俺は青年団の仲間のことを考えているだけさ。もう異常な正義の味方を返上して、普通の人間として自分たちの幸せを追い求めたっていいじゃないか? 年寄りたちは反対するのかも知れないが、誰かが、どこかで思い切らなければ、俺たちの次の世代にまた同じ『犠牲』を払わせることになるんだぞ? もう…、やめにしようぜ?」

 木場田は子どもの頃の同級生を見る目で黒木を見つめた。黒木はその視線を受け止め、両隣の仲間の目を見た。

「俺は……、やはりおまえらやミズキやケイが大切だ。神とその力は、この際木場田さんたちに任せても……いいんじゃないか?………」

 斎木と末木は顔を見合わせ、黒木にうなずいた。

「俺たちはクロさんに従いますよ。ミズキも異存無いだろうし……、問題は、ケイだなあ…………」

 黒木はうなずき、さわやかな顔で言った。

「ケイは、ミズキに説得させるさ。あいつに説得されればケイだって…。なあ?」

「ええ!」

 斎木は大口開けてエヘエヘ笑い、末木も

「フッ」

 とニヒルを気取りながら嬉しそうな顔をした。黒木もニッと笑い、

「木場田さん」

 姿勢を正してまっすぐ向き合った。

「俺たちはあんたに従う。だから、ケイのことは助けてやってください。お願いします」

 黒木が頭を下げ、斎木と末木も正座をして頭を下げた。木場田も正座してぐっと頭を下げた。

「ご協力させていただきます。……顔を上げてくれよ」

 黒木たちが顔を上げると、木場田はニコニコと…、自信にあふれた顔をしていた。

「ケイさんを取り返したら、村長、助役を拘禁し、村は我々が主導する。

 公安を排除し、村がどうあるべきか、政府にオープンな話し合いを要請する」

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