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56,決死の頼み

 ミズキは頭の中がぐるぐる回って止まらないように辛そうに呻きながら体を反転させた。その気持ちは芙蓉にはよく分かる。ミズキもひどいが、犬のジョンも、かろうじて四肢を踏ん張っているが、主人?同様目を回してうつろな瞳でぼうっとする表情を首をブルッと震わせて必死に奮い立たせている。ミズキはジョンの引き紐を握り、ランタン型のランプを持っていたが、ランプはきっと途中で斜め地獄から逃れるために消したのだろう。しかし視覚のトリックが消えても坑内に充満して吹き上がってくる腐った毒の霊気にはどんなに霊感のない人間でも体調を著しく損ない、動けなくなってしまうだろう。

 そういう意味で普通人のミズキがよくここまで来られたものだと芙蓉は感心した。

 しかし何をしに来たのだろうと考えると、呆れ返ってしまった。

「あなたいったい何しに来たの?」

 ミズキは起きあがれないで気持ち悪くてしょうがないように体をのたくらせている。

 芙蓉は仕方なく歩いていくと、ミズキの腕を取って癒しの気を送ってやった。ミズキが大きく呼吸して、まともに目を開けた。

「何か……、したのか?……」

「まあね。治療費、高く付くわよ?」

 ミズキは呻きながら起き上がり、あぐらをかいて息を整えた。芙蓉はジョンにも気を送ってやろうとしたが、ジョンは焦点の合わない目で警戒して唸り声を上げた。

「ジョン。静かにしろ。ケイのためだ」

 ミズキが叱るとジョンは唸るのをやめ、芙蓉が頭に手を当て気を送ってやると落ち着いたようで、濡れそぼった毒気を払いのけるように毛皮を震わせてしっかりした姿勢になった。逆に芙蓉は一歩下がり、警戒を露わにした。

「で? 何をしに来たわけ?」

「あんたに頼み事に来た。……出来れば紅倉に直接頼みたかったんだが。

 ケイが神の中に入って、紅倉を殺そうとしている」

「で? あんたたちはその支援にわたしを殺しに来たわけ?」

 芙蓉は一応身構えるそぶりをしたが、ミズキは苦笑して首を振った。

「違う。それならこんな醜態は晒さない」

「でしょうね。

 神の中に入る、って、どういう意味?」

「そのままの意味さ。この穴の奥に神が棲んでいる。ケイは穴の中に下りて、神と合体する、……んだそうだ。俺たちは部門が違うんでね、詳しくは教えられていない」

 芙蓉はチラッと背後の穴の奥を気にしながら、訊いた。

「神というのは、実体のある物なの?」

「ああ」

 ミズキは、……ケイが今どういう状態なのか考え、暗いすさんだ目で言った。

「神は、不死の存在、なんだそうだ。この村が出来た時から、ずうっと、生き続けているんだそうだ。それはおとぎ話や迷信ではなく、本当に、いらっしゃるんだそうだ。俺は見たことはないが、神に仕える巫女たちや神職は実際にその姿を見ているし、『神の肉』なら俺も見た」

「神の肉って?」

「これもそのままさ。その生き神様の体の一部をちょうだいした物だそうだ」

「それをどうするの? ご神体として社に奉ってあるわけ?」

「もっと生々しい使い方をする。それを食うと神の力を授かるんだ。しばらくの間ちょっとした超能力が使えるようになるのさ」

「あなた……食べたの?」

「いや」

 ミズキは悪趣味さに顔をしかめて言った。

「村を守る自警団の連中だ。たぶん、今回公安を警戒するために食っているだろう。

 ……そこで頼みだ。ケイは公安に殺しの証拠をネタに紅倉を殺すように命令されているんだ。だがケイは紅倉に心酔している。ケイに紅倉は殺せない。だが、いったん神の力に取り込まれたら、それでは済まないだろう。巫女たちを束ねる鬼木の婆も許さないだろう」

「鬼木の婆?」

「村長の家に出入りしている妖怪みたいな婆さんさ」

「ああ、あれ」

 と芙蓉は合点した。

「だから頼む。紅倉に、ケイを助けてくれるよう伝えてくれ。頼む・・・。あんたなら、紅倉に心が通じるんだろう?」

「心が通じる、っていうのはなかなか甘美でいいけれど…。残念ながら今は心が通じていないの。ご期待に添えなくてごめんなさいね」

「駄目なのか? なんとかならないのか?」

 必死な思いで苦渋を滲ませるミズキに、

「ほら」

 と、芙蓉は穴の奥へ懐中電灯を向けて見せた。あの鉄格子からだいぶ離れているが、じわじわと赤い霧が広がって、奥は霞んで見えなくなっている。赤い霧を見たミズキは、気持ち悪さがぶり返して胸と口を押さえた。

「わたしでもここから先はとうてい進めないわ。先生がわたしを守るために自分で精神のリンクを切ったのよ。わたしからの呼びかけは…、とうていあの壁を突破できないわね」

「そうなのか………」

 ミズキはここまで危険を押してやってきたのが徒労に終わってがっくりした。

「……紅倉は、先へ進んだのか? 『門番』がいるそうだが?………」

「先生が始末したわ」

「やっつけたのか? ケイでもあれには絶対近づきたくないって言ってたが?」

「霊に対しては先生は無敵よ」

 と言いながら、芙蓉は紅倉のダメージを心配していた。しかしミズキはそのまま信じ、ケイのためにため息をついた。

「あまり認めたくはないが、紅倉っていうのは本当にすごいんだな……。ケイは…………………」

 ミズキは大切な人の運命を思って深く落ち込んだ。その様子を見て芙蓉は言ってやった。

「先生もケイさんには好意的だったわ。ケイさんに先生を殺せないという気持ちがあるなら、先生には分かるわよ」

 ミズキは希望に瞳を輝かせて芙蓉を見上げた。

「ケイを、助けてくれるだろうか?」

「わたしにはケイさんがどういう状態なのか分からないけれど、先生は彼女の味方をすると思うわ」

「そうかぁ………。よかった……………」

 ミズキはすっかり安心したように思わず笑みをこぼし、芙蓉は本当に坊やだことと内心微笑ましく思った。

「ここまで完全な無駄足だったわね?」

「まあな」

 ミズキは苦笑し、それでも明るい表情を見せた。

「それでも、俺には来た価値があったよ。ありがとう」

「お礼は後で先生に言うのね」

 芙蓉は、さすがの先生も「神」相手にそこまでの余裕を持てるだろうかと思ったが、ミズキにはないしょにした。それより。

「ねえ。じゃあ穴の奥は、別の所から入れる場所があるのね?」

「ああ。……村長の家の裏に鬼木の婆の家がある。そこから地下へ下りられるはずだ」

 芙蓉は考え。

「じゃあ、わたしたちもそこへ行きましょう。こっちからではとても先生の所へ行けないわ。そっちの方から…、神、にアクセスできれば先生にわたしのテレパシーを送ることが出来るかも知れない」

「よし」

 ミズキは踏ん張って立ち上がった。

「仲間がケイ救出のために既に向かっているはずだ。巫女たちを制圧するのは造作ないだろう。さっそく向かおう。ジョン、頼む。…芙蓉さん、灯りはない方がいい」

 ミズキはジョンの引き紐をしっかり握り、いても立ってもいられないように出口の方を向いた。

「芙蓉さん」

「ええ」

 芙蓉はもう一度赤く煙る奥を見て、出口を向くと、懐中電灯を切った。大人しく黙って見ていた姫倉美紅がとなりで芙蓉の腰を触った。ミズキはまったく気づいていなかった。彼は霊感はまったくないのだろう。ジョンが最初芙蓉を警戒したのは美紅の存在を感じてだったかも知れない。先生によると犬は霊感があるそうだから(だから自分はいつも犬に吠えられるのだと恨めしそうにこぼしていた)。

『先生。これから、迎えに行きますからね』

「そっちのペースでどうぞ。ちゃんと付いて行くから」

 再び真っ暗闇の中、芙蓉たちは外の光求めて歩き出した。

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