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55,幻との対話

 芙蓉は懐中電灯のスイッチを入れると光線を奥へ向けた。

 黄色い光を受けて真っ赤な霧が汚らしく浮き上がった。ゆっくりと対流する濃い色つきの空気の奥を見通すことは出来ない。

 芙蓉はため息をつきスイッチを切った。どれくらいここで先生を待たなければならないか分からないし、電池がどれくらい保つのか分からない。芙蓉はがっくりとうなだれ、疲れ切っている。板から外れた岩場にお尻をつき、腰を岩壁に付けている。ムカムカはずっと続いているが、我慢できる程度だ。頭痛もだいぶ収まった。空気は汚れているが、軽くなった気がする。先生があの門番を倒したのだろう。その先生がどうしているのか芙蓉には感じることが出来ない。門番がいなくなったのなら追っていきたいが、あの赤い霧はまだ毒素をたっぷり含んでいるだろう。収まってくれればいいが……、まだ10年くらいこのまま漂っていそうな気がする。

 穴に入ったのが12時半頃、さっき見た腕時計は2時を少し回ったところだった。先生が先に行ってからどれくらいなのか、時計を見ている余裕なんか無くて分からない。

 芙蓉は鼻から息を吐き、疲れ切った顔を上げ、隣を見た。


 白い服の少女が芙蓉と同じかっこうで座っている。


 芙蓉の見ている幻……と芙蓉は思ってる少女は、全身がぼんやり光って暗闇に浮き上がって見えている。こうして見ると幽霊っぽい。でも思い切り芙蓉好みのかわいい顔をして、こちらを見て微笑んで、全然気味悪く思わない。

「あなた、誰?」

 芙蓉がお人形で一人遊びするみたいに訊くと、少女は答えた。


「わたし、ヒメクラ ミク。紅倉美姫の守護霊よ」


 芙蓉は驚いてまじまじと、ヒメクラ ミクの顔を見た。

「紅倉先生の守護霊さま?」

「そうよ、美貴ちゃん。ちなみに、ヒメクラ ミク、は紅倉美姫の漢字の並べ替えよ」

 姫倉 美紅、だ。

「本当に先生の守護霊なの?」

 単なる言葉遊びみたいな名前に怪しんで訊くと、

「本当よお〜?」

 と先生がやりそうなふざけた返事の仕方をして、芙蓉は笑ってしまった。姫倉美紅は先生より純和風で、子どもで、それだから真っ白な髪と眉がかえって異様だ。神がかっていると見えなくもない。

 芙蓉はまだ信じていない。

「紅倉先生の守護霊さまなら、どうしてこんな所にいるの? 先生は今たいへんなのよ? こんな所にいちゃ駄目じゃない?」

 相手が子どもの姿なのでつい話しかける口調も甘いものになる。美紅はちょっと深刻な顔で答えた。

「だからよ。かなり危険なことになる予感があったから、わたしは紅倉を離れてあなたについていることにしたの。万が一の時の、保険としてね」

 それが本当ならと、芙蓉も青ざめた深刻な顔になって訊いた。

「守護霊のあなたが離れてしまったら、先生が危ないじゃない?」

 美紅はそれは大丈夫と首を振った。

「紅倉には他にも強力な守護霊が何人も憑いているから平気。わたしは紅倉の守護霊の中では弱い方だから」

「ふうーん、さすが先生。守護霊ってふつう一人じゃないの?」

「代表的な人格はね。でもグループでいるのが一般的よ? その人の成長に合わせてけっこう入れ替わるものだしね」

「ふうーん…。ね?わたしの守護霊は?分かる?」

「ノーコメント。紅倉に口止めされてるから」

「あっそ。……先生に内緒で?」

「ダーメ」

「あっそ。…ケチ」

 美紅は可笑しそうにクスクス笑った。子どもらしい自然さで、守護霊とはいえ幽霊の一種とこうして会話していることに芙蓉は不思議さを感じた。その疑問を敏感に感じ取って美紅が大人びた賢い顔で言った。

「紅倉に習って勉強しているでしょ? わたしもこうして話しているのはあなたの頭脳をシェアしてもらってよ。…ここでは霊媒物質の力もあるかな? 普段は紅倉の頭脳をシェアしているわけ」

「なるほど。やっぱりあなた自体はあんまり頭良くないんだ?」

「こらこら、呪っちゃうわよ〜〜?」

「冗談よ。先生の守護霊なら頭をハッキングされても光栄よ。じゃあ……、守護霊自体は霊的なパワーはそれほど大きくないの?」

「霊体は憑いている人の霊体に同化させているわ。その場合何人の守護霊を持つことが出来るかはその人の霊的な体力によるわね。紅倉の場合肉体はふにゃふにゃだけど、霊的な体力は桁違いに大きいわ。美貴ちゃんもかなりスタミナある方だけどね。その他、霊体はあの世にあってテレパシーで結びついているっていうパターンもあるわね」

「なるほど。勉強になるわ。

 ……どうして先生にあなたの姿が見えなかったの?」

「それは……」

 美紅はちょっと考えて答えた。

「わたしと紅倉は霊的に同じ物だから、例えば…、鏡で自分の姿を見ているようなものよ。鏡に映った自分の姿を、別の誰かとは思わないでしょ? ま、そういうことよ」

 と、余りよく分からない例えだが、この美紅が中身も紅倉先生とそっくりだというのは話し方からしてよおく分かる。芙蓉は美紅の話を頭の中で整理して、まじめな顔で確認した。

「先生の万が一の時の保険にあなたをわたしに付けたというのは、あなたの判断なの? それとも先生の?」

「紅倉の無意識の意識ね。考えたくもない最悪の場合に備えて、でしょうね」

「最悪の場合って?」

「紅倉が死ぬ時よ」

「そんなことはさせない、絶対に」

「そうね。それは困るのよ。紅倉に、こんなことされてもらっちゃ」

 と、

 美紅は心配するというより、ひどく迷惑そうな、冷たい目で赤い霧が漂っている穴の奥を見た。

 その顔は非情で、悪霊怨霊に対峙するときの紅倉の横顔によく似ていた。

 芙蓉の疑惑の視線に気づき、美紅は気まずそうに取り繕った笑顔になって言った。

「だから、その時は、美貴ちゃん、紅倉をよろしくね?」

「ええ。あなたも、よろしく頼むわね?」

「はい。……まったく…、紅倉美姫というのはやっかいな人間だわ……」

 美紅がどういうつもりでそう言ったのか知らないが、

「同感だわ」

 芙蓉が同意し、二人は顔を見合わせて笑った。

「……先生は、今はまだ大丈夫なのね?」

「大丈夫、……のはずよ? 本当に危ないときははっきり分かるはずだから」

「もどかしいわね」

「まったくね」

 二人は黙って、暗闇の中、不穏の漂う奥をなんとはなしに眺めていた。

 と、

 美紅がスッと反対の方を向いた。

「誰か、来た」

 芙蓉もじっと緊張し、耳をすました。どたどたともつれる足音が響いてきて、大きく規則性を外しながら、速いスピードで近づいてきた。

 空間を直接音が聞こえてきて、

「誰!?」

 芙蓉は懐中電灯をつけた。

 ガタンッ・・・、と派手に音を響かせて、ミズキが足場に仰向けに転がり、呻きながら体を回転させた。

 ミズキと、大きすぎるラブラドールリトリバー、ジョンだった。

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