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54,幽霊殺し

≪!!警告!!≫※極めて残酷な描写があります。お気をつけください。



「はい、これ。わたしはいらないから」

 紅倉は芙蓉に懐中電灯を渡した。

「門番って言うんだから、門はあの更に奥にあるんでしょうねえ?」

 のんきに首をかしげる紅倉に、心配でならない芙蓉は訊いた。

「本当に、あの化け物をどうするつもりですか?」

 あれは毒その物だ、と芙蓉は思う。例えるならば、

 エボラ出血熱を患った幽霊のような物だ。

 全身を真っ赤に染め上げる出血の飛沫に触れるだけで霊体を犯され……、あれだけはっきり実体を現しているのだから肉体も直接害を受けるだろう。

 あれは存在そのものが毒で、危険なのだ。

「今回わたしは大丈夫。なんと言っても天神様にたっぷりお賽銭を上げて拝んできたから。

 ジャジャーン、秘密兵器」

 と、紅倉が黒のダッフルコートの内から取り出したのは天満宮で買った破魔矢だった。芙蓉は呆れた。

「さっきあれだけ神様を分かり易い俗物におとしめて、よくもまあぬけぬけと」

「別に俗物におとしめてなんかいないわよお〜」

 芙蓉はちょっと笑えた。

「準備の良いことで。……それ、役に立つんですか?」

「もちろん立つわよお? 高かったんだから」

 破魔矢は鈴と絵馬は外されていた。棒に赤と金の帯が巻かれ、矢羽は白でお尻が赤く染められている。やじりは神頭(じんとう)という、流鏑馬(やぶさめ)に使われる紡錘形の物が付けられている。もちろん飾り物だから、矢としての殺傷力など無い。芙蓉は大いに不安を持って訊いた。

「それでどうするんです?」

 紅倉はグッと矢を逆手に持って、凶悪な笑いを浮かべた。

「ぶっ刺して、ぶっ殺してやるのよ」

 おふざけをやめてまじめな顔で言った。

「あれだけはっきりした実体を持って、人間でいたがっているんだから、もう一度ちゃんと殺して、普通の幽霊にしてやるのよ」

 芙蓉に注意した。

「ここは危なくなるから、どうしてもわたしを待っている気なら、うんと離れていてね?」

「もちろん、待っていますよ」

 困った子ね、と笑って、

「行って来ます」

 紅倉は奥へ歩き出した。



 つま先の入るか入らないかのミニチュア版の鳥居から1メートル置きに、8段階で2メートルちょっと高くなっている天井までの鳥居へ段々大きくなっていくが、4番目、5番目は外へよけて通る余裕が狭まり、6番目はくぐる幅が狭く、懐中電灯を当てている芙蓉は紅倉が触れてしまうのではないかとはらはらした。真っ黒な鳥居は見るからに毒々しく、べったり濃いタールが染み出しているようだ。紅倉は、普段はあれほど物につまずいたりぶつかったりしているくせに、こういうところでは器用に危険物をすり抜ける。

 鉄格子に迫る紅倉に、

「あああ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 と赤い女が反応し、檻の中のチンパンジーのように体を前後に揺すった。離れて見守りながら芙蓉は瞳に膜の張るような粘着質の刺激に目を瞬かせ涙をにじませた。

「美貴ちゃん、下がって」

 紅倉の鋭い声に芙蓉は大人しく2メートル、3メートル、退いた。

 紅倉は最後の鳥居をくぐると柱から鍵を取ったが、それはぼろぼろで、とてももはや錠前を回す強度を保てるとは思えなかった。しかしそんな心配をする必要もなく、鉄格子の扉自体、錆が松の樹皮のように浮き本体は痩せ細り、ギイとこちらに引くとバラバラバラと大量の赤錆を振り落として開いた。この様子では少なくともここ数年間この扉の開いた様子はない。つまり、安藤哲郎はほぼ確実にこの奥にはいない。

 それでも紅倉は扉を越えた。

 ねっとりした空気が肌に塗りたくられた。紅倉の白い肌にぶつぶつと水膨れが膨れ上がり、弾けてピンクの汁を垂らした。紅倉がゾッとした顔をした。

「これはちょっと……、痛いじゃないの……」

 神経の鈍い紅倉はちょっとした打ち身では怪我をしたのも気づかないほど痛みを感じにくい。その紅倉が痛そうに顔を歪めた。紅倉は肉体の神経が鈍い分、霊体の神経は人の百倍くらい鋭いのだ。しかもこれは肉体も霊体も両方の毒素をたっぷり持っていた。

 ガシャン、と鎖を鳴らして赤い巫女が体を前に飛び出させた。

「あああ〜〜〜〜っ」

 腕を伸ばしきり、首に筋を立ててあごを突き出し、……温かい肉体を持つ紅倉を仲間と思っているのか、敵と思っているのか、いずれにしろこいつに触れられたら結果はいっしょだろう。

「あああああ〜〜っ」

 赤い女は口を大きく開けて鼻のひん曲がる血なまぐさい息を吐き出した。


 芙蓉は突然気道に血の膿が溢れ出したようなゾッとする気持ち悪さを感じ、瞬間的に総毛立ち、体温が一気に5度くらい下がり、堪らず胃の中の物を吐き出した。頭の中が大地震のまっただ中にいるようにグラングランと揺れ、また大きく転がりながら堪らず逃げた。床板に手を付いたが、バランスを崩して肩をしたたかに打って倒れ、ズキンとした痛みにようやく我を取り戻した。

 耐えられない吐き気がこみ上げる直前、両手の指の付け根に針を何百本も一気に突き刺されたような激痛に驚き手を跳ね上げさせた。その後に襲ってきた吐き気に、先生のダメージの大きさを感じたように思ったが、違う。芙蓉が感じたのはあの場の不快感だ。それまで両手の指輪でリンクして先生に守られていたのが、針の突き刺す痛みに驚いて芙蓉が自分からリンクを切ったのか……、いや…、違う……、先生がリンクを切ったのだ。自分とリンクしていたら自分のダメージを芙蓉に与えることになると考え、意図的に切断したのだ。

 芙蓉は自分が取り返しのつかない失敗をしてしまった気がしてゾッとした。『先生!』と叫ぼうとしたが、口を開くとむうっと血なまぐさい腐った空気がなだれ込んできて、むしろ転げるようにまたその場から逃げた。胃のひっくり返るような思いに涙が溢れた。凄まじい耳鳴りがして頭が割れるように痛い。

 泥酔者のように無様に転げながら、芙蓉は紅倉を永遠に失ってしまう予感に声も上げられずに泣き続けた。





「死ねえっ!」

 紅倉は右手を振りかぶり、女の首の付け根に破魔矢を突き立てた。

「ぎゃあああああああああああっ」

 何百年と、思いがけない痛みに女は悲鳴を上げ、わめきながら顔を振り立て、体を揺すって暴れた。全身からごおっと赤黒いオーラが噴きだし紅倉に当たった。ズボッと矢を引き抜くとビュウッと血が噴き出し、紅倉を濡らした。幽霊の血をかぶった紅倉は、

「うわああああっ」

 と鬼の形相で叫び、グサッ、グサッ、と女に矢を突き立て続けた。生者の肉体には凶器になり得ないおもちゃの矢は、幽霊の肉体にはちょうどよくぶっ刺さった。

「うわああっ、死ねええええっ!!!!」

 突き立てた矢をビッと横に引き、血管を引き破り、ブシャアッ、と大量の血を噴き出させた。

「ぎゃあああああっ」

 耳の痛くなる悲鳴を上げ、ビクビク痙攣し、女は腕を伸ばしてぐったり鎖にぶら下がった。…と、すぐに顔を上げ、

「ああああああ〜〜〜〜〜〜っ」

 とわめき、紅倉を凄まじく恨んで睨んだ。

 紅倉は逆手に持った矢を横から女の首に突き刺し、グリグリねじ込み、

「死ぃぃねえええええっっっ」

 グシャッ、グシャッ、と握り拳の下に血を叩きながら矢を突き刺し続けた。

「うぎゃああっ、ぎゃああああっ」

 狂ったように悲鳴を上げて狂ったように躍り上がり、女はだらんとぶら下がって静かになった。…と、またすぐに顔を上げて「ああああ〜〜」とわめき出す。

「死ねっ!死ねっ!死ねっ!」

 紅倉は矢を突き立て続け、すっかり狂気に取り憑かれている。

「気合いだ!気合いだ!気合いだあっ! 人を殺すのは、気合いだあっ!!!」

 グサッ、グサッ、と凶器を突き刺しながら、その血塗れた顔に鬼女の笑いを浮かべている。

 辺りに充満する血の霧に、黒い渦がいくつか巻き、紅倉に取り憑いてきた。

「やかましいっ!!」

 紅倉は全身から真っ赤な、炎のオーラを吹き出した。黒い渦は炎に焼かれ、人の顔となり、

「ぎゃあああっ」「ぎゃあああっ」

 と恐ろしい悲鳴を上げて、苦痛に歪み、わずかの炭の粉を残して消えていった。

「うおおおっ、うわああああっっ」

 破魔矢を振るう紅倉の、同じ人間を何度も何度も殺し続ける殺戮は続く。断末魔の悲鳴を上げて息絶え、再び再生して身のすくむわめき声を上げるのは、同じ女の姿に何重にも重なった何十人、ひょっとしたら何百人の巫女たちの幽霊なのだ。紅倉はそれを一人ずつ「人間として」殺し続け、幽霊となって紅倉に祟ろうとする死霊を炎のオーラで焼き消しているのだ。

「死ねっ、死ねっ、」

 矢を突き刺し続ける紅倉は、腕がすっかり疲れて動きが鈍くなってきた。

「うあああああ〜」

 首から矢を引き抜こうとする腕に、女が大口開けて噛みついた。骨まで染みて駆け広がる黒い毒に、

「イイイイイイっ、」

 紅倉も歯を食いしばって脂汗を噴き出させた。女の乱杭歯が衣服を突き抜け肌に食い込み、肉を噛み潰そうとし、べたあっとした唾液が肌を濡らすのを紅倉は不快に感じた。ブルブル震える腕をぎゅううっと力を込めて拳を握りしめ、

「めんどくさいっ、みんなまとめて、皆殺しだっ!!!」

 全身から炎を噴き出させ、周囲の空間皆炎に巻き込んだ。ぐおおおっと渦を巻いた炎が通路の四隅を満たして前後に爆発的に突っ走り、その中で

「ぎゃああああっ」

「うぎゃあああっ」

「ひいいいいいっ」

「ひいいいいいっ」

「わああぎゃああああっ」

 何十という凄まじい悲鳴が叫ばれ、

「うわああっ、死ねえっ、死ねえっ!」

 紅倉は真っ赤な影となって矢を振るい続け、ずたぼろに崩れた女の肉体を引っかき回し、ぐさぐさに切り裂き、これでもか、これでもか、と突き刺し続けた。噴き出す炎は何十という女の幽霊たちを凄まじい苦悶の絶叫を上げさせながら焼き消していく。

 紅倉は自身、己が誰なのか、その素性を知らない。その強すぎる霊能力ゆえ自分というものを失っていた時期があるらしい。もう2年前になるか、九州の怨霊巣くう廃病院でもこうして霊たちを焼き殺したことがある。紅倉が最大限攻撃的に霊波を使うときこのように炎の形を取るのは、自分自身その廃病院で「わたしは焼け死んだ!」とはっきり言っているから、そこからどのようにかして甦り、その際にこの人の尋常ではない強力な霊能力を得たのかも知れない。

 炎が真っ赤に燃え上がり、内包する物の形をすっかり消し去り、ごおごおと言う物凄い音が声も何も消し去り、

 ごおごおと燃えるだけ燃えた炎は、もはや燃やす物は何もないと、わっと消え、天井に巻き上がった最後の火花を一瞬で弾かせ、真っ暗になった。

 すっかり静かになり、何もかも焼き尽くしたと思われる空間に、天井からぼろぼろになり途中で引きちぎれた鎖がぶら下がり、足元にうずくまった影が、ごそりと動いた。

 影は立ち上がると、疲れ切り足を引きずるようにして、奥へ、歩き出した。

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