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52,赤い門番

 それはそこに、居る、としか芙蓉の目に見えなかった。



「あああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」



 心をグサグサに掻きむしられる声に足がすくんで腰が抜けそうになる。

「あれは……、幽霊のはずですよねえ?」

 思わず紅倉に訊いた。

 10メートルくらい向こうに鉄格子がはまり、その1メートル、2メートルほど向こうに、天井の両端から下がった鎖に両手を吊されて、それはぶら下がっている。

「あああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 と聞かされるこちらが身をよじりたくなる声を上げてぶらぶら揺すっている体に、大型懐中電灯の黄色い光線を受けた鉄格子がはっきりと影を映している。

 黄色い光の中で、それは真っ赤な姿をしていた。

「ねえ先生」

 と芙蓉は怖くてならず、紅倉に問い直した。悪い霊気にすっかり精神をやられておかしくなってしまった安藤哲郎……では明らかにない。女だ。


 何者なのだろう?


「あれは巫女ね」

 紅倉がいつもの口調で言った。それで芙蓉は少しだけ自分を取り戻した。

「幽霊ですよねえ?」

 紅倉は振り返り、ちょっぴり可笑しそうに芙蓉を笑った。

「そんなにはっきり見える?」

「はい」

「うん…。ここの空気は霊媒物質の濃度が異様に高いのね。スコールの起こる直前の熱帯雨林並みね。それに、あの霊自体、凄まじい怨念をかかえて、自己主張が強いのね」


「あああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 芙蓉はビクッと震え、思わず耳を塞ごうとした。両手を爪が食い込むくらいぎゅうっと握りしめ、勇気を振り絞って赤い幽霊を見た。全部真っ赤で分かりづらいが、着物と袴を来て、確かに巫女の装束のようだ。

「一人じゃないのね」

 紅倉が説明する。

「何人もの巫女たちが重なり合ってあの姿を作っているわ。古い霊ね。ここ十数年の物ではないわ。

 何十年どころか、何百年の年代物ね。生きていた頃の記憶は……、幽霊になる以前に壊れちゃっていたみたいね。

 鉄格子と、鎖と、鍵、」

 紅倉が懐中電灯の光を動かして指し示す。紅倉自身ここではよおく目が見えるらしい。

 赤錆びてぼろぼろになった鉄格子と、天井と床につながったやはり赤錆びてちぎれそうな鎖、鉄格子の手前の柱に鉄格子の錠前を外す鍵がぶら下げられている。

「ああ、そうか」

 紅倉が気づいたように言う。

「元々は本当の人の死体がぶら下げられていたのね。巫女たちの幽鬼がここから外にさまよい出ないように、呪詛を掛けたのね。体を与えて縛り付けたのよ。この」

 と、向こうから手前に順々に小さくなってくる鳥居を指して。

「鳥居もそうね。鳥居は神様のテリトリーへの門というか玄関みたいなものだから、段々狭くしていって、ここからは出られませんよ、と教えているのね。

 鎖、鉄格子、鍵。実態のないも同然の幽霊にそんなもの、本来意味は為さないんだけど、あれによって縛られている、と思い込ませて、かろうじて人であることを保たせているのね。あの幽霊にしても、やっぱり人でありたいと思っているでしょうから、この呪詛が成り立っているのね」

 芙蓉は哀れに思い、少しだけ余裕ができた。

「巫女と言うからには神に仕えていたのでしょう? どうしてこんな姿になっているんです?」

「神、ねえー………」

 紅倉は皮肉な調子に言い、暗いため息をついた。


「神というのは、元々は尋常ではない強い力を差したものなのよ。

 元々、神に、いいも悪いもないのよ。

 太陽や大地や大河、人間に恵みを与えてくれる物への感謝と畏怖、という人の営みに密接に関わる物へ意味を込める以前に、


 巨木の生い茂る深い森や、

 静かすぎる湖や、

 巨大な岩や、

 霊峰と言われる高い山や、


 経験的に、そこに立ち入るだけで、それに触れるだけで、何か、とてつもない物を感じ、本能的に恐れる、

 そういう物が、本来の神の本質なのよ。


 人知を超えた強い力、

 それは確かに存在するのよ」


 最近「パワースポット」と呼ばれて騒がれているのがそうなのだろう。紅倉はそれこそが原始的な神の姿であり、神の本質であると力説する。


「神は人の霊体なんかがまともに触れることの出来ない強大な霊的パワー。

 それは、本来は自然の霊体が宿した物なんだけど、

 崇徳院も、藤原道真も、平将門も、基本はいっしょよ。

 ……昔の人は今とは比べ物にならないほど魂が濃かったんでしょうねえーー……。

 我を忘れる……人間であることを忘れるほどの、

 激烈な、怒りの感情と共に命を落として、その負のパワーが爆発して、祟り神となったのよ。

 怒りこそ人の力を最も強く引き出す感情だものねえ…。


  神に必要なのは、徳なんかじゃない、力よ!


 人のコントロールできない、激烈な、パワーよ。

 だから神様っていうのは、最初はみーんな災厄の形を取るのよ。荒ぶる神こそ、神の原初的な姿なのよ。

 でも、生きている人間はそれじゃあ大迷惑だから、

 力の入れ物=社を建てて、荒ぶる魂に入ってもらい、神として祭り上げ、力の及ぶ場所を限定してもらうのよ。

 そうして住居を与えられた神が、祝詞(のりと)と言う呪詛によって『あなたはこういうものなのですよ』とキャラクターを与えられ、それに則(のっと)った多くの参拝客に拝まれ、敬(うやま)われることによって自分はそうであるという自覚が生まれ、人々の思いに応えることによって、徳のある


  神様


 になるのよ。

 荒ぶる強大なパワーを『神様』にするのは、人、なのよ」


 では、芙蓉は質問する。

「ここにもそうした『神』がいるんですか?」


 紅倉はうなずく。


「そう……、

 いるのよね、神が……。

 とんでもない神様みたいだけど……。


 神は人に拝まれ敬われて、仁徳ある神様になる。

 神の善悪を決めるのは人なのよ。

 その点ここの神様は……、なんといっても『人を呪い殺す』神様ですからね、本来の荒ぶる神に限りなく近いわけよ。

 しかもここの人たちは、具体的なターゲットを決めて、確実に仕留める、

 そういう殺人マシーンとして神をコントロールしているのよ?

 あの巫女たちの幽霊を見る限り、ここの人たちは何百年も前からそういうことをしてきたようね。

 人を呪い殺すような強大なパワーをコントロールしようとして、それに触れる巫女が、まともでいられるわけないわよね?

 で、やっぱりまともでいられなかった巫女たちのなれの果てが、あれなわけよ」


 「あああ〜」と人とは思えぬ奇声を上げる幽鬼は、いわば神の禁忌に触れた、祟りの形なのだった。

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