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50,敵の敵は

 ミズキが資材調達部部長の仕事場を訪ねると、外遊部隊隊長の黒木がいっしょにいた。

 部長の表の職業は小学校の校長である。


 賢木 双十郎(さかき そうじゅうろう)校長先生、53歳。


 賢木 又一郎(さかき またいちろう)助役、57歳の弟である。


 弟の双十郎氏の方が背が高く、面長で長方形の顔をしているが、表情は兄弟よく似ていかにも温厚そうで世話好きな人の良さが溢れている。

 場所は小学校の校長室であるが、賢木校長先生は祭の役員に名を連ね、草色の半纏を羽織っている。

 ノックをして入室したミズキは、しばらく外の気配を探り、デスクの前にやってくると気ぜわしそうに問うた。

「ケイに紅倉を殺すよう指示が出たそうですが?」

「なにっ!?」

 寝耳に水の黒木も驚き、「部長?」と校長に迫った。

「落ち着きなされ。そう騒がないようにな、助役からも、村長からも、釘をさされたわい。

 そう怒らんと。考えてみい、今村で一番強い力を持っとるんは誰じゃ? ケイじゃ。どうでも紅倉を倒さねばならんことになったら、一番強いケイを頼むんは、当然だろうが?」

 うん?と困った渋面で問われ、黒木は

「しかし……」

 と、後の言葉を口ごもった。黒木は頼みの部長に対し村長に先手を打たれてしまった。部長は仕方ないといった調子で続けた。

「そもそも原因を作ったのはケイだ。自分で始末を付けるのも、当然と言えば当然じゃろう?」

 ミズキが黒木に顔で問うた。黒木はやるせない渋面で教えてやった。

「ケイがちんぴらにとどめを刺しているところを監視カメラに撮られてしまったんだ」

 ミズキも青くなって、しかし黒木と部長に訴えた。

「それはケイの責任じゃないです! 監視カメラなんて、俺たちが気を付けてなければならないことじゃないですか? 気を付けていたのに、いったいどこでしくじったんだ?」

「近くのカメラじゃない。遠くの、たまたま運悪くこちらを向いていたデジタルカメラに撮られていたんだ。コンピューターで解析して得られる情報だ、現場ではカバーしきれない。そういう時代なんだということだ」

「でも、ケイのせいじゃない!」

 ミズキは懸命に二人を説得しようとした。

「ケイは紅倉に親しみを感じています! ケイが唯一心を許せる相手なんです! だが紅倉は、そんな甘い相手じゃない!! ケイは、紅倉には勝てません!!」

「そのために」

 部長はまた詰め寄られるのを分かっていて嫌な顔で言った。

「麻里たち巫女衆がサポートに付く」

「ケイは麻里が大っ嫌いなんです!!」

 部長は顔をよけ、そーらと眉を曲げた。

「とにかく……。今頃もうケイは神につながっておるんじゃないか? もう手遅れだよ。あっちのことは、わしらじゃ手出しでけん。そうじゃろ?」

「そうですね」

 苦虫をかみつぶしたような顔ながら素直に同意した黒木にミズキは驚きと非難の目を向けた。黒木はむかつきを我慢するように静かな視線をミズキに向け言った。

「神の中に入ってしまったら、俺たちにはどうすることもできん。そんなことは分かっているだろう?」

「はい………」

 事実そうなのであろうが、常にケイに寄り添い、若いミズキにはそれはとうてい承伏できることではなかった。

「しかし部長」

 と、黒木は部隊のリーダーとして部長に毅然と宣言した。

「俺たちは今回の一件、とうてい納得できません。俺たちにも責めは当然だが、村長のやり方も拙いんじゃないですか? ケイが戻ったら、俺たちとして、きっちりけじめは付けさせてもらいますよ?」

 黒木は怒りをたたえた目でまっすぐ射抜くように部長を見つめ、

「行くぞ」

 とミズキに声を掛け、さっと出口を向いて歩み去った。ミズキも思いきり不満そうな顔で部長に礼をし、黒木を追って部屋を出た。

 ドアの向こうへ二人を見送った部長は一仕事終えたように、ほーー…、と息をつき、ギッと椅子を鳴らして表を眺めた。

「可哀相になあ。ケイが生きて戻ることはないよ」



 表に出た黒木は、

「部長ならと期待したが、やはりあの人も単なる自分を良く見せたいだけの日和見(ひよりみ)人間か」

 村に帰ってきたときには何かと気に掛けあれこれしてくれた部長の人情を信じたが、所詮は村長派の助役の弟、親切にしてくれたのは単なる部下の人心掌握の手管だったということか。それをまんまと信じていた自分が腹立たしく、吐き出すようにつぶやいた。自分もケイと一緒に「よそ者」として見捨てられたような惨めな気分だ。鋭くじっと遠くを見るようにして、

「ミズキ」

 と決意を込めて呼んだ。

「ケイを救い出すぞ」

 ミズキはパッと顔を輝かせ、

「ハイッ」

 と元気に返事した。黒木は表情を引き締めて言う。

「だが部長の言うとおりだ。神につながってしまったケイを俺たちが助けることは出来ない。せいぜい『室』に押し入って鬼木の婆と巫女たちを脅しつけることくらいしか出来ない。それに……、俺たちは地下のことは知らん。神職以外の者は立ち入り厳禁だからな。助力がいる。………………。」

 黒木は誰か心当たりがあるように検討し、言った。

「……青年団の、木場田団長を頼ろう……」

 ミズキは、それはどうだろう?と眉を曇らせた。

「木場田団長なら紅倉を案内して『ガス穴』に向かいましたが……。青年団は自警団の母体です。村を危険に晒すようなことに協力は……、どうでしょう?……」

「うん……」

 黒木も考え、いや、と決心した。

「今村を危険に晒しているのは村長のやり方だ。大事な村民を犠牲にして、村を守ったことになるか!! いつも裏に潜んで事を操っているから考え方が陰険になっているのだ。村を守っているのは、表に立って戦っている俺たちだ!」

「ハイッ!」

 ミズキは嬉しくてつい話の途中に大きく相づちを入れてしまった。黒木はニヤリと苦笑し。

「木場田さんは兄貴肌の、気持ちのいい人だ。俺たちの気持ちを理解し、ケイを救い出す手伝いをしてくれる。木場田さんの話なら鬼木の婆さまも聞くだろう。そもそも巫女たちが一番直接的にケイに世話になっているんじゃないか!? いくら村長の命令でも、恩人を命の危険に晒すなど、巫女たちも話せば分かってくれるだろう。

 しかし……」

 黒木は難しそうに考えた。

「木場田さんに頼んだとして、それでも婆が拒否すればケイを神の中から引き上げることは出来ない。婆は、村長とは子どもの頃から懇意なようだからな……。やはり…………」

 いささか自信なさそうに自嘲気味に言った。

「紅倉……に頼るしかないか……。ケイがそれほど買っている女なら、ケイの窮状も察して味方になってくれるはず……と言うのは甘いか?」

 ミズキに情けなく笑って見せ、

「それほどの女なのかどうか……。いくら『現代最強』などと騒がれても所詮生身の女、『門番』に出会って無傷では済むまい。いっそ……、門番に取り込まれて潰れてくれればそれで話は済むのだが……。それも甘いか?」

 黒木はピシャンと自分の頬を打って気合いを入れ直した。

「出来るなら紅倉にコンタクトを取ってこちらの味方にしたい。いくら紅倉の足が遅くても時間的に穴にたどり着く前に追いつくのは無理か。しかし芙蓉美貴は穴に入れまい。中途半端な霊能力ならなおさら穴から吹き出る腐った霊気に耐えられまい。芙蓉に接触できれば、あの二人はテレパシーで結ばれているそうだから紅倉にこちらの考えを伝えてくれるかも知れない。……しかし、穴の入り口だとて普通人には近づきがたいか……」

 黒木は誰かそれが可能な人間を考えたが、これは思い浮かばなかった。

「クロさん」

「うん?」

 ミズキが強い決意を秘めた顔で言った。

「ケイの救出、任せてもいいですか?」

「おまえがケイを救い出さないで、どうする?」

「俺が穴に行って芙蓉にケイのことを伝えます」

 黒木も内心それを考えていて、意思を確認するために訊いた。

「きついぞ? おまえは常にケイと一緒にいるから俺たちよりいくらか耐性はできていると思うが…、正気を失うかもしれんぞ?」

「負けませんよ。ケイを救うためです」

 黒木は坊やのミズキの面構えを見てうなずいた。

「よし。頼む。ではすぐ向かってくれ。途中木場田さんに会うだろうから…、末木の家に来てもらってくれ。俺たちはそこで作戦会議を開いて、木場田さんを待つ」

「了解です。では」

「うん。気を張って行けよ?」

「ハイッ」

 ミズキはいても立ってもいられないように駆けだした。小学校は広場から奥まっているが、

『目立ちやがるな』

 と黒木は温かく苦笑した。勢い良く突っ走っていくミズキを見れば村人は何ごとかと思うだろう。

「あいつの心意気を裏切らんためにも、なんとしてもケイを助け出さねばな」

 黒木も歩き出し、ギラリと、凶暴な面相になった。

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