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49,鬼巫女衆

 ケイはミズキに

「どうもこっちはただで帰しちゃもらえないようだ。紅倉さんとの約束だ、平中さんのことを頼むよ」

 と言った。ミズキは

「なんでしょうね?」

 とケイを心配したが、

「ミズキ兄さまは部長さんが至急お話があるそうですよ?」

 と麻里に冷たく言われ、ケイにも

「いいよ。さっさと済ませてきな」

 と促され渋々部長の職場に向かった。

「さ、ケイ姉さんはわたくしと」

 麻里に手に触れられて、ケイは虫ずが走るように払いのけた。

「わたしに触るんじゃないよ、この、魔女め!」

 ひどい剣幕だが、麻里は手を乱暴に払われたことにも腹を立てずに子どもらしからぬ薄笑いを浮かべたままじいっとケイを見つめていた。その視線がケイには腹立たしくてならず、ヒステリックな怒りを燃え立たせる。

「わたしを姉さんなんて気安く呼ぶんじゃないよ、この気色悪い魔女娘! わたしがこの村の人間であんたを一番嫌っているって知ってんだろう!?」

「あらひどい。傷つきますわ」

 と、麻里は見下した薄笑いを崩さない。

「わたくしはケイ姉さんを実の姉のようにお慕いしておりますのに」

「どの口が言いやがる、白々しい」

 麻里ははっきりと馬鹿にして白い歯を見せて笑った。日本人形のように美しい娘であるが、日本人形のように気味悪い。麻里はしらっとした目つきになるときびすを返し。

「無駄なお世話を掛けさせないでいただきたいわ。さっさと遅れずに付いてきてくださいまし」

 と、スッスッ、と無駄のない足裁きで歩き出した。かなりの早足だ。

「くそっ……」

 ケイはむかついて悪態をつき、大股で歩きながら、時折不安そうに立ち止まり杖で辺りを探った。

「こっちですわよ」

「分かってるよ!」

 麻里はフッと小馬鹿にしてまたスッスと素早く歩き出した。ケイは向きになって大股で追いかけた。

 村長の家の裏手に、高い土台に隠れるようにして一軒の家があった。

「ただいま戻りました」

 と麻里は玄関に入り、革靴を脱ぐと廊下を奥へ向かい、イラッとした陰険な目で後ろを振り返った。バン、と半分開いていた引き戸に肩をぶつけてケイがまたカッとなった。

「麻里! あんたわざとだね!」

 盲者をからかう子どものいたずらに本気でカッカして、麻里は可笑しそうに笑った。

「不自由ですわねえ? お察しいたします」

 クスクス声を忍ばせて笑い、ケイは歯をギリギリ言わせた。

 麻里は廊下の先の裏口の土間で赤い鼻緒の草履を履き、正面ではなく右の収納庫のような戸を開けた。

 更に頑丈なドアがあり、地下へ下りる階段があった。

「置いていきますわよ?」

 ケイは靴を履き替えることをせず、ブーツのままドカドカ廊下を歩いてきた。

「お行儀の悪い」

 麻里は眉をひそめて、プイと、先に立って階段を下りだした。



 白色灯の照らし出す白々した通路を通り、板間の部屋に出た。

 こたつにあの妖怪婆あと4人の女たちが足を入れていた。

 老婆はぬくぬくと綿入れを羽織り、他の女たちは白い着物に、赤い袴をはいているようだった。一人女の子がいて……それは表の祭で神楽を舞った小学校高学年の子だった。巫女装束の大人に混じって一人お祭の化粧をして草色の半纏を着ているのがいかにも楽屋裏でくつろいでいるようで微笑ましくも思えるが。

「おお、来たか。おこたに当たって足をお温めと言いたいところじゃが、場所もふさがっとるし時間もないからのう、話をさせてもらうぞ」

「話ってのは、」

 ケイが敵意剥き出しで老婆にくってかかった。

「わたしに紅倉を殺せってこったろう? ええ?鬼ババア!!」

 老婆は出来るだけ穏やかに話そうとしながらケイの口の悪さに渋面を作り、たしなめるように言った。

「言わずもがなだがの、皆の手前もあるし、念のため言うておくぞ。わしゃ鬼木のババじゃ。鬼ばば、ア、は余計じゃ」

 部屋の入り口に突っ立ったケイはへっと笑い。

「どうせみんないずれはその妖怪と同じ鬼、ババア、になるんだろう?」

 こたつに入った他の女たちはムッとした目でケイを睨んだ。鬼木のババの歳の離れた妹みたいな六十代の女、その娘みたいな四十代の女、その子どもみたいな小学生の女の子。一族三代の女たちが集まったみたいだが、大字村の者は女もみんな親戚みたいに同じ顔立ちをしている。態度の悪い生徒のためにいっしょに先生に叱られているようにケイの隣に立つ麻里だけ、他の女たちと違う高貴な丸顔をしている。都会的な顔立ちのケイは明らかに村の外からの客人だ。

「ケイよ」

 老婆は辛抱強く言い含めた。

「もうちいと村のもんと仲良うせんか。村のみんなも、この鬼木の巫女衆も、仲間じゃろうが?」

 ケイはうんざりしたように首を巡らせた。

「どうでもいいよ、そんなこと。それよりも」

 サングラスの目で睨む。

「なんで紅倉を殺す? 紅倉は安藤って男を連れ帰りに来ただけなんだろう? さっさと連れ帰らせりゃいいじゃないか?」

「それは村長と話し合ってもう決まったことじゃ。今さら和を乱すな」

「てめえらで勝手に決めるな!」

「おばば様」

 隣の麻里が冷たく突き放した口調で言った。

「教えて差し上げればよいのです、ケイ姉さんに、誰のせいでそういう羽目になったのか」

「なんだよ?」

 ケイはじろりと睨んだ、麻里は涼しい顔ですましている。

「鬼ババア?」

「じゃから鬼木の婆じゃと……。ええわい。

 公安のもんが村に入り込んどるのはおまえも聞いておろう? 奴らに紅倉を殺すよう脅されておるんじゃ」

「何をネタに脅しているって言うんだい?」

「それが大問題ですわねえ」

 ケイは茶々を入れる麻里を睨み、婆に答えを求めた。

「麻里や。見せてお上げ」

「はい、おばば様。さ、どうぞ、ケイお姉さん」

 麻里は馬鹿にした調子で、胸ポケットから出した一枚の写真をケイに持たせた。ケイは一応見る仕草をして、イライラ訊いた。

「なんの写真なんだい?」

 おばばにうなずかれて麻里が教えた。

「殺人の決定的な瞬間を撮られてしまいましたの。ちんぴら男の喉を、グサッ、とね」

「・・・・・・・」

 ケイが顔を強張らせて麻里を睨んだ。麻里は平気な顔で、多少の非難を含んで、言った。



「とんだ失態ですわね、ミズキ兄さま」



 ケイは苦しそうな表情で写真の表面を親指でこすった。そこに写っているミズキの殺人の証拠をイメージした。

 ……鬼木の婆は悪人である。

 ケイの持っているのはミズキのただ笑う横顔を撮しただけのスナップ写真である。おそらくクロや仲間と話しているところを撮られたものだろう。本物の、ケイが殺人を犯している、証拠写真は村長が持っている。

 麻里も子どもの姿をした悪魔である。

 鬼木の婆は麻里に写真を渡し、

「こやつが人を殺す現場を監視カメラに撮られた」

 と伝えただけである。それだけでこの日本人形の顔をした悪魔はすべて、自分の役どころを、了解した。彼女はただ自分の知る「事実」のみをケイに伝えただけである。喉をグサッ、は脚色であるが、ミズキのやり口を心得ている。

 ケイは脂汗を滲ませ、

「くっそーー…………」

 とうめいた。婆は、

「ミズキを守るためじゃ。紅倉を殺せ」

 と命じた。ケイが惑う素振りを見せると声を荒げて畳みかけた。

「おまえは紅倉とミズキ、どっちが大事なんじゃ!?」

 ケイは歯を食いしばり、

「公安をぶっ殺せばいいじゃないか!? わたしが片づけてやるよお!!」

 と吠えた。婆は、

「馬鹿もんが! 写真は警察から公安が無理やり接収した物じゃ! 警察からミズキを守っておる公安を殺してどうするんじゃ!?」

 と叱りつけた。ここのところも卑怯だ。村長はいずれ村に入り込んでいる公安も始末するつもりでいる。婆は、

「どうするんじゃ、ケイ!? あれほどおまえのために尽くしてくれとるミズキを、見捨てるんかっ!?」

 と迫った。それでもケイが苦しそうに黙っていると、静かな顔になり、ふてくされたように言った。

「おまえがやらんのなら、わしら巫女衆でやる。紅倉も危険じゃし、あの男も生かして帰すわけにはいかん。紅倉の情婦の芙蓉も、男の恋人の女もじゃ。修羅道じゃが、それがわしらの運命じゃ。それが嫌なら、さっさと村を出て、神の力を天に返せ」

 最後通告をすると、よっこらせと立ち上がり、巫女たちもさっと立ち上がり、年輩の者が老婆の手を取った。

「義母さま。われらで、まいりましょう」

 婆はこれ見よがしに大きくため息をつき、

「そしようかのう…」

 と未練だらだらに言った。

「皆の内何人生き残れるか…、分からんがのう……………」


「分かったよ、わたしがやるよ」


 チッと舌打ちしながら、とうとうケイが言った。

「紅倉をどうでも殺らなきゃならないなら……、わたしがこの手でやるよ………」

 隣で麻里がニッコリ笑って言った。

「ご安心を、ケイ姉さん。ケイ姉さんはわたくしたちが守って差し上げますから」

 ケイはむかつく顔をしながら、何も言わなかった。

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