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04,自己紹介

 平中と名乗った女性は近くのビジネスホテルの喫茶店を指定し歩き出した。細身のパンツの脚が長く、スッスッと言うより、ザッザッと言う感じに大股で、歩くのが速い。芙蓉は勝手に先に行かせて、自分は先生に合わせてゆっくりのんびり歩いた。

 平中の姿はとうに見えなくなって、紅倉の足で15分ほど歩いて、町中に立つビジネスホテルの1階喫茶店に入った。平中の手を上げるテーブルにつくと3人分の紅茶が既に出されていた。

「紅倉先生は猫舌でいらっしゃいましたよね? 芙蓉さんも紅茶でよろしかった?」

 と、ずいぶんせっかちな性格の女性のようだ。

「ここのケーキけっこういけるんですよ? おごりますからなんでも注文してください?」

 茶とオレンジの落ち着いた内装のこぢんまりした店で、4つあるテーブルに他に客はいなかった。芙蓉は自慢じゃないがケーキには舌が肥えている。食べてやろうじゃないの?と評論家気取りで抹茶のショートケーキを注文した。高校生のバイトみたいなウェイトレスに運ばれてきて一口食べると、

「あら、美味しいじゃない」

 自分はチョコレートセットを注文した平中はどう?とニンマリし、芙蓉は侮れないわねと見直した。紅倉は芙蓉に教えてもらってラズベリーのミルフィーユを注文した。紅倉はパイ生地系の甘いお菓子が好きなのだ。

「馬鹿にしたものじゃないでしょう? ここのケーキは裏の通りの老舗のお菓子屋さんから仕入れてるんですよ? お値段もそこそこリーズナブルで」

 イタズラっぽく鼻の上にしわを寄せる女性に芙蓉は好感を持ち、いやいや油断するなと気を取り直した。

「あなた地元の方?」

「いえ。住みかは東京です。情報収集が重要なスキルですので。わたくし、こういう者です」

 女性は名刺を取り出し紅倉と芙蓉にそれぞれ渡した。紅倉は読めないので芙蓉が読んでやった。

「フリーライター 平中 江梨子(ひらなか えりこ)さん」

 平中はよろしくと笑顔でお辞儀した。

「主に週刊誌やWEBに記事を書いてます。何でも書く便利屋ですが、これでも一応社会派ジャーナリストの端くれのつもりです」

 平中は笑顔の中にも鋭く強い視線を見せて、ジャーナリストとしてのプライドを表した。

 ミルフィーユと格闘している紅倉に代わって芙蓉が話した。

「それで、社会派ジャーナリストさんが紅倉先生になんの依頼です? 何か調査を頼みたいということでしたよね?」

「ある人の行方を捜してほしいんです」

 芙蓉が隣を見ると、紅倉はフォークにぶっ刺した固まりを頬張り、もぐもぐし、

「やだ」

 と言った。

「もうそういうことはやめました」

 と、もぐもぐゴックンし、再びパイの破片を撒き散らせながらケーキと格闘を始めた。芙蓉が平中に注釈してやった。

「記者さんならご存じでしょうけど、先生は今隠遁(いんとん)生活を送っているんです」

「昨年今頃の汚職事件のせいですか?」

 芙蓉は素知らぬ顔で曖昧にうなずいた。去年紅倉はある狙いがあってさる大臣経験のある大物政治家の裏献金疑惑を暴き、結果的に死に追いやったのだ。

「裏で紅倉美姫が動いているという噂がありましたけど、事実だったわけですね?」

「すっかり警察に嫌われてしまいましてね、以前はあんなに捜査に協力してあげたのに」

 むっつり怒る芙蓉に平中はお愛想の苦笑いを浮かべた。

「そういえば、もうすっかりテレビにはお出になってませんね?」

 紅倉美姫は以前よく警察番組に出演し、行方不明者を捜したり、身元不明の死体の素性を教えたり、凶悪事件の犯人のヒントを与えて逮捕させたり、「最強の霊能力者」の名にふさわしい活躍を見せていた。その警察番組に出なくなって久しい。芙蓉が言う。

「警察も政治的思惑で紅倉先生と距離を置きたがっているのもありますが、オカルトに関わるのを嫌っているんです」

 平中はうなずいた。

「そうでしょうね。例えば、裁判で、被告側弁護人から霊視なんかで得た証拠品の信憑性を疑う質問をされると困りますものね? ただでさえ検察の証拠捏造なんかの失態がありましたものねえ?」

「そういうことです。それに……」

 芙蓉はまだケーキと格闘を続けている紅倉を哀れに見て、ため息混じりに言った。

「先生が見つける方は既に亡くなっている場合が多いですからね、依頼者にも泣かれるばかりであまり喜ばれませんから」

「そうそう」

 ケーキの残りをばらばらに分解してしまって、紅倉は顔を上げて言った。

「けっきょくね、家族は本心では恨んでいるのよ。生きていてほしいって言う希望を奪っちゃうから。もうね、そういう嫌な役割を引き受けたくないの」

 平中はうなずき、言った。

「遺族の方のお気持ちも分かりますけどね。……紅倉先生。今日は何故裁判所にいらっしゃったんです? 失礼ですが、先生なら裁判員候補の可否の質問票が送られてきた時点で辞退することは可能だったのではありませんか?」

 紅倉は紅茶のカップで口元を隠しながら言った。

「だってえ……、呼び出されちゃったんだもん……」

 芙蓉がおかしそうに優しく微笑んで言った。

「先生は嬉しかったんですよ、一市民として認められたと思って。その質問票、大きな虫眼鏡覗きながら一生懸命自分で記入してたんですよ?」

 紅倉はカップを両手で覆って紅茶をすすった。芙蓉はあらもったいないと紅倉のケーキ皿を引き寄せ、大量のケーキの残骸をフォークで集めて口にかき入れた。

「もう一皿お代わりします?」

「うん」

「だそうです。よろしくう」

 平中は苦笑いして手を上げてウェイトレスを呼んだ。芙蓉が訊いた。

「あなたは何故裁判所に? 裁判の取材? それとも紅倉先生を追って?」

「裁判の取材に来たんです。そのついでに紅倉先生のお宅を訪ねる時間があればと思っていたんですが。

 先生。7月にこちらで起きた、車椅子の男性が坂道を転げ落ちて車にひかれた事件、ご存じですか?」

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