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46,ケイと紅倉

「紅倉さん。それでは約束の場所にご案内します」

 紅倉が振る舞いの雑煮を食べ終わるのを見計らって青年団長の木場田が声を掛けてきた。三十代。明るい外向的な笑顔をしているが骨格は明らかに村の一族だ。紅倉は。

「お祭はお終い?」

「子どもたちはここまでです。大人たちはこれから酒が出て夕方までどんちゃん騒ぎになります」

 芙蓉はじっと内にこもってなかなかよそ者に素顔を見せない村人たちのどんちゃん騒ぎする様子を想像してちょっと田舎者を見下したような気分になった。

「あっそう。酔っぱらいは嫌ーい。じゃ、さっさと行きましょうか」

 では、と先に立って歩き出した木場田に続いて紅倉が歩き出し、芙蓉も当然のように横に並んで歩き、平中もなんだろうと不安な顔で続いた。木場田は立ち止まり、困った顔で振り返った。

「案内するのは紅倉さんだけと聞いてるんですが………」

「わたしは行くわよ」

 と当然の顔で芙蓉は言い、しかし平中には、

「平中さんはここで、広岡さんや海老原さんたちと一緒にいてください。また情報収集をお願いします」

 と取って付けたように言い、平中の不審を買ってしまった。

「どこに行くんです? 安藤のことと関係あるんじゃない?」

 愛する女の鋭い勘に芙蓉は困って紅倉に助けを求めた。

「平中さん。あなたは危険だからここにいてください」

 真顔で言う紅倉にやっぱりという顔で平中はいかにも「自分も一緒に」と言いたそうにした。

「危険だからあなたは駄目です」

 紅倉は重ねて言った。

「危険すぎて、村人も近づけない場所があるそうです。もし安藤さんがまだこの村にいるならそこしかないだろう、と、村長さんに教えてもらいました。本当にそこにいるのかどうか分かりません。わたしが見てくるまで大人しくここで待っていてください」

「危険って、……どう危険なんです?」

「わたししか行けないんですから当然、霊的に危険、ということでしょうね」

 平中は悲愴な顔で訊いた。

「安藤はそんな場所にいて大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫じゃないでしょうね。亡くなっている可能性が大です」

 平中は心臓を掴まれたみたいに顔を歪めた。紅倉は残念そうに言った。

「あなたには確かめた上で話そうと思っていたんですけれどね。いずれにしてもわたしが確かめてきますから、待っていてください。お願いします」

 紅倉に頭を下げられ平中も我が儘を言うのはあきらめた。

「よろしくお願いします………」

「平中さん。あなたには本当にこちらで情報収集をお願いします。特に、お巡りさんと学校の先生に」

 芙蓉は紅倉が自分と同じ事を考えていると知って嬉しく思った。これだけ一体感の強い村なのだ、村人のほとんどが「手のぬくもり会」の仕事に手を染めている、または知っていて見て見ぬ振りをしている、と考えていいだろう。万が一の場合、自分たちが誰を守って戦えばいいのか?、知っておく必要がある。

 平中はあまり納得していない顔ながらうなずいた。

「それじゃ、行って来ます」

 手を振り、平中と別れた。わはははは、と紅倉芙蓉のいなくなった広場から村人のあけすけな大笑いが聞こえた。



 木場田に連れられて辿っているのはひたすら山の中に迷い込んでいくという道だった。

 斜面から走ってきて斜めに村を通っていく水路をまたぐ木橋を渡り、芙蓉はふと疑問を感じた。水路は周囲の斜面を何本も走っている。位置は水車があるので分かる。全部で10本か? 水が貴重なのは分かるが、こんな山に囲まれた盆地で、逆に水害の恐れはないのだろうか? こうして斜めに、すり鉢状に村の中心に向かって流れていく水路の水は、最終的にどこに排水されているのだろう?

 木場田に聞いてみようかと思っていると、民家の前の道ばたに二つの人影が立っていた。

「おや、おはようさん」

 木場田が声を掛け、人影、ケイは、

「どうも」

 と愛想なく答えた。もう一つの人影ミズキはもう少し愛想を見せて微笑み返した。

「おはよう」

 ケイが今度はニッと白い歯を見せて紅倉に挨拶した。ミズキの方は逆に警戒した固い顔になった。

「おはよう」

 紅倉も会えて嬉しそうに笑顔で返した。ケイはボア付きの目立つピンクのダッフルコートを着て、白のパンツをはいていた。家に帰ってきてリラックスした印象だ。スタイルが良く、夏でもないのにつばの大きな帽子をかぶり、大きな黒いサングラスを掛けているのも芸能人っぽく見えなくもないが、携えている盲人用の杖がその印象を打ち消している。紅倉。

「ああよかった。ワンちゃんは連れてないのね?」

「あんたが来るのを待っていたんでね。この子がわたしの盲導犬代わりさ」

 傍らに付き従い犬扱いされたミズキだが、別に気分を害する様子もなく忠犬らしく敵への注意をゆるめようとしない。

「ガス穴に入るんだって?」

 ケイは木場田を睨むように顔を動かした。木場田は同じ仲間なのに愛想のないケイに辟易して黙っていた。

「ガス穴って言うの?」

 紅倉が訊くと、

「ああ」

 ケイは思いきり鼻の上にしわを寄せて嫌あ〜な顔で言った。

「わたしもあそこだけは何があっても近づけないね。わたしらみたいな人間にはかえって大丈夫なんだけれどね」

 よく分からないことを言って、うん?と首をかしげる紅倉に、

「ま、行ってみてのお楽しみさ」

 と意地悪に教えず、そのくせ、

「入っても門までは行けないね。わたしも、あいつだけはおっかない」

 と、ヒントをくれた。さらに、

「その、安藤とかいう男? まあいれば入り口でぶっ倒れていると思うけど、そこで見つからなけりゃあきらめてさっさと引き返してきな。奥に連れて行かれたんなら、100パーセント、死んでるからね」

 と、ずいぶん親切に教えてくれた。その親切ぶりに忠犬のミズキはさすがに面白くないようにご主人の横顔を見た。ケイはうふふと笑い、軽く体重を預けていた杖から右手を外し、紅倉に差し出した。

「健闘を祈るよ。生きて帰ってきな」

「どうもありがとう」

 紅倉も笑顔で差し出された手を握った。ケイは、

「案外柔らかい手だね? もっと細くてポキポキ固いかと思ってたよ」

 と握手した手を軽く振った。

「まあたいへん、太っちゃったかしら? 最近栄養がいいから」

 紅倉が視線を芙蓉に向け、ケイもあごを動かして芙蓉を向いた。芙蓉は、偏食ばっかりのくせに何言ってるんだか、と内心呆れている。ケイは

「あんたの犬かい? わたしは何故か雌犬には嫌われてねえ」

 フフッと笑い、紅倉の手を放した。

「嫌なイメージを思い浮かべてしまうんだろうね、女は……」

 後ろを向き、奥へ下がった。こちらに向き直り。

「本当に気を付けるんだよ? 必ず戻ってきなよ?」

 と、戦友を送り出すように気遣った。紅倉も去りがたい素振りを見せ、

「あなたを見込んでお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 と言った。ケイは意外なように

「なんだい?」

 と聞き返した。

「わたしたちの連れの平中さん。あなたのお仲間たちから守ってくれる? 村長さんと一応約束はしてあるんだけど……、どうもあの人は信用しきれないのよねえー……。ダルマ狸」

「ダルマ狸?」

 ケイは可笑しそうに

「そうなのかい?」

 とミズキに訊いた。ミズキは

「わたしからはなんとも」

 とまじめくさって答え、ケイを楽しそうに笑わせた。

「いいよ。分かった。平中さんだね? …村の連中とはあまり折りが合わないんだけどね、他でもない紅倉さんの頼みじゃ断るわけにはいかないね」

 と、嬉しそうに引き受けた。

「ありがとう。これで心おきなく『化け物』と対決できるわ」

「こーら。忠告。忘れんじゃないよ?」

「はあーい。行って来まーす」

「ああ。行ってらっしゃい」

 呆れた様子でケイを見ていた木場田がああと気づいたように先導して歩き出し、紅倉芙蓉は枯れ木をくぐり、山道を登っていった。

 見えているようにサングラスの目で見送っていたケイは、その後ろ姿が斜面の向こうに消えてもまだじっと見つめていた。

 ミズキがちょっとふてくされたように言った。

「ケイは……、紅倉にはずいぶん親しげに話すんですね?」

「ああ」

 ケイはミズキの嫉妬を無視して言った。

「わたしがこの世で信頼できるただ一人の女性だと思っている。できるなら、このままお友だちでいたいものだねえ………」

 ようやく見送るのをやめ、道を村の中心向かって歩きだした。

「さて平中さんだね。紅倉さんが帰ってくるまでしっかりガードしてやらなきゃね」

 ミズキと二人歩いていると、向こうから村には珍しい十代の女の子が歩いてきた。ミズキが、


「木俣、麻里(きまた、まり)です」


 と耳打ちした。ケイはうん?と眉をひそめ、

「麻里? 鬼婆あんとこのかい? ……麻里まで呼び寄せているのか」

 と、何か苛々した声で言った。

 セーラー服に学校の青いコートを羽織った麻里は、ケイたちの前まで来ると立ち止まり、利発そうな顔にニッコリ笑みを浮かべて言った。

「ケイ姉さん。ミズキ兄様。お婆様と、部長さんがお呼びです」

 それぞれ別の呼び出しらしく、ケイとミズキは思わず顔を見合わせた。

「鬼婆あがわたしになんの用だい?」

「はい」

 麻里はニッコリ笑ったまま言った。

「室に入って、紅倉美姫を殺していただきたい」

「なんだってえ?」

 ケイは驚き、怒り、思わず子どもに歯を剥き出してみせ、

『嫌な目をした餓鬼だよ』

 と思った。

 前髪を綺麗に切りそろえた麻里は、ニッコリ笑い、一重の綺麗すぎる目でじいっとケイのサングラスの中を見透かしていた。

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