45,火種
黒木と斎木が村長の家から出てきたのを見て、助役の賢木は周りの者に愛想を振りまきながら「ちょっとごめんなさいよ」と抜け出し、村長の家へ階段を上がっていった。
戸をガラリと開け助役の「村長。賢木でございますよ」村長の「おう。入っとくれ」という声が聞こえ、助役は「ごめんなさいよ」と戸を閉めた。
広場で振る舞いの雑煮を食いながら、斎木は面白くなさそうに黒木に言った。
「ケイを始末しろですってさ? さんざん汚い仕事させておきながら、よく言いますよねえ?」
「汚い仕事なら、上のもんたちの方がよっぽどやってるさ」
黒木もムカムカした苛立ちを抑えながら餅を食った。斎木は納得いかない。
「でもですよ? ケイを殺れだなんて、簡単に言ってくれますよ。俺たちの身なんてこれっぽっちも考えちゃいねえ」
斎木は始末した不良の仲間みたいな黒の皮服の上下を着て、濡れたドレッドヘアをしている。ラテン系のロックギタリストみたいなファッションだが、顔は口に締まりのない田舎のお兄ちゃんで、パンチパーマの失敗したおばちゃんぽくもある。村人と同じ野良着を着ながらきっちりしたいぶし銀の黒木は部下の不満に神経質に眉をひそめた。斎木は。
「ケイの仕置きの話、部長は知ってるんですかねえ? 俺たちから報告して、会長にきちんと話付けてもらいましょうよ?」
不機嫌な顔でもくもく餅を食っているリーダーを顔をしかめて覗き見て。
「命令されたら、黒木さん、本当にケイを殺す気ですか?」
「うるせえよ」
思わず怖い声で吐き出して、黒木は部下を気遣い、
「おまえも食え。うめえぞ」
とあまり美味くもなさそうに汁をすすった。斎木は仕方なく自分も餅を食い、リーダーの視線の先を追った。村人の人垣の向こうに紅倉も芙蓉ともう一人の女といっしょに椀を持って雑煮を食べている。
「紅倉ですね。……あれは、そんなに殺っちゃ駄目な女なんですか?」
斎木はいっそこいつを殺してしまえば万事解決と安易な目で眺めた。
「紅倉を舐めるな。相棒の芙蓉美貴もだ。甘ったれた顔してるが、トレーニングしているぞ」
「そうすかねえ?」
斎木はまじまじと芙蓉を観察した。相手はとびきりの美女だが、そうした下卑た男の目ではない。もっと職業的に冷たい目だ。芙蓉は珍しく白の宝塚の衣装みたいな袖のふわりと柔らかくたっぷりした服を着て、下もパッと見た感じ足首までのロングスカートかと間違う柔らかい布のうんと幅広のパンツをはいている。体の線は見えないがきれいに滑らかな頬から筋肉隆々に鍛え上げているとは思えない。黒木は、
「修行が足りないぞ」
と部下を叱った。
「あの女のスタイルは合気道だ。力の受け流しに特化している。鍛えているのは瞬発力とスピードと関節の柔らかさだ。俺たちのようなごつごつした筋肉は邪魔だ」
「なるほど」
斎木は自分の未熟を戒め、より敵意のこもった目で強敵を観察した。黒木も油断のならない相手に固い声で言った。
「あの服装も、白で輪郭を膨らませ、手足の裁きを隠すためだ。いわばあれがあの女の本気の戦闘服だ。敵から紅倉を守る決意は固いと言うことだな」
「俺たちだってですよ」
斎木は口を尖らせて言った。
「俺たちだってケイを……。そうでしょう?」
斎木は同意を求め、黒木も
「そうだ」
と同意した。斎木の不満は収まらない。
「それを、会長たちは…………」
黒木はため息をつき、部下をなだめた。
「もういい。言うな。部長には俺からしっかり言っておく」
「お願いしますよお?」
「なんだよ? 俺まで信用できねえか?」
砕けたおどけた口調に、斎木は慌てて箸を持った手を振った。
「いいえ! クロさんは信じてますよお〜! 死ぬまで付いていきますよ!」
黒木も笑って言った。
「俺もおまえやスエキは信じているよ。おまえたちの信用を失うときは、俺の死ぬときだ」
「クロさん……」
斎木は主人に忠誠を誓う忠犬のように嬉しそうな顔をした。
「ケイも来ればいいのになあ」
すっかり上機嫌の明るい顔で我がアイドルの姿を一応捜してみた。黒木は。
「来るわけないさ。ケイは村に群れない。一匹狼でいたいのさ」
ケイの孤独で意固地な心を思い自身孤独に沈んだ顔をした。ふと自嘲し。
「ま、ケイにはミズキがいるか……。
それより末木は? あいつまた引きこもってるのか? あいつこそもっと村に馴染めよなあ?」
困った奴だと苦笑し、まじめな顔になって。
「斎木。悪いが末木に公安の情報を集めるよう言ってくれ。ケイと俺たちを追いつめたのは公安の奴らだ。てめえらのやり口は棚に上げて、許さねえ。時期が来たら自警より先に俺たちで始末するぞ。……ケイとミズキと一緒にな」
斎木は嬉しそうにイヒヒと笑って言った。
「とっくにやってますよ。やりましょうね、クロさん、きっと! 俺たちは仲間だ。俺、クロさんやケイのためなら喜んで死ねますよ!」
「死ななくていいよ」
黒木はくすぐったそうに笑い、約束した。
「俺はおまえたちを裏切らない。何があろうと、絶対にな」