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43,年神様二柱

 サンドイッチの朝食を食べて、9時、芙蓉たちは村の中心の広場にお祭を見に出かけた。天気は冬晴れの青空が山に囲まれた狭い天井に抜けるように広がっている。

 一行は、芙蓉、紅倉、平中、広岡夫妻、海老原夫と娘愛美、の7人である。

 祭は年神様をお迎えする準備の祭、ということだが、これから忙しい年の瀬を迎えるに当たって村人たちが英気を養おうというお楽しみ会の意味合いが強いようだ。

 道すがら博学の広岡氏が解説してくれた。


「ここ大字村でお迎えする年神は阿須波神(あすはのかみ)と大土神(おほつちのかみ)だそうです」

 芙蓉はそもそも年神というのが分からない。

「お正月にお迎えするその年の神様ですよ。門松や鏡餅などはそもそも年神様をお迎えするための道具だったんです。

 そもそもは稲=穀物の神でした。日本は農耕民族ですからね。稲は一年生の植物ですから、実っては、枯れて、を毎年くり返す。それで暦の成立に従って年の初めにお迎えして、今年の豊かな実りを祈願する、お正月の神様になっていったのでしょうね。

 時代を経るに従って、自然の神であった物に神話の神を当てはめたり、自分たちを守護してくれる祖先の霊を重ねたり、農耕以外でもその年の安全繁栄を願い、都市部ではモダンな方位学とミックスされて方位学的にその年の年神様が決められて、ほら、数年前から恵方巻きというのが全国的に流行るようになったでしょう? あれがそうですよ」


 こうなると芙蓉にはさっぱり分からない。神様だの仏様だのの話はいつもこうだ。勝手に転生して別の名前になったり、勝手にどこぞの偉い神様の眷属に組み込まれたり、勝手に別の意味が拡大解釈されたり、勝手に別の神様といっしょになったり、勝手に別の学問が勝手な解釈を加えたり。結局、なんなのか、輪郭が肥大してさっぱり訳が分からなくなってしまう。

 芙蓉の不満顔に紅倉がニヤニヤ笑って分かりやすく言ってやった。

「結局ね、『神様は偉い物だ』って言いたいだけなのよ。人はあれこれ難しそうな学問を言われると、はあなるほどそうですか、とかしこまって納得したような気になっちゃうじゃない? 頭のいい人がそうやって無知な大衆を自分の神様に手なずけているのよ」

 身も蓋もない言いように顔をしかめる広岡氏に舌を出しそうになって……どうもこの二人は相性が悪いようだ。

「要するに、力、なわけよ。

 ほら、今流行りのパワースポット。

 あれなんかは完全に経験的に、『ムムッ、ここはどこか他と違うぞ? これはすごいんじゃないか?』って感じて、さっさと自分の神様のテリトリーに囲い込んで、後付でいろいろ理屈や縁起をこじつけたんじゃない?

 そもそもの神様なんてのも同じような物よ」

 と、天満宮にこれでもか!と祈念してきたくせに、たいへん罰当たりな事を言った。

 もういいですか?と呆れた顔をして広岡氏が続けた。


「大字村でお迎えする二柱の年神様は大年神(おおとしのかみ)の子どもの神で、

  阿須波神は屋敷の神、

  大土神は土の神、

 となってますな。古事記に登場する名前です。古事記、日本書紀というのは天皇の系譜を神話の形で記した歴史書なんでしょうから、多く登場する神々は皆、皇族であったりその皇子や姫であったりするのでしょうな。一人一人の神々がそれぞれどういう神なのか?それこそ後世の『こじつけ』なんでしょうがな」

 と、広岡氏も紅倉にいささか当てつけがましく言った。

「この村は歴史が古いですからな、いつ頃からこの二柱をお祭りしてるのか分かりませんが、名前が先なのか性質が先なのか分かりませんが、『屋敷』と『土』の神様をお祭りするというのは興味深いですな。見渡したところ」

 と実際に村の中を見渡して。

「大きな建物と言って、村長の屋敷、村役場、木材加工所、小学校、・・・くらいの物ですか?」

 村役場も広場に面して建っているが、こちらはもう少しモダンで簡素な造りの、普通の横長の2階屋だ。木材加工所は山のふもとに煙突の立った大きな小屋のような建物があり、小学校は田圃の中に大正ロマンチックな和式洋館が建っている。小学校にしてはずいぶん小さく感じるが生徒が数人では十分なのだろう。

「やはり目立つのは村長の家ですな。屋敷の神はやはり村長の家にお迎えするんでしょう。個人の家と言うより村の富の象徴のようなものでしょうから。ああ、水車小屋がありました。屋敷とは言わないでしょうが、この村の重要な建物でしょう」

 水車は今日も山の斜面と村のあちこち水路でパタンパタンと回転している。雨の降った昨日より幾分緩やかだろうか。

「『屋敷』は分かりますが、『土』はなんでしょうなあ?」

 広岡氏は知的に思索を楽しんでニコニコした。

「農耕や実りを司る年神は他にいますからねえ…。土……というのは、やはり、村を走る水路の工事の際に祭った名残でしょうかねえ?」

 どうでしょう?と広岡氏は嫌みでもなくニコニコ紅倉に意見を求めた。

 紅倉は。

「さあ? 分かりませんけれど、そう…………

 土は……、土、なんじゃないかしら?」

 と、歩きながら、トントン地面を叩いてスキップした。

「土、ですか?……」

 広岡氏はハテ?なんだろう?と不思議そうにして黒ずんだ土の道や、周りの田畑を見て、にこやかに肩をすくめた。

「分かりませんな。後で村長さんに訊いてみましょう」



 広場には既に村人たちが集まってそわそわと祭の開始を待ちわびているようだった。

 芙蓉は広場が近づくに従い、昨日は到着早々車から出た途端によろめいてしまい気のせいかと思ったのだが、やはりだんだん耳鳴りがして頭が痛くなってきた。平中も額に縦皺を寄せてこめかみを押さえたので自分の気のせいばかりでもないようだと訊いてみた。

「頭、痛くなってきますよね?」

「ええ…。なんだか耳の奥が圧迫されるようで……。頭が締め付けられるように痛いわ」

「そうですよね?」

 芙蓉が他の人は平気なのかな?と不思議に思うと紅倉が、

「すぐに慣れるわよ。ずっと続くようなら、体質的に合わないんでしょうから広場には近づかないことね」

 と、その正体が分かっているように言った。

「なんなんです?」

 と訊くと、

「水洗トイレ」

 と、またも訳の分からないことを言った。

「美貴ちゃん、用を足し終わって水を流すとき、なんだか引っ張られるような感じがしない?」

 恥ずかしい現場を例えに持ってこられて頬が赤くなる心持ちがしたが、そういえば、と心当たりがあった。

「ありますね、確かに」

 水を流すとなんだか体が前の方に倒れ込んでいくような感覚がする。

「じゃあそういうことよ。水は霊が馴染み易いっていうのもあるけれど、もっと単純に体の60パーセントは水分ですからね、水の動きに敏感な人はけっこういるんじゃないかしら?」

「なるほど」

 と芙蓉はどうやらこの耳鳴りは水の流れに関係がありそうだと広場を見渡したが、ここまで水路は延びていない。紅倉の見立て違いとは思えないが………。

 広場は地方の市民野球場と言った程度の広さの5角形で、各角から村の外枠の出っ張りにまっすぐ道が伸び、それぞれ入り口に赤い鳥居が立っている。

 今向かっている入り口の鳥居に、両手を後ろに組んだ手持ちぶさたな様子でお巡りさんが一人立っていた。何やら冗談を言い合って無邪気に笑っていた村人たちがふと芙蓉たちを見つけて笑いを引っ込め、お巡りさんがこちらを向いた。若い、なんとなくお坊ちゃんっぽい印象のお巡りさんだ。芙蓉たち一行を見て、おやあ?と首をかしげ、近づいていくと、ニコッとさわやかに笑って、

「こんにちは。村の方じゃないですねえ? 観光のお客さんですか?」

 と尋ねた。芙蓉は村にまともな警察官がいるのに驚いた。……いや、まともな警察官かどうかは分からない。

「こんにちは」

 と芙蓉が代表して挨拶すると、若いお巡りさんは鄙(ひな)にはまれな若い美人に目を嬉しそうに笑わせて敬礼のサービスをして、おや、と後ろの広岡氏と海老原氏に目を向けた。

「あなたは前にもお見かけしましたねえ? とすると、やはり皆さんペンションもみじさんのお客さんですか?」

 と、お巡りさんと海老原氏は顔なじみらしく笑顔で挨拶した。

「愛美ちゃーーん」

 可愛らしい声で呼びかけて子どもたちが駆けてきたが、学年が別の男の子二人女の子二人、皆顔にお化粧して、獅子舞でも踊るような真っ赤な袋のもんぺに濃い緑の祭半纏をまとい、頭には水玉の鉢巻きをコックのように高く巻き、女の子はかんざしを挿している。子どもたちはニコニコして、

「愛美ちゃん、早くおいでよ。役場で愛美ちゃんのお衣装も用意してあるから、愛美ちゃんの準備が出来たらお祭りを始めるよ?」

 と、年長の女の子が手を取って連れていこうとした。愛美ちゃんはちょっと心細そうにお父さんを見上げ、海老原氏は嬉しそうに笑って、

「さあ行っておいで。準備が出来たらみんなといっしょに写真撮ってやるぞ?」

 と、首にぶら下げたコンパクトカメラを構えて見せた。

「行こう」

 子どもたちといっしょに愛美ちゃんは鳥居をくぐって駆けていき、若い女の人がニコニコ笑って愛美ちゃんを差し招き、海老原氏に挨拶した。女の人は愛美ちゃんの背に手を当て、「急げ急げ」というようにいっしょに向こうの建物向かって駆けていった。村役場だ。

「どなた?」

 芙蓉が訊くと、ニコニコ顔の海老原氏が答えた。

「愛美の担任の相原ゆかり先生です。まあ担任と言っても先生が2人、校長と教頭の計4人だけで、みんないろいろ兼任しているようですがね。なにしろ生徒が5人だけですからねえ」

「ふうーん」

 走っていった5人でこの村の子どもの全員なのだろう。中学高校は村の外に留学しなければならないから、村立の祭日にわざわざ学校を休んで帰ってきたりしないのだろう。

 相原ゆかり先生は水色のジャージ姿だったが村の茶色系草色系の服装の中であか抜けた印象があった。

 芙蓉は若いお巡りさんに訊いた。

「お巡りさん、お名前は?」

「本官でありますか? 本官、長崎洋介巡査、26歳独身であります。ちなみに長崎と申しますが出身は福岡であります」

 と、嬉しそうに訊いてもいないことまで答えてくれたが、手間が省けた。

 易木、信木、樹木、賢木、木場田、と、

 どうやらこの村の人間は皆名字に「木」の字が付くらしい。すると相原ゆかり先生、長崎洋介巡査は村の外から赴任した人と考えられる。

「巡査さん。このお祭は今日やることが決まっていたの?」

 芙蓉はこのタイミングの良すぎる祭が自分たちを村に足止めするために急遽セッティングされたものではないかと疑っていた。果たして。

「いやあ、実は本官も寝耳に水でして。昨日パトロールをしていて広場にあの小屋を見つけて、なんだろうなと思っていたら今日の祭で」

 やっぱり、と芙蓉は思ったが。

「ここの人たちはいつまで経っても本官をよそ者扱いで、なかなかうち解けてくれないんですよ。仲良くしてくれるのはペンションの海老原さんと学校の先生方だけでして」

 と、長崎巡査は情けなさそうに肩を落とした。

「こちらへはいつから?」

「今年の3月に配属されました」

 それじゃああまり当てにならないか。

「警察官は? 巡査さん一人?」

「はあ。本官一人きりです」

 まるっきり島流し同然で、人の良さそうなお坊ちゃんぽい風貌がいかにも頼りなさそうだ。

「美貴ちゃん、行こう?」

 紅倉が言い、芙蓉はいっしょに鳥居をくぐった。広岡氏はとっくに村人の輪に入り、顔なじみらしい同年輩に奥さんを紹介して談笑し、芙蓉の話に付き合っていた海老原氏も続いて入った。

 芙蓉たちが近づいてきてからというもの口が重くなっていた村人たちは、芙蓉たちが鳥居をくぐるのを見て、急に愛想良く笑顔を見せた。村人たちの笑顔を作るタイミングがピタリと合っていて、芙蓉は内心ゾッとした。

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