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41,情報と考察

 奥さんの腕を振るった牛ステーキがメインのフレンチ料理はなかなか美味しかった。肉全般が苦手の紅倉も珍しく美味しそうに食べ、下の食堂で平中、広岡夫妻といっしょの食事だったがレストランのコース料理のような面倒もなく、アットホームな雰囲気で気楽に味わえた。

 お風呂は男性用と女性用に分かれている。女性用を広岡夫人に先を譲り、部屋に平中を誘ってこちらでの情報を聞いた。平中には安藤の生きているかも知れないこと(?)は伏せておくことにした。明日、紅倉が迎えに行って(?)結果を見て話すことにした。

 2週間前2日間ここに宿泊した安藤は、旅行雑誌の記者を装ってやはり海老原オーナーに村のことをあれこれ聞いたらしい。しかし元々よそ者のオーナーに話せることは限られていて、芙蓉たちに話した表面的な観光案内程度だったらしい。しかし芙蓉たちが聞かなかったことを聞いていて、

 それは広岡氏の方がより詳しく教えてくれたのだが、

 村の自治組織のことだった。

 村に主だった役職は三つあって、


   村長、助役、青年団長


 がそれだが、それはそれぞれ昔で言うところの、


   庄屋、年寄、百姓代


 に相当するらしい。

 庄屋は村の代表で、まさに村長だ。

 年寄もお年寄りの意味ではなく、時代劇に出てくる大年寄だの若年寄だのいう役職で、お城で言えば藩主を補佐する政務の筆頭の重臣、家老に当たり、村では庄屋の補佐役だ。

 百姓代はその名の通り百姓の代表だが、これは組合のリーダーという立場で、行政の担い手である庄屋や年寄が誤った行いや立場を利用したインチキなどをしていないか監視する役割も担っていた。

 現在の村長、助役、青年団長もそうした昔ながらの関係をそのまま受け継いでいるらしい。現代よりより互いの身分立場がはっきりしている、ということか?

 村長は村一番の金持ちである。が、それは村の資産を預かる銀行のような存在でもあり、何か困ったときには村長さんに相談すればなんとかしてくれる、と、頼れる存在であるらしい。だから村の者は皆普段から村長を尊敬している。

 村長がどんと構えた親分さんなら、助役が細々した行政財政の執行官で、一々うるさいことを言って村人から嫌われる役回りでもある。嫌われ者の助役が間に入ることによって、

 村の特に血気盛んな若い衆をまとめる青年団長が、何か不満があるときにはそれを代表して、助役に談判し、村のお殿様である村長と直接事を構えずに済ませることが出来る、

 という構造を保っている。

 ちなみに、


  村長は、樹木 従侍(きき じゅうじ)

  助役は、賢木 又一郎(さかき またいちろう)

  青年団長は、木場田 貴一(こばた きいち)


 と言う。広場を去るとき声を掛けてきた「コバっちゃん」が木場田貴一だ。


 ということを教えてくれた広岡氏は、

 ご主人はお隣愛知県の自動車メーカーを今年定年退職した、現在65歳であるそうだ。芙蓉と平中の見たところもっと若く、50半ばくらいにしか見えない。最近の年寄りは元気な人が多いから特別な例ではないかも知れないが。

 奥さんはもっと若く、48歳だそうだ。ジャズダンスが趣味で、料理も得意で、自宅でちょっとした料理教室を開いてもいるそうだ。専業主婦で、たっぷり人生を楽しむ生活をしているようだ。これまでは自分の趣味にかまけて旦那の山歩きの趣味なんか放っておいたが、定年退職して時間が自由になった旦那にスケジュールを合わせてもらって今年からこうしてちょっとした旅行に付き合ってあげているんだそうだ。


 さて。

 村にやってきて色々人物の整理がたいへんだが、

 村に来る前、美山鍾乳洞の駐車場で苅田弓弦から警告の電話を受けた紅倉は「どうもわたしは呼ばれてここに来たような気がするのよね」と言ったが、ようやくその根拠を明かした。現代最強を吹聴される霊能力の勘もさることながら、

 より具体的な根拠は安藤哲郎の出した絵葉書の消印だった。

 平中にカバンから出してもらって芙蓉といっしょに確かめてもらった。先ほど出発してきたビジネスホテルと同じ住所の郵便局で、平中と「今岐阜に来ている」と電話で最後に話した3日後の午後3時のスタンプが押されている。海老原オーナーに確認した、宿泊の予定をキャンセルして村長宅に泊まり、翌日村を出たはずの日付だ。

「まあね、安藤さんが彼らから逃げてきた途中でその辺りの郵便ポストに投函したって可能性はあるわね。でも午後3時のスタンプじゃ、投函したのは真っ昼間でしょ? 商店だって多いし、2週間前なら紅葉もまだ見頃で観光客だってもっといたでしょう?騒ぎを起こして人目を引いて追っ手から身を守ることもできたでしょう。まさかメジャーな観光地が丸ごと『手のぬくもり会』のメンバーなんてことはないでしょうからね。すると安藤さんは村を確認した上で危険を察知して、彼らの手出しできない蜂万町まで戻ってわたしにSOSの葉書を送って、また村に戻るか、人知れず襲撃されて村に連れ去られるかしたのかしら? それもなくはないでしょうけれど、どうもわたしの勘がね、しっくりこないのよね」

 芙蓉が訊いた。

「絵葉書からそこら辺の情報は読みとれないんですか?」

「駄目なのよね。わたしに助けを求める気持ちは感じるんだけど、今すぐ命に関わる危険な状況に陥っている切迫感はないのよね」

 困惑した様子で眉を曇らせた平中が訊いた。

「安藤が今現在村にいるのは確かなんでしょうか?」

 紅倉はうなずき、村長からの申し出はないしょに、申し訳ないように念押しした。

「それは確か。でも、現在の安藤さんの安否は分かりません。

 はっきりしないんだけど、葉書を書いたのは安藤さんに間違いなくて、その時点で危険を感じていたのも間違いないと思うんだけど、その時点では、まだ命の危険というところまでは至っていないと思うのね。

 じゃあどういうことかって言うと、まさか自分が殺されるとは思っていない安藤さんが自分でポストに入れたか、または、安藤さんから葉書を手に入れた別の人物が町のポストに投函したか、だと思うの」

 芙蓉が訊いた。

「葉書に別の人物の気配はないんですか?」

「それがないのね。安藤さん本人じゃないとしたら、わたしの霊視能力を知っていて、それがどういう能力なのか理解していて、それに対する対処法を知っている、つまり、『手のぬくもり会』の呪い関連部門の誰かさん、という可能性が高いと思うの」

 芙蓉が緊張した目つきで言った。

「つまり、これは『手のぬくもり会』の先生を呼び寄せるための罠と言うことですか?」

 紅倉は緊張する芙蓉に対して「う〜〜ん…」とよく分からない顔をした。

「それもどうなのかなあ?…と思うのよね。易木さんの態度から見て『手のぬくもり会』はわたしとは関わりたくないと思っているはずなのよ。わざわざ呼び寄せるようなことはしないと思うんだけどなあ……?」

 芙蓉は村長の達磨大師の風貌を思い浮かべ、疑い深く言った。

「そう油断させて先生をやっつける作戦じゃありませんか?」

 紅倉はう〜〜ん…と考え、

「そうかもね」

 と言い、

「でも、もしかしたらその人物は案外簡単に分かるかもね」

 と気楽そうに肩をすくめた。芙蓉が目で問い、説明した。

「安藤さんのカバンとジャケットを送ってきた小包。送り主の住所はどこだったかしら?」

 安藤の「遺品」はハーフサイズの平たいみかん箱に入れられて送られてきた。それはそのまま車のトランクに入っている。住所を平中が言った。

「岐阜県岐阜市○○ 社団法人岐阜県犯罪被害者支援センター内『手のぬくもり会』。

 でも、その支援センターに電話してみましたが、『手のぬくもり会』という組織はないそうですが?」

「そうね。それは当然名前をかたったんでしょうけれど、受付ステーションは?」

「群上市蜂万町のコンビニエンスストアです」

「地元よね?」

 紅倉はクリッと目を動かして二人を見た。

「多分、本部の意向としてはもっと離れた、それこそ岐阜市のコンビニからでも発送させたつもりだったと思うのよ。安藤さんが平中さんにどれだけの情報を伝えていたかまでは掴んでいなかったと思うから、できるだけ自分たちの本拠地はぼかしておきたかったと思うの。もっとも、ケイさんがお節介して美山町だって教えちゃったから台無しだけど。ミズキくんは教えることに抵抗を感じていたでしょ?それは本部の意向として当然だったと思うのね。となると、地元のコンビニから荷物を発送した人物の行動は怪しいわよね? もし、安藤さんの葉書を蜂万町のポストに投函した人物と同じ人だったとしたら?容疑はかなり濃厚よね?」

 平中が困惑した顔で訊いた。

「その人物は、『手のぬくもり会』本部の意向に逆らってわたしたちにこの場所の情報をリークして、導いたってことですか?」

 紅倉はうなずいた。芙蓉が訊いた。

「荷物からもその人物の情報は読みとれないんですよね?」

「うん」

「会を裏切って先生を導くのなら、自分の素性を隠すようなことはしないで、先生に自分は味方であると伝えるんじゃないですか?」

「味方、とも限らないんでしょうけれどね。…きっと、自分が村の裏切り者だとばれるのを恐れているのよ。それも含めて彼、または彼女、のわたしへのメッセージなんでしょうね」

 芙蓉と平中は複雑な表情で顔を見合わせた。平中が言った。

「『手のぬくもり会』内部に、自分たちのやり方に反対している人がいるってことでしょうか?」

「それも当然と言えば当然かもねえー…」

 紅倉は遠い目をして言った。

「易木さんは自分たちが犯罪被害者のために正しいことをしていると力説していたけれど、彼女が自分で悪人を処刑しているわけじゃないものね。けっこう大きな組織のようだし、だとすれば、世間並みに『死刑制度はんた〜い!』と言う人だっているかもね?」

「その人は先生に何を期待しているんでしょう?」

「たぶん、」

 紅倉はニヤッと笑い、

「『手のぬくもり会』、いえ、この大字村を、ぶっつぶしてほしいんでしょうね」

 と言ったが、目は暗い陰を差し笑っていなかった。

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