40,道すがら
「悪いがこっちも準備と、皆に相談もせにゃならんから、今晩はゆっくり海老原君のところに泊まって、明日の朝にまた来てつかあさい。祭は昼前……10時頃から始める予定じゃから、まあ、それを見学してからでもええですじゃろ。そいじゃあ、助役に来るように言付けてから帰っていただけますかな?」
と、要は今日はこれで帰れと追い出され、広場で助役を見つけて村長さんがお呼びですと声を掛け、助役は笑顔で礼を言って早足で歩いていった。
小屋はすっかり完成していた。
柱が4本立って、2階に板で床が作られ、わらで屋根が掛けられている。
2階の床に1体のわら人形が脚を投げ出して座り、もう1体は下の地べたに寝かせられていた。
いったい年神様を迎える準備の祭というのがどういうものか分からないが、その光景に芙蓉は何となく地方の土着の変に生々しい物を感じて関わりたくないと思った。
準備を終えた村人は半分くらいに人数が減っていた。芙蓉たちが村長の家に入っている間に助役が言い含めておいたのか、一応フレンドリーな笑顔をして挨拶してきた。しかしながら芙蓉は、たいへん申し訳なくは思うのだが、笑顔を向けられてひどく不気味な思いがした。
皆同じ顔に見えるのだ。
皆同じ骨格の特徴をして、同じ表情、同じ目つきをしている。
笑っているが、強い警戒心が露わで、妙におどおどしている。
男も女も一様に同じだ。
今残っているのは暇な老人たちばかりだが、さっきいた小学生の女の子男の子も兄弟のようにそっくりの顔をしていた。まあ実際姉弟であった可能性もあるが。
芙蓉は以前テレビのディレクターから田舎の電車に乗ったら車両の乗客が老若男女全部親戚みたいにそっくり同じ顔をしていたと聞かされたことがあるが、それがまさにこれだったのだろう。
芙蓉は自分が完全によそ者なのだと言うことをはっきり肌身に感じた。
中に一人だけ若い背の高い男性がいて、にこやかに話しかけてきた。30代で、首にタオルを巻いて、小屋を作っていた若者組の一人だ。彼だけはあか抜けて自然な笑顔をしていたが、骨格はやはり他の年寄りと同じ特徴をしていた。
「さっき地震があったでしょう? 大丈夫でしたかね?」
「ええ。お城みたいに頑丈そうな家ですね? 外もだいぶ揺れたんですか?」
「いや揺れは大したことはなかったですが、ずいぶん浅いところの地震のようでしたね? 地下でナマズでも暴れましたかなあ?」
男性は明るい顔で笑って言ったが、面白くない。年寄り連中も固い顔で黙り込んでいる。
村長の家の玄関から、
「コバっちゃん、君も来てくれ」
と助役が呼び、
「おおーーい!」
と男性が大きく手を振って答えた。
「それじゃ、明日のお祭をお楽しみに」
と朗らかに笑ってコバ?と言う男性は村長の家へ駆けていった。
「じゃ、行きましょう」
と紅倉が歩き出し、
「先生、まだ村を見て回るんですか?」
と芙蓉が声を掛けると
「ううん。もう疲れたから帰る」
と答える。芙蓉は背中からポン!と両肩に手を置き、
「はい、こっちですよお〜」
と紅倉の向きを直してやった。
「んん〜〜?」
と紅倉は眉間にしわを寄せて目つきを悪くして自分が行こうとした方向を見た。
「目印」
と指さす鳥居を、
「目印ならこっちにも立ってますよ。道5本それぞれに立ってるんです」
と教えてやった。村の中心に位置する5角形の広場にはそれぞれの角に5方向から道が延びてきていて、それぞれ広場への入り口に同じ赤い鳥居が立っている。
「あっそうなんだ」
と紅倉は面白くなさそうに言ってフンとすましてペンションへの鳥居をくぐった。「失礼」と村人に挨拶して芙蓉は紅倉を追った。紅倉はろくに見えないくせに意地になって目に頼ろうとするところがある。だからこうしてすぐに方向を間違ったり物につまずいたりするのだ。あのケイという女性のように杖を持って歩けば良いのだろうが……、きっとそれは紅倉のプライドが許さないに違いない。
並んで歩きながら芙蓉は紅倉の起こした地震のことを尋ねた。
「先生にもあんな力があるなんて知りませんでした。驚きです」
紅倉が無敵なのは霊に対してであり、直接ああいうSF映画のエスパーのような能力があるとは思わなかった。
「ああ、あれ。ぜーんぜん、わたしの力なんかじゃないわよ。来るときの雷といっしょ。この村にはとてつもない霊的エネルギーが充満しているのよ。それをちょっと刺激してやっただけ。恐るべきは、この霊的場の方よ」
「そうなんですか? わたしはあまり感じませんけれど?」
「美貴ちゃんは感じなくていいの」
紅倉は上げた手を振って銀の指輪をキラキラさせた。
「美貴ちゃんみたいな美味しいオーラ剥き出しにしていたら、よってたかって食べられちゃうわよ?」
うらめしや〜というポーズを取る紅倉に芙蓉は嫌〜〜な感じにブルッと震え、
「先生、是非、そういう物からはわたしを守ってくださいね?」
とお願いした。
「もっちろん。美貴ちゃんのオーラはわたしだけの物よ」
とこちらも背後霊のような寄生生物の紅倉がしゃあしゃあと言い、
「先生ならお好きなだけどうぞ」
とつんとしながら芙蓉はにやけた。
「ねえ、先生」
芙蓉は自分がいかにも田舎の人間に偏見を持っているようで、先生に嫌われるのを心配しながら、正直に自分の村人への感想を述べた。聞いた紅倉は、
「あらそうなの? ふう〜〜ん。わたしも同じ人間だと思って視ていたけれど、見た目もそうなんだ?」
となんてことないように言った。芙蓉は先生に嫌われずに済んでほっとしながら言った。
「やっぱり狭い村の中で、みんな親戚同士になっちゃっているんでしょうね?」
「それもあるでしょうけれど。…………美貴ちゃん。」
細い目で見られて芙蓉はギクッとした。
「な、なんです?」
「あなたも人のこと言えないわよ? 気づいてない? あなたとわたし、だんだん顔が似てきているわよ?」
「えっ? そうですか?」
「そうよ。あーーあ、初めて会ったときはあんなに凛々しい美少女だったのに、はあ〜〜あ〜〜」
いかにもがっかりしたようにため息をつく紅倉に、
「それはいったい誰のせいですか?」
と怒るのもアホらしく苦笑いしながら睨んだ。紅倉は自分のことは知らんぷりで持論を述べた。
「顔っていうのはね、相手に合わせて作る物なのよ。
会話をする時の顔って相手の反応に合わせて表情を作るでしょ? 相手が笑えばこちらも嬉しく笑い、相手が怒ればこっちも怒ってそうよねー?と同調し、相手が悲しそうにすれば悲しい顔をして思いを共有する。表情っていうのは相手の感情を読んで自分にコピーする物なのよ。
似たもの夫婦って言うでしょ? 長くいっしょに生活しているうちに、同じ物を見て、同じ事をして、同じ思いをして、お互いの表情を確認して段々擦り寄せていくのよ。
この村では村全体でそういうことを何百年と続けてきて、すっかり表情が、顔の骨格レベルまで、平均化されちゃったんでしょうね。
もっとも、テレビが普及するまでは日本中で地域ごとの平均化された『顔』っていうのがあったんじゃない? 今はテレビが日本人全体の顔を平均化させているんでしょうけれど、今も地域の顔がはっきり残っているのは珍しいでしょうねえ」
芙蓉は村のことなんかどうでもよく自分たちのことを訊いた。
「わたしたちってそんなに似てきてます?」
「ええ。気を付けなさいよお?」
「おかしいですねえ? わたしには先生の方こそどんどん顔がふやけてきているように見えるんですけれど?」
「ええ〜〜? そんなことないもーーん!」
フンッ、とそっぽを向く紅倉を、芙蓉は『自分が言ってるくせに』と可笑しくて、笑った。