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38,村長

 確かに村長の家はすぐそこで、広場に面した小さなお城のような家がそうだった。

 ここは豪雪地らしく土台の高く作られた家が多いが、村長の家は土台が石積みで2メートルもあり、寺の山門みたいな玄関は四方の柱が図太く、屋根も厚い黒瓦の山屋根で、いかにも堅牢だ。その後ろに2階建ての母家があり、裏手で横に伸びた渡り廊下で離れにつながっているのもお寺っぽい。人徳者で面倒見がいいと評される村長だから、いざというときの避難場所にもなっているように思われる。

 階段を上がって玄関の引き戸をガラガラ開け、

「村長ー。お客さんですよーー」

 助役が奥へ大声で呼びかけた。

 しばらくして袴姿の老人が達筆すぎて芙蓉にはまったく読めない書のついたての前に立ったが、それはまるで金田一耕助の映画のワンシーンを見るようだった。

「ほい、お客さんとな」

 80になろうかという老人は、小柄だがまだしゃんと背筋が伸びて肩が張っていた。さすがに頬の肉が落ちていささか締まりがなくなっているが肉厚の顔で、ギョロッとした大きな目玉に割れた筆で引いたような図太い眉毛をして、白髪の達磨大師みたいな風貌だ。表の表札には「樹木」とあった。

「村長。こちらペンションにお泊まりだそうですからご案内いたしましたえ。歓待してくださいましよ」

 助役に明るい声で言われて村長は、

「うん」

 と鼻ひげの下で口を結んでうなるように言い、大きな目玉でじいっと芙蓉と、紅倉を見て、

「うん。ではお上がりなさい。茶でもお出ししよう」

 と、気が早くさっさと廊下の奥に入っていこうとし、助役が、

「それでは千枝子さんを呼びましょうかいな?」

 と声を掛けると、村長はうるさそうに手を振って、

「ええよ。おまえさんもええから、祭の監督してなされや。お客さんの接待くらい、このジジイの仕事じゃ」

 と、

「さあさ、お上がんなさい」

 と芙蓉紅倉を手招いた。

「それではお邪魔します」

 紅倉は上がりがまちに気づかず危うくつまずいてすっ転びそうになり、芙蓉にさっと腕を抱き留められた。いつものお約束であるが、土間と廊下の段差も高い。達磨の村長は、

「そそっかしいお人じゃなあ」

 と呆れながら左に入っていって、奥から障子戸の開く音がした。芙蓉は紅倉のブーツを脱がせてやり、

「勝手に先へ行くんじゃありませんよ」

 と釘をさして自分も靴を脱いで紅倉の分と揃えて、

「さ、行きましょう」

 と紅倉の手を捕まえて左へ向かった。それを見送って

「それじゃよろしくおねがいしまーす」

 と助役は戸を閉めて出ていった。

 角を曲がって窓から広場を見下ろし、少し行って右に曲がって、障子2枚分の部屋を過ぎ、隣の部屋の障子が開いたままになっていて、

「お邪魔します」

 と覗いた。こちらは障子4枚分、畳8枚の和室だ。白黒の山水画の掛け軸の床の間を背に村長が座り、

「どうぞ、お座んなさい」

 とテーブルの向かいを手で指した。芙蓉は紅倉を連れて入りながら、

「正座はご勘弁願えますか? 先生は正座をすると立てなくなっちゃいますので」

 と言った。達磨村長は

「ほんに最近の若い者は」

 と呆れたが、

「ええよ。こんなジジイ前にかしこまることもありゃせんわな」

 と砕けた口調で許した。

 芙蓉は自分もちゃっかり脚を崩して座ると天井を見上げた。吹き抜けになって、屋根の支えの太い梁が剥き出しになっている。2階部分の壁には前後とも障子の窓がある。芙蓉はそこに忍者でも潜んでこちらを窺っているような想像をした。柱の黒く焼けた様子や白い塗り壁の黒ずみ具合から相当古く感じるが、今この家をそっくり新築しようとしたら億を越えるかも知れない。

 火鉢に炭が赤く焼け、網に置いた鉄瓶からしゅんしゅんと湯気が上がっている。村長は湯を湯冷ましに入れ、その湯を三つの茶碗に入れ、しばらく茶碗を温めて捨て、改めて湯冷ましに入れて軽く冷ました湯を急須に注ぎ、煎茶を茶碗に順々に入れ、

「ほい、どうぞ」

 と、二人に配り、自分の前にも置いた。

「お先に失礼して」

 と、一口含み、

「ふん。ま、こんなもんじゃろ」

 と茶の出を確認した。

「どうぞ、お飲みんさい」

「いただきます」

 芙蓉は一口飲んで、

「あら美味しい。いいお茶使ってますね?」

 と肥えた舌で褒め、一方

「先生にはまだ熱いです」

 と紅倉から茶碗を取り上げようとした。紅倉は

「飲めるもーん」

 と茶碗を両手で囲って、コクンと一口飲んだ。

「ほら」

 と威張られて芙蓉はしょうがないなあと思った。二人がお茶を飲むのをじっと見ていた村長は、

「ま、一応訊いてみるがの、……お二人さん、こんなへんぴな村に何しに来なさった?」

 と半分くらいあきらめた顔で言った。芙蓉は横目で紅倉の様子を窺い、紅倉はふーふー冷ましながらお茶を飲み、

「お茶菓子は出ないの?」

 と訊いた。村長は口をへの字にして笑い、

「この村にしゃれた菓子屋なんぞないわい」

 と言い、じいっと眉毛を水平にして紅倉を見つめ、一段低い声で、

「ほんに、何しに来よったんじゃ?」

 と訊き直した。今度はじっと睨むような目になっている。

 紅倉はぺろりと唇を舐め、

「安藤さんは、どこにいるんです?」

 と、村長を睨み返して訊いた。

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