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37,村の中央

 紅倉と芙蓉は坂道を下りて村の中心向かって歩いていった。平中は広岡夫妻やオーナー夫妻から村と安藤に関する情報を聞き出すよう言ってペンションに残してきた。

 広岡氏に聞いたことで、大字村はその名の通り「大」の字の形をしているが、村の中心からそれぞれの頂点に向かって道が延び、村の外へと続いているのだそうだ。けれどまともに外に通じているのは頭の部分と向かって右の脚…つまりペンションの前の道の2本で、後は芙蓉たちが来た左脚の道がかろうじて通れ、両手の道は完全な山道で車は通れない。頭の道はずうっと山間を通っていって、日本海側へ向かうそうだ。ここまでやってきた国道156号線、併走する東海北陸自動車道の更に奥を地形に合わせて蛇行しながら走っていくようだ。

 村を走る5本のメインストリート、なのだろうが、車1台半くらいの道幅しかない。両脇をとうに刈り取りの終わって切り株が白くなった田圃と、冬の菜物が青々茂った畑が続き、所々にぽつぽつ昭和前期ではないかと思われる古い家が建っている。いかにも古いが、しっかり人が生活していてゴーストタウンのような不気味な静けさはない。道の片側を水路が通っていて、村の特徴である水車が回っている。水車には小さな作業小屋が付属して、水車が回る軸の回転とバシャバシャ水を掻く音と板から水が滴り落ちる音と共に、小屋の中からも何か大きな物がグルグル回っている音がする。水車は山から流れる水が豊富で回転が速い。

 村の中心に近づいていくと赤い鳥居の向こうに村人たちの姿が見えてきた。年神様をお迎えする準備のお祭りということだったが、トンカンと板に釘を打つ音が響き、広場にちょっとした小屋を建てているところで、脇にはいっぱいわらの束が積まれていた。老若男女の村人たちはその作業にいそしみ、周りで見守り、近づいてくるよそ者を見つけて警戒した顔を向けた。歩きながら、芙蓉は紅倉に訊いた。

「先生。この村の人たちや、ペンションの家族や広岡夫妻はこの土地の霊気に晒されて平気なんでしょうか?」

 ペンションの海老原ファミリーは1年以上ここに住み、広岡夫妻は、奥さんは今回初めて同行したそうだが旦那は何度も訪れているそうだ。両者に芙蓉が車を降りた直後に襲われた変調の様子は見受けられなかった。弟子の問いに紅倉は答えた。

「霊的に鈍感な人は平気なんでしょうね。わたしたちは霊的に『敵』という意識でここに踏み込んで、ここの霊波と対決する形で対面したから、美貴ちゃんは負けて気分が悪くなったのよ。そういう意識のない人は、霊的に鋭い人は何か変わっていると感じるだろうけれど、おそらく、その正体を知ることなく、かえって神秘的に良い方に解釈してしまうかも知れないわね」

 芙蓉は「負けた」と言われて面白くないが、紅倉はからかうことをしないで説明した。

「ここは彼らの結界の中なのよ。心構えなしに踏み込んでしまったら、あっという間に霊体を染め上げられて感覚を彼らの都合のいいように操られてしまうでしょう。村の共同体意識に感化される、ってことかしらね」

 芙蓉はじっとこちらを緊張した面もちで見つめる村人たちを見ながら、外の人間だからと言って広岡氏に心を許すのは危険だなと考えた。海老原一家にも気を付けなければならない。食事に毒でも盛られたらたいへんだ。

 ざっと見たところ集まっている村人たちは30人ほど、老若男女と思ったけれどやはり高齢の者が多い。小屋を建てる作業をしている5人は30代40代の働き盛りだが、周りは60以上のおじいさんおばあさんが大半で、他に学校が休みの小学生が3人見える。ティーンエイジャーの若者はいない。

「こんにちは」

 紅倉がにこやかに挨拶すると、野良仕事の作業着を着た村人たちは固い警戒した顔をうなずかせて挨拶を返したが、その中から慌てたように灰色の事務服を着た50代の男性が出てきて、硬い皮膚にしわを刻み込んだ四角い顔を笑わせて挨拶した。

「こんにちは。ペンションのお客さんですか?」

「ええ」

 と芙蓉は答えて後ろを振り返った。なるほどペンションの緑色の建物が丸見えで、駐車場に置かれた愛車のシルバーパールのルーフも覗いて見える。外部からの侵入者のチェックはバッチリと言うことか。

「観光でいらっしゃったんですか?」

「ええ、まあ」

「ペンションにお泊まりで?」

「ええ」

「それはよかった」

 村人代表の男性は嬉しそうに口を大きく笑わせ、黒ずんだ顔を紅潮させた。目が小さくおどおどした印象だが誠実で人が良さそう……に見える。

「実は、これこの通り、明日祭があるんです。昼のお祭と夜のお祭があって、夜のお祭は秘祭ということでお見せできないんですが、昼のお祭は振る舞いもたくさん出ますから是非遊びにいらしてください。

 あ、わたくし、こういう者で」

 男性は、こんなへんぴな村にめったに客などありそうもないのに、準備よく胸ポケットから名刺入れを取り出し、名刺を1枚芙蓉によこした。

「大字村 助役

  賢木 又一郎(さかき またいちろう)」

 とあり、村役場の電話番号があった。そういえばちゃんと電信柱が道々に立って電気が引かれている。ちゃんと外界とつながった文化的な生活を送っているようだ。賢木助役は赤黒い顔でニコニコ笑って

「村のことでお困りのことがありましたらなんなりとご相談ください」

 と言った。

「ありがとうございます」

「あの、これから村長にお会いいただけませんか?」

「村長さんに?」

「ええ。ご案内いたしますんで、是非」

 芙蓉が警戒する素振りを見せると人の良い助役がいささか困った顔をして言った。

「いやあ…、せっかく来ていらした外の方にこう要求しては不興を買われるでしょうが、実は昔からの村の決まり事でして。

 村に来た者は庄屋に面通りして許しを得ねば村にとどまることまかりならん。庄屋が許しを与えない者を世話する者は村の裁きを受けねばならぬ。

 と、まあ、昔からの決まり事でして…。いえ、現在そんな厳しい取り締まりのようなものはないんですが、ま、これも古くからの伝統でして、形だけ、村長にご挨拶いただけませんでしょうか?」

 助役はニコニコ腰を低くお願いするが、その物言いと周りの村人の雰囲気から要求を受け入れなければ収まりがつかないようだ。

「先生。村長さんにご挨拶してくださいって」

「いいわよ。郷に入りては郷に従え。これも旅の楽しみよね?」

 と、旅行なんて大嫌いの紅倉がしゃあしゃあと言い、芙蓉は

「では、案内、よろしくお願いします」

 と助役に頼んだ。助役はほっとした顔をして、ニコニコ、

「それではこちらへどうぞ。すぐそこです」

 と手で先を示して歩き出した。後に付いて歩き出した紅倉は

「レッドカーペットを歩くみたいねえ」

 ととんちんかんなことを言い、芙蓉はいつもの厳ついボディーガードのつもりで斜め後ろについて歩いたが、ふと、ポカンと口を開けて田舎丸出しの汚れた顔で見つめている男の子と女の子に気づいて軽く微笑んでやった。小学校1年生と3年生くらいの男の子と女の子は都会の綺麗なお姉さんに微笑まれて「ニカッ」と嬉しそうに大口開けて笑った。

 助役は広場を通って二人を案内し、やがて止まっていたトンテンカンと釘を打つ音が再開し、村人の注目が小屋の作業に戻った。横切りながら芙蓉は積まれたわらに、わらを束ねて作った実物大の人形が二体寝かされているのを見て内心ギョッとした。

 自分たちが到着するのにタイミング良く行われるお祭は、本当に年神を迎える準備のための祭なのだろうか?

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