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32,村の入り口

 空は雷と豪雨が洗い流したかのごとくすっかり青く晴れ上がっている。

 再び美山に戻ると紅倉は

「ちぇー、乗ってこなかったか」

 と何やらニヤニヤし、なんのことか分からない芙蓉に、

「ま、いいや。行きましょうか?」

 と美山鍾乳洞の先へ向かうよう指示した。しばらく国道を行き再び市街地に出たが、そこで山の方へ向かい、そこから先はかろうじて車一台分の幅がアスファルト舗装された農道のような道を進み、どんどん峠に入っていき、まったくどこに向かっているのか森の中の道へ折れ、アスファルト舗装が終わって土の壁に囲まれたどん詰まりに行き着いたと思ったらこれまた分かりづらい中途半端な位置に木の根で迷彩されたような細い道があり、立ち往生してどうにもならなくなる不安を抱きながら入っていくと、細い道幅のまま、10メートルほどの下り坂に出会った。10メートルほど下った後、また同じ急な角度で上り坂になっているが、その底に激しいしぶきを上げて水が溢れ出していた。水は左の壁の割れ目から流れ出し、右の壁の割れ目に流れ込んでいる。この流れが普段からあるものなのか先ほどの豪雨で溢れ出したものなのかは分からない。紅倉は行けと指示し、芙蓉は坂道を下っていった。向こうの坂を上るためスピードを上げて下っていったが、底の流れに突っ込むようで平中は恐怖を覚えた。左のボディーをバシャバシャ水に叩かれながらフロントのバンパーをギリギリかすめて上り坂に乗り上げ、ローギアで上っていった。坂の頂上を越えるとまたうねうねした峠道を進み、明るい斜面を走ったかと思うと、谷間に入っていき、高い針葉樹の枝の間から遠い青空を覗き見るようにして、また一つ峠を越えた。

「着いたわ」

 紅倉が言ってしばらく進むと、前方の風景が開け、峠に囲まれた盆地の村が見下ろせた。


「ようこそ、『大字(おおあざ)村』に」


 茶目っ気たっぷりに言う紅倉の案内に、芙蓉は殺伐とした眼差しで村を眺めた。眩しい青空のせいか、一種の幻のように妙に白々と見える。平中も緊張した横顔で身を乗り出している。

 道はそのまままっすぐ村に下りて行くが、途中村をぐるりと取り囲むらしい斜面の道と交わり、紅倉はそっちを行ってみましょうと芙蓉に指示した。

 進んでいくと斜面の向こうが開け、村は意外に広いことが分かった。土地が広がり、きれいに耕された畑の縞模様とぽつぽつと点在する小さな家が見えた。ざっと見渡したところ5、60戸もあるだろうか? 大きな家もいくつか見受けられる。どれもこれも木造で古そうだ。現代的なコンクリートの建物は見当たらず、学校や病院といった公共の施設もあるんだかないんだか分からない。

 目立つのが水車だ。

 あちこち村中、今走っている斜面にもいくつも建ち、当然水流がある。あちこち山中のわき水を引いているのか人工の水路にさらさらと日に輝く豊かな水が流れている。斜面の水路は一気に駆け下るのを避けるためか斜めに下りていき、それがあちこちあるものだから螺旋状に、すり鉢の溝のように思える。

 日の当たる北側の斜面に段々畑が作られているが、これも土砂崩れを警戒してか斜めにずらしながら全体の3分の1くらいの面積にとどめている。斜面のその他の面はすっかり紅葉の落ちた裸の木が覆っている。

 斜面の道は急なカーブで向こうの面へ曲がっていく。村はこのようなギザギザに囲まれながら丸い形をしているようだ。芙蓉の目測でだいたい直径700メートルくらいだろうか。盆地は周りの峠の6合目から7合目くらいの位置にあり、ここまで上ってきた山道を考えると村の標高はふもとの市街地に比べてだいぶ高いだろう。

「先生。建物があります」

 ハンドルを握る芙蓉が斜面を転げ落ちないように気を付けながら前方の木の陰から現れてきたモダンな建物を見て言った。道は普通車には十分な幅があるが縁は道路を掘り出す際に出たと思われる黄色がかった石が積まれて垣になっているがガードレールとしては心許なく、誤って乗り上げたらいっしょにガラガラ斜面を転げ落ちていきそうだ。道は剥き出しの土で、アスファルト舗装などされておらず、村の中を走る道も同様だ。ぽつぽつ小型のトラックや4WDらしいワゴン車が道ばたに放置されたように止まっている。

 山の斜面に現れた、白地に緑と赤でペイントされた村で唯一と思われるカラフルな建物は、「ペンションもみじ」と壁に書かれた、その名の通りペンションらしく、芙蓉の車が入ってきたように山から村へ下りていく道に面して建ち、隣に森を切り開いた車4台分の駐車場もあり、2台の普通車が止まっていた。芙蓉はブレーキを掛け、言った。

「どうやら全くの隠里でもないみたいですね?」

 こちらの道の方が幅が広く整備された感じで、山の中をぐるぐる回ってやってきたのはなんだったのかと馬鹿馬鹿しく思われた。芙蓉は後ろへ身をよじり、紅倉に尋ねた。

「ペンションですって。どうします?訪ねて、話を聞きますか?」

 紅倉はうんとうなずき、言った。

「泊めてもらいましょう。山道を戻ってまたここに来るなんてうんざりだし、他に旅館もないでしょう?」

「ええ、多分。でもここ、部屋が埋まっているかもしれませんよ? 車が止まってますから、お客さんかもしれません」

「へー、そうなの? ここって観光に良さそうな所なの?」

「あまりそうも見えませんけれど……、水車がいっぱいありますよ? 綺麗と言えば、綺麗かしらねえ?」

 芙蓉は首をかしげて平中に意見を問い、平中も今一度村を見渡してうなずいた。

「古き良き時代の、っていう感じはするわね。うん、観光地として行けるんじゃないかしら?」

「案外それがこの村の表の顔かもしれませんね? とにかくペンションに行ってみましょうか?」

 芙蓉は車を進め、縦の道に入り、奥の駐車場の空いたところにバックして止めた。

 シュルッとシートベルトを外しドアを開けた芙蓉は、

「うっ、……」

 とうめいてよろめき、ドン!とフレームに体を打ち付けるようにしてすがりついた。ぬっと伸びた紅倉の手にコートを掴まれて芙蓉はハッとした。

「なんでしょう、ひどく気分が悪くて頭が……」

 紅倉は車の内側から芙蓉の服を掴んだままドアを開け、出てくると急いで芙蓉を捕まえ、頭を押さえ、背の高い芙蓉を屈ませて自分の胸に頭を抱き込んで両手で包み込むようにした。

「美貴ちゃんにここの空気はきついでしょうね。わたしにくっついてないと駄目よ?」

 芙蓉は紅倉の背に腕を回してぎゅっと抱きしめた。

「ああ先生、もっとぎゅうっと」

「こらこら」

 紅倉は笑いながら芙蓉の頭を撫でてやり、平中に訊いた。

「あなたは? 大丈夫?」

「ええ。特に何ともありませんが?」

 平中はむしろ車内のこもった空気から解放されて晴れ晴れしたように言った。ただ場所が場所なので緊張は窺えるが。紅倉は、

「そう。あなたが鈍感で良かったわ」

 とからかうように笑ったが、

「でもだんだん影響を受けてくるでしょうね」

 と警戒し、

「ああそうだ」

 と思いついた。

「美貴ちゃん、女神様あるわよねえ? 出して」

「はい」

 芙蓉は紅倉の胸から顔を上げ、紅倉は背中に手のひらを当ててやった。芙蓉は後部座席に置いた箱形の旅行カバンを開け、底から平たい桐の箱を取り出した。ふたを開けて紅倉に差し出し、こちらに回ってきた平中も覗き込んだ。紅倉は

「紅倉美姫謹製」

 とお茶目に言いながら柔らかい紙にくるまれた高さ5センチほどの物をつまみ上げ、中身を取り出した。シルバーの両手を胸の前に合わせ背中に大きな翼を畳んだ女神の像だ。

「懐かしいわね?」

 と紅倉は芙蓉に微笑んだ。芙蓉が紅倉のアシスタントになってからしばらくはこのアイテムをお守りや結界を張る道具としてよく利用していたが、以心伝心でつながるようになって使う必要が無くなっていった。紅倉は両手にくるんで

「えいっ!」

 と今一度念を込め、

「じゃあこれは平中さんにあげましょうか。ネックレスにして身に付けていてください」

 と渡した。背中にリングがついていて紐を通せるようになっている。平中は受け取って、シャツの中にしまった婚約指輪のネックレスを引っぱり出すとチェーンが通るのを確認して言った。

「首がこりそうだわ」

 紅倉はノンノンと指を振り、

「霊波のバイブレーションで霊体がほぐれて気持ちいいはずよ? 磁力を仕込んでおけば完璧だったかしら?」

 と言って平中を笑わせた。箱の中にはまだ3体女神像が入っていたが、

「美貴ちゃんにはこっちがいいかな?」

 と、シルバーの無垢の指輪を4つ全部取り出した。芙蓉は

「婚約指輪は先生と一つずつでいいですよ?」

 と言ったが、紅倉は冗談に乗ったわけでもないだろうが

「それもそうね」

 と言い、二つを芙蓉に渡し、自分も左右のそれぞれ薬指にはめた。芙蓉も同じようにはめ、

「ぴったり」

 と手をかざしてくるくるした。

「リンク」

 と紅倉は両手を開いて芙蓉に向け、芙蓉は手のひらを重ねた。ゾクリと震えが走った後指輪から体内に強い力が流れ込んでくるのを芙蓉は感じた。

「これを使うのは初めてですよね?」

「そうね。作ってはみたけれど、はいこの通り、シンクロが強すぎてまだ美貴ちゃんには使わせられなかったのよね。今なら使いこなせるでしょう」

「はい。もうすっかり先生の霊波が体に染み込んでますからねえ」

 芙蓉はすました顔で言って、両手の指輪を眺めて嬉しそうに笑った。

「気分はもう大丈夫?」

「はい。落ち着きました」

「そう。じゃあ、最初の手がかりにアタックしてみましょうか」

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