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31,邪魔者は消せ!

 公安は面白くなさそうな顔になって続けた。

「そこで本題だ。

 ここに紅倉が現れたら、我々で処理するから、君らは、黙って、何もするな。

 いいですな?」

 村長はもはや否を唱えるつもりもなく尋ねた。

「我々としても紅倉を遠ざけてくれるのはありがたいが、処理、とは? 紅倉は警察に協力的な人物ではなかったのかね?」

「去年まではな」

 フン、と公安は腹立たしげに鼻息を吹き、冷静に官僚的口調で言った。

「あの女は図に乗りすぎてしてはならないことをした。さっきの話で言えば、あの女は愚かにも政界に立てなくてもいい波風を起こして、日本国を翻弄した。そうした真似は、個人に許されることではない」

 紅倉は去年大物政治家の裏献金疑惑を暴き、その影響は大きく政界に広がっていくこととなった。もっとも騒動はその後紅倉の仕掛けておいた「落とし穴」によって疑惑そのものが疑われるようになり、大物政治家の死去と共に潮が引くようにうやむやに消えていったのだが。

「そういうことの許されるのは我々だけであらねばならない」

 公安は黒く唇を歪ませ、また官僚の鉄面皮に戻った。

「あの女は日本国にとってきわめて有害な存在になった。この際ちょうどいいから紅倉には消えてもらう。その証拠となる周りの人間も含めてな。だからあんたらはいっさい何もするな、何も見るな、何も聞くな。分かりましたな?」

 噛んで含めるように言い、公安は村長の返事も聞かずに満足そうに微笑んだ。

 しかし村長は、

「いや、それについてだが、」

 と、待ったをかけた。

「あんた方公安が紅倉を殺すのは拙い」

「何故かね?」

 公安は少しばかり不快そうに眉をうごめかせて訊いた。

「さっきの電話だ。紅倉は天満宮に『自分が公安に殺されたら祟り神となって日本国をめちゃくちゃにする』と願掛けしたそうだ」

 公安はチェッと舌を打ち、

「なにい?」

 と眉をひん曲げた。

「祟り神だと? まったくあの女、何様のつもりだ? おいあんた、神様っていうのはそんな馬鹿な願いをお聞き届けになるものなのかね?」

 村長は自分たちの専門分野にニヤリと笑って言った。

「神は力だよ。それに善なるものを期待するのは人間の勝手だ。神とは、時として人間の味方とは限らないよ」

 公安は話そのものはどうでもよく、ひたすら迷惑そうに顔をしかめて訊いた。

「それで、神様が力を貸したとして、死んだ紅倉に日本をどうこうできるほどの力があるものかね?」

「紅倉に関してはそちらの方が詳しいんじゃないのか?」

「我々が関心を持っているのは彼女の巻き起こす現象の方でね。で、どうなんだね?」

 村長はニヤッと意地悪そうにして言った。

「紅倉美姫という女、個人としては化け物だよ。あれだけの強い霊力を生身で持っている人間は世界にもそうおるまいて」

「死んだらどうなる? そのまま化け物みたいな悪霊になるのかね?」

「さあ……。おそらく本人にも分かるまい。だから神社に願掛けして、いわば、自分に呪いを掛けたんだろう。日本政府を転覆させるほどの大怨霊となるのも、あり得んことではあるまい」

「まったく、どこまでも腹の立つ女だ」

「どうだろう?」

 村長が膝を進めるようにして言った。

「紅倉のことは我々に任せてくれぬか?」

 公安は冷たい視線をよこした。

「我々の決定は紅倉美姫の抹殺だ」

「承知……しよう」

「ほう? その覚悟があるか? ……公安でなければいいのか?紅倉を殺すのが?」

「条件を欲張っては神も願いを聞いてはくれまい」

「公安だけ目の敵か? 女も分かってるじゃないか」

 公安はいやらしく笑い、フンと仏頂面になると村長に命じた。

「では、君たちに任せることにしよう。ただし、我々が、君らも、見張っているということを忘れずにな?」

 村長も面白くない顔で重々しくうなずいた。

「心得ている」



 村長の家を出ると公安日本太郎は携帯で電話をした。登録番号を呼び出すと現代音楽風の電子音が鳴って相手方につながるまでしばらく待たされた。回線を電子暗号化し、あらゆる、追跡から先方の位置を知られないように設計されている。ようやく相手が出た。

「俺だ。あんたの読み通り面倒が起こった。紅倉が神社に願掛けして自分が公安に殺されたら祟り神になって日本をめちゃくちゃにすると自分に呪いを掛けたんだそうだ。あんたどう思う?」

 公安は額をえぐるような深いしわを刻んで電話の声に耳を傾け、うん?と目を剥いた。

「村の連中に任せてしまっていいのか? あんたは動かんのか?」

 再びじっと耳を傾け。

「なるほど。分かった。この電話は大丈夫なんだな? ……ああ、奴らを見張るよ、これまで通りにな」

 話を終え、公安は通話を切った。

「まったくどいつもこいつも、腹立たしいことだ」

 日本国の正常な運営を陰で守っている自負のある彼は、霊力だの呪術だの陰陽道だの、訳の分からないオカルトに引っかき回されるのが実は嫌でしょうがないのだった。

「いっそみんなまとめて消しちまえばいい。この国に神はもういらんよ」





 暗闇にぼっと灯ったろうそくに照らされて一人の男が座っていた。

 ろうそくは前二つ後ろ二つの四方に置かれているが、どうやら広い部屋らしく壁に灯りは届いていない。床は黒い板間である。

 この青みがかった色のろうそくは、ふつうのろうそくではなかった。屍鑞。人間の死体が冷たい無酸素状態などの条件下に置かれて脂肪が鑞のように変化した物から作り出されたろうそくだった。

 男は人間の死体を燃やす灯の中、生身でこの世にありながら同時に冥界に身を浸していた。

 男は身を現世に置きながら、その場所は外界の情報をいっさい遮断して、その位置を隠していた。

 それでも携帯電話はつながる。

 公安との話を終えた男は携帯電話を傍らの文机に置き、軽く目を閉じ、ごく周囲の霊波を探った。

「よし。乱れはない」

 男は自信に満ちた様子で目を開けた。

 年の頃は三十を少し越えたほど。むしろの上にあぐらをかいた姿だが、背は高くなく、顔が大きい。坊主頭が自然に伸びたようなばらばらの髪をしている。天平期の大仏のように面長なつるっとした肉厚の顔をしているが黒目が異様に小さく、酷薄そうで、ありがたみは皆無だ。

 黒い着物を着ているが、その装身具が異様だ。

 直径10センチほどの丸鏡を4、5枚ずつつなげて、首から股へ、背中へ、両方の肩へ垂らしている。

「俺のことを探ろうという小賢しい策だろうが、あいにくと俺はおまえごときそれほど恐れてはいないのでな」

 男は木のうろにぼうぼうと響くような低く輪郭のはっきりしない声で言って、笑った。

「弓弦(ゆづる)の奴がまるで歯が立たなかったようだが、奴など、物の数にもならぬ」

 苅田弓弦の名誉のために言うならば、彼は紅倉とは直接戦っておらず、かえって紅倉たちをかばう形で事故に巻き込まれて気絶してしまったようなものなのだが、それを知っても身内であるこの男は不遜に鼻で笑うだけだろう。

「紅倉美姫。どれほど能力が高く、霊界のことを知ったつもりになっていても、おまえのは所詮小学生の算数レベルだ。陰陽道の本流を極めた俺の高等数学は世界が違うのだ。おまえは俺には勝てんよ」

 男はさっと両の袖を払い、瞑想に入る体勢を取った。

「おまえは連中相手にせいぜい踊るがいい。俺の式はすでに立っている。生き残って、俺の姿を見ることがあれば、それがおまえの死ぬときだ。どれほどの怨霊に化けるか俺に見せてみろ」

 男が目を閉じ瞑想に入ると、炎の色が暗く黒みを帯びて、男の姿を闇に沈めた。


 闇にじっと息を潜める男。

 名を土亀恵幸(どきさとゆき)と言う。

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