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27,障壁

 旅行3日目。

 朝起きると芙蓉は朝寝坊の紅倉をそのままに朝食の調達がてら町の散歩に出かけた。

 地図を見て「街」と思っていた芙蓉の認識はちょっと外れていた。古くからの城下町である蜂万町は目立つ大きなビルのない小さな家並みの昔ながらの面影を残す観光の町だった。オリジナルの城は失われてしまったが、再建された天守が山の上から町並みを見下ろしている。

 山間のこの地は清流が豊かで、路地を水路が走り、名水白雲水が有名だ。こちら地方に疎い芙蓉は全く知らなかったが、板塀が連なり白壁の蔵が多く、周囲の自然と無理なく調和した風情ある小道の多い町は小京都として人気の観光地であるらしい。さすがに季節外れで観光客はまばらなようだが、春夏の祭には相当の人出で賑わうそうだ。

 もっと他人行儀なコンクリートの地方都市か、うんと寂れたゴーストタウンのような所を想像していた芙蓉は一気に緊張をそがれる思いがしたが、蜂万町の区域は広く、ミズキに教えられた美山はうんと山の中のはずだ。


 せっかくの観光地でただの旅行なら先生といっしょで楽しかろうと思うが、今日は空模様がどうも怪しい。空を覆う雲が変に銀色に明るく、遠くには対照的に黒雲の固まりがもこもことわいている。あれがいずれこちらに広がってきて、いきなりドッと大降りになるかもしれない。

 芙蓉はホテルに帰って先生を起こし、いっしょに食べ慣れたコンビニの菓子パンで朝食を取った。平中はホテルのレストランでモーニングセットを食べた。


 ホテルの駐車場を出発すると、この先のことを考えてガソリンスタンドで給油することにした。芙蓉のハイブリッドカーは当然ながらふつうのガソリン車よりガソリンの消費が少なくガソリン走行の燃費も良いが、山道ではやはり普段の感覚に比べてメーターの減りが大きい。

 セルフ給油スタンドに付けた芙蓉はドアを開け、反射的にクンと鼻を鳴らした。ガスの臭いが異様に濃く感じられた。降りる必要のない紅倉がドアを開け、平中も降りた。紅倉は空を見て、芙蓉にうなずいた。

「長居は無用、ってところね」

 給油を始めて、空が騒がしいので見ると、遠くで固まっていた黒雲がすぐ向こうの空まで迫って広がり、ゴロゴロと不穏な音をさせ、内部で閃光を放ち、稲妻を浮き上がらせた。と、

 カッと向こうのビルに稲妻が降り、ビシイッ!、ガラガラガラア、と、轟音が空気を振るわせた。

 芙蓉はじっと緊張した目で睨みつつ給油を続けた。いよいよ辺りが暗くなり、蛇行する太い白線が天と地を結んで辺りを青く照らしたかと思ったら、さっきと倍する金属をねじ切るようなすさまじい音と天から岩が降ってきたような轟音が体を震わせた。芙蓉は給油ノズルを握ったままじっと緊張し、平中は型を縮こめ真っ青になっている。

 道路を向いた紅倉が右手を突きだし、

「あっち向いて〜〜……、ほいっ!」

 と人差し指を左に振ると、目の前の景色が真っ白に光って青みを帯びた図太い電流が横に流れて走り、間髪入れずにバリッドガガガガガンと物凄い音が爆発し、平中は思わず後ろにひっくり返りそうになって腰をかがめた。

 カチッと音がして、

「はい、満タン」

 芙蓉は給油ノズルを元に戻し、自動精算機から小銭のお釣りを取り、

「さ、行きましょう」

 と紅倉にドアを開けてやり、中に押し込め、平中も急かしてエンジンを噴かし、ザアーーッと降り始めた太い棒の雨の中、車の流れを確認して道に出た。背後でピカッと光り、ピシャアッ、ガラガラガラア……、と音が背中を追い越していった。それから2度3度と光ったが、雷は別の方向に移っていったようだ。

 平中はようやく遠ざかった雷に安堵のため息をついて、

「死ぬかと思ったわ」

 と目の前を横切った光の龍のような稲妻をまざまざと思い出してブルッと震えた。

「危なかったわねえ」

 と芙蓉も同調し、

「先生、あれは『手のぬくもり会』の術者の仕業ですか?」

 とルームミラーに視線をやって訊いた。紅倉はうなずき。

「そうでしょうね。びっくりねえ、天気まで操って襲ってくるなんて。これは侮れないわねえ」

 平中は後ろへ顔を覗かせて

「でも先生にもびっくり。雷に『あっち向いてホイ!』なんて、マンガみたい」

 と楽しそうに笑った。紅倉は肩をすくめ、

「大きな霊力が動いていたから、ちょっと、肩すかしを食らわせてやっただけよ」

 と、なんてことないように言った。ルームミラーをちらっと見て、芙蓉は嬉しそうにニンマリ笑った。

「でもねえー…」

 と紅倉はうかないように言う。

「テストがこれで終わりだといいんだけど」

 にやけていた芙蓉は顔をきりっと引き締め、フロントガラスをワイパーが掻き分ける先から滝のように流れてくる激しい降雨の先を見て運転に集中した。


 道は市街地を抜けつづら折りの山道を登っていく。右に左に体を揺られるが、豪雨に緊張して平中も紅倉もかえって大丈夫なようだ。

 山の斜面に挟まれたまっすぐな坂道を下りていくと、

「美貴ちゃん」

 紅倉が注意した。激しいしぶきで白くかすむ道路に目を凝らすと、前方に杉の黒い幹が逆さに倒れて道路を塞いでいるのを発見し、緩やかにブレーキを踏んだ。

「まいりましたね」

 一応2車線道路だが、方向を変えるのは難しい。

「どこかに脇道があったかしら?」

 雨で周囲に気を配る余裕はなく、芙蓉は困り、とりあえずバックしようと左肩から後ろを振り返った。

「美貴ちゃん」

 紅倉が怖い目で言い、芙蓉は雨のカーテンの向こうに迫る大型トラックの影を見つけた。思い切りビイーーーーーーッ、とクラクションを鳴らしたが、坂道を下ってくるトラックが減速する様子はない。紅倉が言った。

「居眠り運転ね」

 芙蓉はビイーーッ、ビイーーーッ!と激しくクラクションを連続させたが、トラックはグングン迫ってくる。バックミラーを見て平中は顔を引きつらせ体をぎゅっと固くした。

 紅倉が

「パンッ!」

 と手を打った。「ビイイーーーーッ!」と芙蓉がクラクションを鳴らし、トラックは飛び起きたようにギイイイッ!とすさまじくブレーキをきしませて急停車した。激突まで2メートルもなく、運転席にゾッと目を見開いた中年の運転手の顔が見えた。

 「プップッ」とクラクションを鳴らし、芙蓉は傘を差してトラックの運転席に走った。窓を開けて顔を出す運転手と大声で話し、戻ってくると、トラックは黒い煙を吐きながらバックしだした。

「坂を上がったところに普通車なら通れる枝道があるそうです。カーナビにも登録されていない細い道ですが、美山鍾乳洞まで行けるそうです」

 紅倉は

「かえってラッキーだったかしら?」

 とすまして笑い、平中はドキドキしながら

「居眠り運転のことは言ったの?」

 と訊き、芙蓉は

「いいえ」

 と、これもすまして言った。すましている紅倉を見て、

「地元の人しか知らない抜け道を教えてもらったんですから、それでチャラですね?」

 とニヤッとした。雷で折れたと思われる杉の大木も運転手の居眠りも術者による「呪い」だろう。


 トラックがもくもく煙を吐きながら坂を上りきるのを見送って、芙蓉もパールホワイトのハイブリッドカーをバックさせていった。坂を上ると、なるほど樹木の陰に隠れて土の脇道が発見され、かなり細い道に車体が傷つくのを心配しながら入っていった。

 すっかりどこを走っているのか分からなくなってしまったが、まともな道路に合流してしばらく走ると、「美山鍾乳洞」の看板を見つけ、指示に従って走った。走っているうちに雨足が弱まり、明るくなり、日差しが戻ってくると、美山鍾乳洞の駐車場に到着した。

 車内から天井を空を透かし見るようにして、紅倉が言った。

「テストは終わったようね。今度は村まで迷路かしら?」

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