24,同病相哀れむ
「そっち行っていいかい?」
「どうぞ」
紅倉は前を向いたまま背中を丸めて言い、ケイが遠慮なく横にくっついてくると苦手そうに肩を縮めた。ケイは可笑しそうに笑った。
「わたしは敵だろう? そんなのにまで遠慮することはないだろう?」
「敵にはならないでほしいんだけどなあ」
「ふうん…」
ケイは考え、言った。
「ねえ紅倉さん。あなた、うちにスカウトされない?」
「『手のぬくもり会』に?」
「ええ。うちの趣旨には、あなたも賛同してくれると思うんだけど?」
「パス。わたしこれでも警察関係にお友だちが多いのよ?」
「知ってるよ。うちらが影ならあんたは光の当たるスーパースターだ。…別にね、正式会員になってくれなくてもいいんだ。嘱託でも、同盟関係でいいんだ。あなたがわたしたちに関わらないって約束してくれるだけでいいんだけれどねえ?」
「それは、これから自分の目で確認してみないと」
「ふうん」
ケイは口の端を引きつらせた。
「それは困るなあ…。あなたにはわたしたちのやっていることは見られたくないんだけど?」
「じゃあ……、敵、になっちゃうかな?」
「フン」
ケイはあきらめたように笑って視線を足元に向けた。
「落ち着いた?」
「ああ、だいぶね。昼間は駄目なんだよ。わたしの目は真っ黒に見えるんじゃなく真っ白に見えちまうんだ。ただでさえ昼間は眩しくて頭が痛くなっちまうっていうのにさ、山道なんてゲロゲロだよ。あんたは、全く見えない訳じゃないんだよね?」
「ええ。わたしは見えないんじゃなく、ものすごお〜く悪いだけだから」
「あっそう」
ケイは可笑しそうに笑って紅倉はムッとした。ケイは、
「いい…………のかなあ? それは?……」
と、ボソッとつぶやいた。
紅倉は顔を向けて訊いた。
「あなたは、何歳で?」
「16さ。それまではね、ふつうに見えていたんだよ、人の顔も、青空も。
あんたは? 元からそうなの?」
「さあ………………」
紅倉は首をかしげて考えた。
「子どもの頃は見えていた……はずなんだけどなあ?…… よく分かんない」
「ふうん。やっぱりあんたもその能力は、それなりのことがあって身に付いたものなのかな?」
「さあて? 覚えてません」
「そう。ま、それで幸せなんだろうね……」
しばらくして、うん、と思い切ったようにうなずいてケイはお尻を端の方へ運び、足を上げてハンカチで拭いた。
「あいつめ、タオルを用意していやがらねえ。男ってのは優しいふりしてこういうところが抜けてるねえ」
と文句を言いながら靴下をはき、ブーツを履いた。杖を頼りに手をベンチにしっかりついて立ち上がり、紅倉を向いた。
「じゃあね。お話しできて楽しかったよ。また……と言いたいけど、今度もこういう楽しい時間を過ごせるか分からないね。ま、そんときもそれなりに、よろしく」
「ああー…、そのことなんだけど……」
ケイはうん?と顔を向け、紅倉は物凄く困った顔で言った。
「あなた、犬を使うんでしょ? ……今も連れてるの?……………」
「フッフッフ」
ケイは嬉しそうに笑った。
「あんたも間抜けだねえ? それとも余裕?わざわざ自分の弱点を教えてくれるなんてさ? ああ、わたしの武器は5頭の大型犬たちさ。女の細首なんて一発で噛み千切るくらいのでかい口をしているよ。あんたもロデムっていうシベリアンハスキーを飼ってるんだろう?」
「ロデムはお利口だからいいの。あーあ、あなたみたいなのが敵ならロデムを連れて来るんだったわ」
「ご愁傷様。うちの五匹もお利口だよ、わたしに対してはね。仲間だってはっきり分かっているからね。でも、わたしがいなければ……、どうなるか?分からないねえー?」
「今連れているのはジョンだけなんでしょ?」
「ああ。四匹は仲間といっしょだ。わたしが仲間だって教えた人間は襲わないよ。もちろんミズキもね。でも、わたし以外にはなつかないからかわいくはないだろうね」
「嫌だなあ。わたしもあなたのお友だちだってよおく教えておいてくれない?」
ケイは愉快そうに笑って言った。
「さあーて、どうしようかねえ? ま、こっちの切り札としてじっくり考えておくよ。じゃあ、ありがとうよ」
ケイが行ってしまって、待っていたように芙蓉が戻ってきた。
「悪いお知らせです。ジョンというのは熊みたいに大きなリトリバー犬です。見た感じラブラドールみたいですが……、でかすぎますね。別の種類との混血でしょうか? ロデムより一回り大きいですよ。愛想がなくてぜんっぜん、かわいくありません」
「ああ、そう」
紅倉はげんなり肩を落とした。
「先生。あの人とずいぶん馬があったようですね? そこですれ違ったとき、蛭ヶ野峠のぶんすいれい公園に寄っていけって薦められました。何か面白いようですよ?」
「ふうーん、何があるのかしらねえ? ところで美貴ちゃん」
紅倉は弱々しく手を伸ばして言った。
「助けて。のぼせて倒れる」
芙蓉は呆れて背中と足を持って抱き上げ、ベンチに横に寝かせ、ハンカチで扇いでやった。あーあ、また無駄に出発が遅れるなあ、と芙蓉は内心ため息をついた。