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23,酔っぱらい仲間

「大丈夫ですか? ほら、足湯がありますよ?」

 こちらも車に酔ったらしい若い女性が連れの若い男に手を引かれてやってきたが、芙蓉は一瞬で体の中が凍り付くような戦慄を覚えた。

「うう〜〜、くそお、気持ち悪りい〜〜」

 女の方は今時のギャル、と言うほど若くはないが、まだ21、2歳といったところで、艶やかな黒い髪をしたなかなかの美人らしいが、口が悪い。連れの男は先に足を浸かっている三人に申し訳ないように苦笑しながらあいさつし、

「お隣、よろしいでしょうか?」

 と女のために訊いた。平中は笑顔で「どうぞ」と少し芙蓉の方に寄った。ちょっときついがもう二人くらいなんとか座れそうだ。

「ああ、僕はけっこうですから。さあ、ケイ」

 若い、子どもっぽい甘い顔をした……ミズキは、ケイをベンチの端に座らせ、ブーツを脱がせると、靴下を脱がせ、黒いコートのすそを膝まで上げてケイの手に押さえさせ、

「はい、どうぞ」

 と倒れないように背を押さえて足を持ち上げて湯船に入れてやった。

 目の不自由な様子の彼女の世話をかいがいしくするミズキを微笑ましく眺めて、平中はあら?と思い出した。

「あの、あなた、昨日の夕方、富山市のアーケード街を歩いてませんでした?」

 ミズキは立ち上がると

「ええ」

 とにこやかに答えた。そして顔を少し横にかしげて芙蓉を見て、

「芙蓉美貴さん」

 そして、

「それに紅倉美姫さんですよね?」

 と油断のならない目でじっと奥隣の紅倉を見た。

 紅倉はちょこんと頭を下げて

「こんにちは」

 とだけ言って前を向いてしまった。芙蓉の方は受けて立つと言った強い視線でミズキを見て訊いた。

「あなたたちは?」

「僕たちは……」

 ミズキはケイの顔を窺って言った。

「ただの通りすがりですよ。出先から家に帰るところでして。いやあ、有名人に会えてラッキーだなあ」

「うふふふふふ」

 ケイが平中がちょっと気味悪く思うような忍び笑いをして言った。

「ミズキ。あんた抜けてるねえ。わたしと紅倉を接触させちまったら駄目じゃあないか?」

 と、お湯に浸かった足をバシャバシャした。ミズキはハッとしまったと言う顔をした。

「あははははは」

 ケイは大笑いした。

「いいよ、もうばれちゃってるから。ねえ、紅倉さん」

 ケイが体を前傾して下から紅倉を覗き見て、平中は思わず体を引き、芙蓉は遮るようにぐっと奥の肩を前に出した。ケイは面白そうに笑いながら言った。

「ねえ紅倉さん。わたしがどういう人間か、もう全部分かっちゃってるんだろう?」

 紅倉はずっと前を向いて…足を入れている湯を見ていて、言った。

「まあね。なかなか……壮絶ね」

 ケイはフフンと自慢するように笑い、体を元に戻した。平中は強張った顔でケイとミズキを見てかすれた震え声で言った。

「あなたたち……、まさか……」

 ケイはニッと白い歯を見せて言った。

「毎度お騒がせしております。『手のぬくもり会』の者でございまあす」

 平中は飛び上がろうとして芙蓉に肩を抱き留められ、代わりに芙蓉が湯から足を出して立ち上がった。

「まあまあ、美貴ちゃん。平中さんも、落ち着いて。ねえあなたたち」

 紅倉はようやく横を向いてケイを見た。

「ここでわたしたちを殺すつもりはないわよねえ?」

 ケイはうなずいて言った。

「もちろん。誰がそんな物騒なことするもんかい」

「だそうです。美貴ちゃん?」

 芙蓉は平中を紅倉の方に詰めさせ、自分がケイの隣に座って改めて足を湯に入れた。落ち着いたところで紅倉が訊いた。

「それで? 何をしに来たの?」

「別に。あんたの顔を拝みに来ただけさ。村まで道案内してやろうかと思ったんだけどね…、ミズキ、お姉さんに村の住所を教えてあげな」

 芙蓉への警戒心で固い顔をしていたミズキはちらっと不満そうに眉をひそめて訊いた。

「本当にいいんですか? この人たちを村に入れてしまって?」

「ふふ、ミズキ。あんたの忠犬ぶりはかわいくて好きだけどね。いいんだよ、どうせ紅倉美姫さんはたどり着くさ。でも、ひどい方向音痴とも聞くからね、これ以上山道をぐるぐる走り回らせてグロッキーにさせるのもお気の毒だからねえ。教えてやりな」

 ミズキは怒ったようにぶっきらぼうな声で言った。

「岐阜県大字(おおあざ)村。と、カーナビに入力しても出ないだろうから、群上市蜂万町美山へ行ってください。後は……どうぞご自分で」

 これでいいですか?と言うようにミズキはケイの横顔を見て、ケイは意地悪そうにニンマリ笑い、

「ま、そうだね。そこまで行けば紅倉さんなら簡単に見つけられるだろうね」

 と言った。隣の芙蓉はジロッと横目に睨んで、やけに先生を持ち上げるなあと思った。ケイが続けて言った。

「わたしらはお先に帰って紅倉さんの到着をお待ちするよ。本部のお偉いさんはわたしがあんたたちに接触するのを嫌っているようなんでね。ま、無事のご到着をお祈りしているよ。じゃあね」

 ケイは足を上げて外側へ体の向きを変えようとしたが、その途端ぐらっとベンチから転げ落ちそうになり、芙蓉とミズキが同時に手を出したが、位置的に芙蓉が抱き留めて起こしてやった。

「ああ、ごめん。くっそおお……、まだムカムカしやがる。昼のドライブは嫌いだよ。ありがとね、あんた優しいね」

 ケイはお礼を言ってニッコリ笑った。芙蓉の目に真っ黒な大きいサングラスの端から横に大きな傷跡が伸びているのが見えた。紅倉が言った。

「もう少し休んでいったらどう? 美貴ちゃんたちはどうぞ、お団子だけじゃお腹空くでしょう?何か食べてらっしゃい」

 ケイもニッと笑ってミズキに言った。

「じゃああんたも、ジョンに散歩させてあげてよ。よろしく」

「でも、ケイ……」

 ミズキは不安そうに言ったが、

「じゃ、わたしたちは売店でも見に行きましょうか」

 芙蓉が足を上げてタオルで拭き、平中も習おうとしたが、思い詰めた顔に決意を固めてケイとミズキに訊いた。

「安藤が生きているのかどうか、教えてください」

 ケイも易木と同じようにうん?と眉をひそめて、

「誰だったっけ? わたしは相手の名前なんて知らない場合が多いから」

 と心当たりないように言ったが、ミズキは、

「村に潜入したフリーライターですね? 死んだ、と聞いています」

 と冷たく言い、

「申し訳ありません」

 と平中に頭を下げた。平中は

「そうですか」

 とやはりショックを受けて悔しそうに顔を歪めた。

「行きましょう」

 芙蓉がグッと平中の手を握り、うなずいた平中は靴を履いて芙蓉といっしょに立ち上がった。ベンチをまたいだ芙蓉は、

「失礼」

 と思い切りミズキを睨み付けて横をすり抜けた。平中も負けるものかとしっかりミズキの顔を確認して芙蓉に続いた。

「あーあ、怒らせちゃった。ほら、行きな」

 ケイに手を振られてミズキはお辞儀をして出口向かって歩いていった。

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