22,地獄?行
安藤哲郎が平中に宛てた絵ハガキの消印、及び「手のぬくもり会」が送ってきた荷物の受付ステーションは岐阜県の群上(ぐんじょう)市内だった。群上市は三つ葉型の朝顔の葉のような形をした岐阜県の、葉の付け根、福井県と接する位置にある。岐阜県の南部美濃地方は愛知県伊勢湾から広がる濃尾平野が中央を占め岐阜市もここにあるが、北部飛騨地方はほとんどが山岳地帯で、南北の中央に位置する群上市も飛騨高地の南に位置し、冬は豪雪地帯となる。
「手のぬくもり会」の本部が群上市にあるとは限らないが、その周辺、と言っても周りも皆山の中で、それ以上住所をカモフラージュする意味もないように感じられる。
芙蓉の運転するシルバーパールのハイブリッドカーは富山県高岡市から岐阜市へ至る国道156号線を南下していった。穏やかな市街地からやがて山部を登っていき、早くも同乗者二人の様子が怪しくなってきた。この地図で見れば日本の胴体を一刀両断するように縦に伸びる国道はまっすぐで比較的穏やかなはずなのだが、この先本格的に山岳部に入っていき、ふつう3時間もあれば十分な道のりだが昨日以上にのんびりした旅を覚悟しなければならないだろう。もう終わりを迎えているが紅葉の山と青い清流の風光明媚な景色も残念ながら二人の胸のむかむかを晴らす清涼剤とはならないようだ。
幸い道の駅が多く、道の駅巡りをして行くだけでもかなりゆっくりした旅程になりそうだ。さっそく30分ほど休憩して、先を行くと、斜面をうんと下った谷地にひとかたまりの集落が見下ろせた。平中が頭痛を押してガイドした。
「平村ですね。平家の隠里伝承のある村です」
芙蓉はその山の中の段々畑ならぬ段々家並みの趣ある小さな町(建物は現代の物なので)を眺め、特殊な人間たちの固い結束を予感してなんとなく「手のぬくもり会」もこんな小さな村が母体になっているのではないかと予想した。その後道は見下ろしていた集落へ急転直下坂道を下っていくことになり、紅倉は後ろで「うげえ」と蛙の潰れたようなうめき声を上げたのだった。
その先世界遺産の五箇山合掌造集落もあったが、せっかくの美しい絵葉書のようなロケーションも轢かれた蛙の体の紅倉には酸素マスク程度の役にしか立たず、空気の冷たさもかまわずドアを両方開け放った後部座席でぐでっと潰れていた。芙蓉も車に残り、平中だけカメラを持って見学に行った。天気はどんよりした薄曇りであるが、それはそれで村の風情に合っている気がする。
紅倉がなんとか復活し、車内の空気の入れ換えも済んで、併走する高速道路=東海北陸自動車道のインターチェンジをくぐり、じきにまたも道の駅に入って休憩した。レンガ造りのおしゃれな建物で、すぐ裏にそもそもこの川沿いに国道の造られた庄川が流れ、対岸の山に美しい滝を眺めることができ、水の風情を楽しむにはちょっと季節が深まりすぎているが芙蓉も二人といっしょにたっぷりマイナスイオンを浴びた。ここは豆腐田楽が名物のようで、すでにお昼時でもあるのだが、この先を考えて紅倉に食べさせるのは止した。
国道に戻り、いよいよ岐阜県に入るのだが、ここにちょっとしたイベントが発生する。道は比較的まっすぐ走っているのだが、そのため蛇行する庄川を突っ切る形で橋が連続している。この川が富山県と岐阜県の県境になっているため、カーナビの音声案内をオンにしておくと「岐阜県に入りました」「富山県に入りました」と橋を越えるたびにアナウンスされ、短い区間に7回も県境をまたぐことになる。
「あら、また。あはは、面白いですね」
と芙蓉は言ったが、二人ともぐったりして返事もない。
いよいよ、岐阜県に入った。
休み休み二つ目の道の駅ですっかり遅くなった昼食にみだらし団子を食べ、名峰白山のありがたい足湯があるので、丸太を半分にした4人も座ればいっぱいのベンチに三人で座り、ひのきの湯船に流しっぱなしの湯に足を浸かった。
「フウ〜〜ン。生き返りますねえ〜」
芙蓉もう〜んと伸びをしながら運転の疲れを取った。ポカポカ温かさが体に上ってきて、疲れが足裏から流れ出ていくようだ。ここまで道路はよかったが北陸と東海を結ぶ貴重な幹線道路であるため運送用のトラックや工事用の大型ダンプカーまでけっこう走っていて、運転には気を使った。
「お疲れさまです。目的の群上市はもうじきに入りますけれど、広いんですよ。消印の郵便局はちょうどど真ん中って感じでしょうか? 都市部みたいですからそこでホテルを取って、明日はハードになりそうですよ? 『手にぬくもり会』の本部が市街地にあればいいんですけれどね、どうも人里離れた山の中って予感がしますね。入り組んだ山道を走らなければならないかもしれませんから覚悟してくださいね?」
紅倉は青い顔でうげえ〜〜と潰れ、
「もうやだあ〜、おうちに帰りたい〜〜」
と駄々をこねた。
「今来た道を戻りますか? 道は楽ですけれど距離はありますよ?」
「うう〜……、わしはこんな所来とうはなかった」
と、今となってはちょっと通じづらくなった子ども店長の物まねをして悔やむ紅倉に芙蓉を間に挟んだ平中が申し訳なさそうに苦笑して謝った。
「すみませんね。紅倉先生、本当に乗り物は苦手なんですね? 無理をさせてしまって、恩に着ます」
頭を下げる平中に紅倉はぶーたれて
「ぜんぜん役に立たないかもよお〜?」
と憎まれ口を叩いた。