19,サバイバルゲーム
ワンボックスカーの後ろの荷物スペースには4人の不良どもの死体が押し込められていた。いや。
死体と思われた4人は男たちに乱暴に地面に放り捨てられると、「ううっ」とうめいて身動きした。
「おら起きろクソども! 朝だよ!」
まだ日の出前ではあるが山の陰にある朝日が空をピンク色に染め始め、真っ暗だった山の中腹の台地にも色を付け始めた。
明かりを得て全貌の現れたそこは500メートルほどの山の5合目辺りに当たる、テニスコートを3面ほど縦に並べたくらいの平らな尾根だった。外側を枯れてポキポキしたススキが生い茂り、その下の斜面を紅葉の葉を半分くらい落とした木々が覆っている。
不良たちは喉を押さえてゲホンゲホンと咳をし、なかなか焦点の合わない目で自分たちがどうなったのか思い出せないアホ面で辺りをうつろに眺めた。犬たちに喉をがっちりくわえ込まれた不良たちは気を失った状態で止められ、殺されてはいなかったのだ。
最初に口を殴られて血を吐いた不良が痛みに巨大犬に襲われた恐怖を思い出し、「ひい」と悲鳴を上げて体をすくませて怯えた。他の者も徐々に能の酸欠状態から覚醒し、自分たちの取り囲まれている危険な状況を見て背中を寄せ合い、恐怖しつつ、敵意を見せた。
「ふっ」
ケイが笑うと、彼女に杖で叩かれたグループのリーダーらしい不良がガリッと犬の爪にえぐられ生乾きの傷跡も痛々しい顔に憎しみを露わにさせて睨んだ。
「てっ、てめえ……、な、なんのつもりだ?」
ケイはへらへら笑いながら舐めきって言った。
「ボキャブラリー貧困な馬鹿丸出しの頭でもテメエらが無事娑婆に帰れる状況じゃないのは分かるよな? けどわたしたちもちょっと拙いことが起こっちゃってね、あんたらテストすることにしたんだよ」
ケイはサングラスで本心を隠しつつ一応まじめくさった顔をして言った。
「生きのいい悪党を一人、ご所望なんだけどね? 必要なのは1人で、後は…この際お荷物なんだよね。邪魔だからここで捨てていくことにした。ただねえ、分かるだろうけど、わたしらのことを下界でおしゃべりされちゃ困るんだよね。だからさあ、そっちで1人選んでよ? 要するにい、てめえら殺し合って、一人生き残った奴だけ連れてってやるって言うのさ。分かった?」
クロが4人の前に彼らから取り上げた折り畳みナイフを投げてやった。不良たちはナイフとケイ、周りの男たちを見比べて、怒りに燃えた獣のような声で言った。
「っざけんなよ。んな訳の分からねえ話に乗って仲間同士殺し合えるか」
ケイの表情にカッと短気な怒りが立ち上り、女性とも思えない汚い言葉でののしった。
「てめえら仲良しリンカン学校のお友だちか? 反吐が出んだよっ!! てめえら馬鹿の考えなんかお見通しだ、いいぜ? 協力してここを脱出してみろよ? ええ?ほらあっ、かかってきやがれっ!!」
4人は顔を見合わせ、ナイフを手にするべきかどうか迷った。
怖じ気づいている不良どもにチッと舌打ちしてケイが言った。
「ミズキ。一人やれ」
「はい」
まだ19かそこらの、優しそうな坊やの顔をしたミズキが無表情に歩いてくると、ジャケットの裏に装着した鞘から刃渡り20センチの大型ナイフを取り出し、まさかと浮き足立つ不良の、手近な一人に足を上げると、ザッとナイフを振り下ろした。素早く首を蹴り倒し、ブシャッと噴き出す血は仲間たちを濡らして後ろに飛び散った。ミズキは涼しい顔で濡れた靴底を倒れて痙攣する不良のTシャツの腹に拭い付けた。ビクビク手足を痙攣させていた不良は、動かなくなった。
「や、野郎!」
リーダーがナイフを掴み刃を出すと、一瞬で視界から消えたミズキが、後ろからピタッと、不良の首筋に赤く濡れたナイフの刃を押し当ててケイに訊いた。
「どうします?」
「いいよ。分かっただろう? こいつらみんな物凄く強いよ? 犬たちもね?」
三人の不良たちはゾッとした顔で左右に離れて監視するように立つ二人の得体の知れない男たちを見、ケイの後ろで大人しく並んでお座りしている五頭の大型犬を見た。首筋からミズキのナイフが離れると、
「い、い、い、……、いやああーーーっ!!!」
リーダーはナイフを振るって、となりの仲間の首を切った。
「うがっ」
首を切られた…口を怪我していた不良は、片手で切られた首を押さえ、片手を地面のナイフに伸ばしながら、口から血の泡を吹きだして、ゴフッと咳をすると白目を剥いて倒れた。
「いやあっっ!」
「うおおっっ!」
残る一人は急いでナイフを拾うと追いすがり斬りつけるリーダーから逃れ、刃を出すと自分も腕を振って牽制した。二人はナイフを構えてじりじりと睨み合った。
「てっめえー…、殺りゃあがったな……」
「悪りいな、おまえもオレのために死んでくれよ?」
脂汗をいっぱい浮かべ狂気の笑いを浮かべる仲間にもう一人は胸くそ悪く言った。
「誰がてめえのために死んでやるかよ。おい、考えろよ? こんな事させる奴らが、生き残った一人を本当に生かしておくと思うのか?」
リーダーはちらっと相手のリーダーであるらしいケイを見、油断なくナイフを構えて仲間を牽制した。
「さあな。だが、やらなきゃやられるのだけは確実だぜ?」
「ああ…、そうだなっ」
ビュッと振られる刃先をよけ、こちらもヒュッとナイフを突き出し伸びた腕を狙った。腕は慌てて引っ込み、ビュンと縦に振り下ろし、横にはらわれる刃をよけて体を引き、シュッと鋭くくり出す。
両者無言でぎりぎりの緊張感でナイフの動きに神経を集中させていた。
カチッとナイフ同士がかち合い、くるっと旋回したリーダーのナイフが仲間の手の甲を裂いた。
「うぐっ」
痛みにビクリと跳ね上がった隙をついてリーダーは更に手首に刃を切り込ませ、ブシュッと血が噴き出した。
「ぎゃっ」
悲鳴を上げてナイフがこぼれ落ち、一瞬目が合った仲間の首をリーダーは刃先でなぎ払った。
「イテッ」
押さえる手を押して激しく血しぶきが噴き出し、リーダーの顔面をビュッと打った。
「く……、てめ………」
仲間は顔を歪めて、どおっと倒れた。
「はあーー…、はあーー…」
肩で息をする不良に、
パン、パン。ケイが手を打った。
「はい、勝負あり。生き残り、おめでとう」