123,夜のたそがれ
あちらこちらの空から強い大きな光が飛んできた。白や金や銀や赤や青、紫に光り、輝いている。
「この辺りの土地神や各地の大神たちが「あれ」を危険と見なして連合を組んで退治に乗り出したようね」
光たちは赤い巨人の周りを飛び回り、攻撃を開始した。
ぶつかってくる眩しい輝きに巨人は手を伸ばして跳ね返そうとしたが、パアンッ、と衝撃波が弾け、両者共に吹っ飛んだ。光は上空に跳ね飛び、巨人は地面にゴロンと転げて山の斜面に乗り上げた。
光たちは次々に巨人に襲いかかった。手で防ぐ巨人の横から体当たりしてきて、腕を弾き、開いた胸に別の光たちが飛び込んだ。光は突き抜け、巨人は『ぎゃっ』と口を開いた。胸の穴は塞がったが醜い傷口が盛り上がった。
巨人は怒り、両腕を開いて波動を放ち、空に飛び上がった。
襲いかかってくる光たちを巨人は空を自由に運動して、たたき落とし、蹴り飛ばした。
光たちは物凄いスピードで飛び回り、急襲し、巨人の注意を引き、別の光が隙をついて体当たりした。巨人の肩が背後から貫かれ、真っ赤なオーラが散った。巨人の血だろう。
神々は次々巨人を襲った。
「空自在」の巨人は瞬間移動して逃れたが、神たちも「空自在」に巨人の現れる先現れる先に追いすがり、空中で眩しい光のスパークが駆けめぐった。
空が赤く染まっていく。神に襲われ負傷した巨人の血が霧となって漂っているのだ。
「さすがの「あれ」もあれだけの大神たちを相手に勝ち目はないみたいね」
美紅の達観した意見に芙蓉は焦って問い詰めた。
「あれがやられちゃったら、先生はどうなるのよ?」
「紅倉の本体だもの、当然、死ぬわ」
「どうしたらいいのよ? 教えなさい!」
美紅はじっと芙蓉に問いかけるように見つめた。
「紅倉を助けたい?」
「当たり前よ」
「紅倉は「脳死状態」なのよ?」
「……今までだってそうだったんでしょ? 元に戻るわよね?」
「難しいわね。かなり中身を引っかき回されたから。普通だったらもう絶対意識は戻らないわ」
「先生は……普通じゃないでしょ?」
「目覚めるまで何年も掛かるかも知れない。目覚めても、きっと重い後遺症が残るわよ? 体も……完全な快復は無理よ? それでも、そんな紅倉でも、あなたは生きていてほしい?」
「…………ええ……。一生目覚めないとしても、わたしは一生、先生の心に話し掛け続けるわ」
「そう」
美紅は晴れ晴れした顔で微笑んだ。
「じゃあ、紅倉の頭の穴を塞いであげなさい」
「何で?」
「あなたの手で」
「それだけでいいの?」
「そうね、後は、眠れるお姫様にキスでもしてあげるのね? びっくりして目を覚ますかもよ?」
「…本当でしょうねえ?」
「分かんない」
美紅は悪戯っぽく肩をすくめ、静かな顔で言った。
「あなたが奇跡を信じれば、あるいは、ね?
彼女は今弱っている」
美紅の視線に芙蓉は痛々しく赤い空を見た。光が忙しく飛び回り、キラッ、キラッ、と大きくフラッシュしている。
「きっと、家に帰りたがっているわ」
芙蓉はうなずき、まだ赤い霧が漂い続けている村へ向かって坂を駆け下りていった。
「美貴ちゃん、オーラを放ちながら走って!」
村にもはや芙蓉の行く手を邪魔する意志はどこにもない。ただ、あまりに怨念が強すぎて、霊的な毒素は濃く漂って、晴れることはないようだ。芙蓉はオーラを外へ放ちながら走った。芙蓉自身もう霊体の体力が底をつきそうに疲れていたが、これで最後だと信じてオーラを放ち続けた。
赤い霧が晴れた後にはまた新たな惨状が顔を見せるだろう村を駆け抜け、芙蓉は社に到着した。
膝を押さえて肩で息をつくと、赤い渦が寄ってきて芙蓉に染み入ろうとした。
「イヤアッ!!」
芙蓉はオーラを放って霧を追い払った。
「先生……」
汗だくで息をつきながら紅倉の隣にしゃがんだ。
なんて可哀相に、と思う。先生との楽しい事ごとは全て過去の思い出になってしまったのかと思った。
こんな先生に生きてほしいか?
それでも芙蓉は紅倉に一緒に居てほしいと思った。
悲しいだけでも、悲しさは愛しさの裏返しだと思った。
それを確認できるだけでもいいと思った。
「先生、可哀相に。ほら、手当してあげますよ?」
芙蓉は紅倉の額の横に開いた穴に手を当てて押さえてやった。精一杯自分の治癒の気を送ってやった。
「先生。いっしょにおうちに帰りましょうね?」
芙蓉はかがみ込み、ありったけの愛を込めて、口づけした。
「 うわあああああああーーーーーん 」
空いっぱいに叫びとも泣き声ともつかない声が広がった。
カアッと赤い光がフラッシュし、巨人の姿は消えた。
神々の光は巨人の消滅を確かめるように空を飛び回り、それぞれ自分の社に帰っていった。
芙蓉は唇を離し、呼びかけた。
「せんせ」