121,紅倉美姫という生き物
芙蓉と姫倉美紅はペンションの坂を上りきったところから村を見下ろしていた。
真っ赤だ。赤い霧が村を沈め、ところどころ渦を生じさせている。
紅倉の鬼女は村の反対側に相変わらず突っ立っている。顔は遠くて見えないけれど、相変わらず不機嫌そうな雰囲気が芙蓉に伝わってきた。
芙蓉は美紅に訊いた。
「あれは、なんなの?」
美紅は暗い顔で芙蓉を振り向き、仕方ないように言った。
「わたしもね、もちろん紅倉も、あれがあんな風に成長しているなんて思っていなかったわ。紅倉と一緒に学習して、あんな恐ろしい物になっていたのね。
あれが、紅倉美姫の本体よ。
わたしたちが知っている紅倉は、あれの表層に張り付いた、偽りの人格に過ぎないわ」
「それは聞き捨てならないわね。わたしの愛する先生を、そんな風に言わないで欲しいわ」
「あらありがとう。紅倉が聞いたら喜ぶでしょうね。
紅倉の記憶がスタートしたのは16歳頃のこと。
その頃紅倉は児童養護施設に保護されていたんだけど、
その頃の紅倉の状態は、
まさに バケモノ だったわ。
強すぎる霊力が外に放出されて、辺りを魔界に変え、人々を悪夢に怯えさせていたわ。
そんな状態を克服するために、彼女が努力して作り上げたのが、
わたしたちが知る「紅倉美姫」という人格よ。
彼女はそれを断片的な記憶をつなぎ合わせて作り出した。
「紅倉美姫」という表向きのキャラクターによって、本体を騙し騙し、大人しくさせることに成功したのよ。
・・・・・・・・・。
美貴ちゃん。
紅倉が殺されたとき、ショックだった?」
「…………当たり前じゃない……」
今生々しく甦り、芙蓉はビクリと震えた。この悪夢は、一生続くだろう。
「そうね。でもね……………。
紅倉美姫は、既に死んでいたのよ 」
「あの時もう死んでいたって事?」
「いいえ」
「じゃあ……、人格のモデルにした「本当の紅倉美姫」という人がいて、その彼女が死んでいるって事?」
「いいえ。
あなたのよく知っている紅倉美姫が、もうとっくに死んでしまっていた人間だって事」
「……全然分からないわ」
「ずうっと、脳死状態でいたのよ」
「……そんなわけないじゃない? 脳死状態の人が、自分で動いたり、話したり、出来るわけないじゃない?」
「だからね、
紅倉美姫の中に入っていたのは、
生きている人間じゃなかったのよ。 」
「……そんなことあり得るわけないと思うけど、じゃあ、
何が入っていたって言うのよ?」
「
死者の魂たち。
この村の連中がやっていたのと同じ事よ。
紅倉は火事の現場で一人だけ生存していたのを救助された、ということだけど、具体的な状況は知らされていないわ。
他に何人か人がいたんでしょうね。
彼らが、
脳死状態の少女の体を依り代に、
詰め込めるだけ死者の魂を詰め込んで
作り出したのが
紅倉美姫という名の
「 神 」
だったんでしょうね。
けれど、おそらく彼女を作り出した人たちは、彼女の強すぎる霊力によって殺された。もしかしたらそれは覚悟の上だったかも知れないけれど、とにかく、焼け死んじゃってどこの誰たちだったのか、分からないわ。
彼らが彼女に何を願って誕生させたのか、何か具体的な目的があったのか、それこそ人を呪うための生きた道具だったのか、はたまた何かの実験だったのか、分からない。
彼女はただの依り代としてただ生きてさえいればよかったのかも知れないけれど、
彼女は「紅倉美姫」という人格を作り出し、
「人間」として、生きる道を獲得した。
少女の体は大脳以外に損傷はなかった。
脳は神経の集まりで、微弱な静電気で働いている。
幽霊だって他人の脳にアクセスしてその機能を拝借するくらいだから、元々霊と脳は相性がいい、というより、似ている、のかも知れない。
彼女の、主に脳に搭載された大量の霊魂は、損傷した脳機能を十分補うことができた。
「紅倉美姫」は、甦った死者「ゾンビ」または、生きている幽霊「幽霊人間」ってところかしら?」