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120,式

「はあっ、はあっ、はあっ、」

 自分の体に帰った土亀は手を床に着き、滝のように汗をしたたらせ、肩を揺らして息を継いだ。地下の、死鑞のろうそくに暗く照らされた秘密の祈とう所である。土亀は首から前後左右に数珠繋ぎした鏡をぶら下げるという奇抜なファッションをしていたが、その鏡はことごとく粉々に割れていた。はあっ、はあっ、と激しく息をつき、固いつばを張り付く喉に飲み込んだ土亀は、後ろに手を着き直し、更に息をついて自分を落ち着かせた。

「お……、恐ろしい奴め。あ、あんな物がこの世にいるわけない……。あれは、生きた人間ではないのだ………」

 土亀は落ち着きながら考えを巡らしたが、紅倉美姫という物がなんなのか?、考えは至らなかった。

「あれは人間ではない。バケモノだとてあれだけの力を操れるわけない。完全に、負けたわ…………」

 屈辱だが、完膚無きまでにやっつけられて、本当に命があっただけめっけ物だ。

「明王か。神の力を我が物として使う人間に天罰を落としたか」

 土亀は自分のくだらん考えを笑い、真顔になった。

「明王…………。そうとしか思えんが………。どうやらあの女、この世の「理(ことわり)」の外に通じる存在なのかも知れん…………」

 土亀は落ち込むように考え、

「鍵…………か………………」

 とつぶやいた。

「この世の要となる「門」の鍵であったのやも知れぬ……。さすれば……」

 ニヤリと悪い顔で笑った。

「その鍵が壊れた今、この世に何が起きる? ふっふっふっふっふっ…、これは、見物ではないか?」

 紅倉の変じた巨人の力は認めよう、しかしそれから逃れた今、それを傍観し笑うことで己のプライドを保とうとした。

 ろうそくの明かりは暗い。

 その部屋の全てを照らせぬ暗がりに、人影が立った。

 土亀は仰天した。

 真っ赤な、裸形の、女、紅倉の鬼だ。

「ううむ…、馬鹿な…………」

 土亀は慌てて部屋の状態を確認した。

「閉じておる……。この部屋には外のいかなる霊波も入り込めぬはず。いったいどうやって……」

 暗がりから歩み出てくる美しい女に土亀は畏れおののいた。女は相変わらずつんと不愉快そうな顔で土亀を見下している。

「うわわ」

 土亀はうっかり顔を見てしまって慌てて顔を避けた。霊体の目玉を焼かれた激痛が甦る。あんなのは二度とごめんだ。


  「  土亀  恵幸  」


 名前を呼ばれて震え上がった。

「まっ、待てっ。俺の負けだ。もう二度とおまえの前には顔を出さん。この俺が負けを認めて謝るのだ、この通り!、許してくれ!」

「土亀。おまえも、神になりたかったのだろう?」

「ちっ、違うっ! 俺はそんなのじゃあない! お、俺は、ただ……、この世の全てを思うままにしたかっただけだ。おまえとは違う! おまえは、天の、明王なのだろう!?」

「明王? ふん、どうでもいい。知らん。おまえを望み通り『神』にしてやろう」

「だから違うと言っている! 俺は、神になんぞなりたくはない!!」

「そうだな。おまえは、神のまがい物が似合いだ」

「分かった! もう金輪際神の真似事などやめる! だから・・」

 手がズキッと痛んだ。足にも同じ痛みが走って土亀は悲鳴を上げた。

「な、なんだ、うう……、い、痛い!…………」

 わななく手が動かなくなっていく。動かそうとすると骨の砕けるような鋭い痛みが走った。

「ぎゃっ・・」

 腹にも同じ痛みが走って、飛び上がった。

「な、なんなんだ? お、おい?、な、何をして……い、いて、いててててて……」

 土亀は体を突き刺す鋭い痛みにビクビク震えて、怯えた。自分の体の中に、何か起こっている。

「!」

 土亀は悟り、痛みに真っ赤になった顔を上げ、女を見た。

「お…、おまえは、俺に仕掛けられた『式』だな? おまえは、俺の、中から出てきたのだ。そうだな?」

 女はつんとした顔で土亀を見下し、言った。

「そんなことを、わたしが知るわけはないだろう?」

 土亀は痛みに震えながらヒッ、ヒッ、と笑った。

「仕返しか……、俺が連中にした事への……。ど、どこまでも、腹立たし……」

 悲鳴を上げた。プライドも何もなく泣き喚いた。痛い痛いと。

 土亀の体は内側から「木」に変化していっているのだ。それがまだ生の肉体と神経を突き刺し、激烈な痛みを脳天へ突き上げているのだ。

 土亀は泣きながら、木の仏になっていった。

 表面まですっかり木化した姿を見て、紅倉によく似た鬼は、紅倉がよくやるように首をかしげて土亀の苦悶の固まった顔を覗き見た。

「おーーい。

          死ね。  」


 バキンッ、と鋭い音を発し、木像が縦に真っ二つに割れ、生木の内部から血が溢れた。

 土亀の魂までが砕け散ると、紅倉の鬼は消えた。

 さすが天才陰陽師。それが自分に仕掛けられた「式」だったのは確かなようだ。

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