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119,地獄変

 紅倉から生じた赤い巨人はその場からあまり大きな動きをしていない。足下の虫けらを踏みつぶし、視線だけで骨肉を断ち、灼熱の炎を生じた。じきに辺りに生きた人間はいなくなった。

 赤い巨人は動かない。しかし地獄の赤は波紋のように広がり、村全体を赤く塗り上げていった。

 家々にいてこの異変に怯えていた村人たちの下に死者が訪れた。1000年を越す歴史を持つ村には1000年溜まりに溜まった怨念があった。その怨念たちが赤く染め上げられ、地の底からわき上がり、村を覆い尽くす勢いで増えていった。

 赤い怨霊たちは家々にちん入し、生者に組み付いていった。怨霊に組み付かれた者は、肉と骨と黒く腐れ爛れ、人間的な理性が破壊され、動物的な奇声を上げて、生きながら幽鬼に変じていった。

 生きている者は悲鳴を上げて逃げまどい、ああとかううとか、怨霊たちのうめき声が嵐となって渦巻き、村をすっかり地獄へと変じさせていった。



 土亀恵幸の霊体は上空からこの地獄の有様を見物していた。

『ウム……』

 と、この「観自在」の男も首をひねっていた。

『なんなのだこれは? 正直ここまでとは思わなかったぞ。死して魔界から明王でも招来したか? ウウム、それを体現できる霊魂の持ち主など、今の世にあったとは思えぬが…………』

 この男にしてもこれほどはっきりした巨人が姿を現す現象など理解できないのだった。

『不愉快だな。この俺の分からぬ事象が起きるなど。下等な霊能者の分際で俺の霊階を超えたなどあり得るか。どれ、化けの皮を剥いでやろうか』

 どこまでも人を人とも思わぬこの男はまたろくでもないことを企んでほくそ笑んだ。

 下界には阿鼻叫喚の怨念が渦巻いている。

『おまえたちも再び神となれ。あの邪神を殲滅せよ』

 土亀は下界の怨念に「式」を与え、「神格」を与えてやった。

 怨念の渦が、村の中心、広場に集まり、柱となり、人……らしき形になった。



「  うわああああ〜〜〜〜〜〜〜  」



 既に輪郭があやふやだ。身の丈は倍するが紅倉の鬼女のような形の美しさは皆無だ。同じ赤色をしながら、どす黒く、まだらができて、汚い。

『チッ、勝負にもならんか。では、「大黒天」でも与えてやろう』

 土亀が新たな「式」を注入すると、背が縮んでぼわぼわだった輪郭が引き締まり、真っ黒になって鋼の光沢を放ち、単純なフォルムだが力強い姿となった。

『いいぞ。闘え。粉砕しろ』

 「大黒天」は建物を破壊しながらドスドス地響きを立てて走っていくと鉄球のような拳を振り上げ、赤い鬼女に襲いかかった。

 鬼女の胸を殴る手前で、凄まじい衝撃波が広がり、天と地を揺さぶり、黒い鉄球を粉々に弾けさせた。

 鋼鉄の皮膚の砕けた肉体は真っ赤な中身を弾け出させ、無数の悲鳴と共に血の噴き出るように構成する怨霊を流れ出させた。

 鬼女の目が光る。大黒天の胸に穴が開き、悲鳴が溢れ出し、真っ赤な怨霊が吐き出される。

『やれ、馬鹿!』

 怒り狂った大黒天はロケットのように高く飛び上がると、反転し、弾丸のように頭から突っ込んできた。鬼女はパンチをくり出し、大黒天の頭がミシッと赤い亀裂を走らせながらへこむと、衝撃が足まで波状に伝わっていって、全体が一斉に裂け、数千数万の悲鳴を上げて怨霊たちが弾け飛んだ。辺りの空一面に広がっていき、


  「 はっ 」


 鬼女が初めて声を発すると、一斉に燃え上がり、夜空を夕焼けのように照らし出した。

 怨霊たちの焼けた炎は土亀の霊体も襲った。

 土亀は更に上へ逃れ、『ウウム』と唸った。上を仰げばもはや宇宙のように無数の星が強い輝きを発している。ビシッと電気が流れ、土亀は危険を感じた。いかに「空自在」などと気取っても、生きた肉体を持つ土亀は魂も生を捨てるわけにはいかず、「空」に制限が生じる。

『まあいい。そこまで俺を本気にさせるとは面白い。直々に相手してやる』

 土亀は雲のあやふやな状態から、しっかりした人の形となった。

『確かめてやる』

 スッと鬼女の背後にテレポーテーションした。

『破っ!!』

 破壊の「式」を送り込む。それはしっかりと鬼女の霊体に組み込まれた。土亀はニヤリと笑った。

『破っ!!』

 「式」を発動させる。鬼女の背中が弾け飛ぶ。……はずが、

 ふっと目の前から赤い大きな背中が消えた。


「 空自在 」


『なにいっ!?』

 いつの間にか、「空」の「座」が入れ替わっていた。土亀の送り込んだ「式」は土亀の霊体に組み込まれ、今、発動した。


『ぎゃあっ』


 土亀の背中が赤く爆ぜた。今度は「影」を分身させる暇などなかった。

 土亀は血煙を上げながら漂った。

『おのれえ〜〜〜〜〜…、』

 怒り狂った土亀は胸の前に手を合わせて作った三角に「力」を溜め、鬼女の正面に瞬間移動し、直接力を放った。

 「力」は先へ進まず、土亀の手の中で爆発し、驚く土亀の顔までも吹き飛ばした。

『・ ・ ・ ・お、おのれ・・・・・・・』

 ぶすぶすと赤い煙を上げながら顔と腕を再生し、土亀は鬼の形相で鬼女を睨んだ。

 鬼女とまともに目が合って、土亀の両目は破裂した。

『うぎゃああああああっっっ』

 土亀は両手で目をきつく押さえ、痛みと怒りに転げ回った。

『はあっ ・ はあっ ・ はあっ』

 目玉を再生したが、視界が赤く濡れている。肉体の眼球にも影響があるだろう。

『お、おお、おお、おおのおおれええええ〜〜〜〜〜〜〜〜』

 土亀は怒りに我を忘れ、真っ白に火花を散らすエネルギーの固まりに変じたが、ハッと、凄まじい冷たさを感じてゾッとした。

 エネルギーはすべて奪われ、土亀の霊魂は剥き出しになって「無」に放り出されていた。


 うわあああああああああああ・


 土亀は本能的に恐怖の悲鳴を上げ、帰り道を捜した。

 一点の赤い星があった。

 「無」にそれ以上何もなく、土亀はすがって飛びついた。

 脳裏に女の姿が浮かんだ。

「紅倉美姫」

 視界が真っ赤に染まり、

 霊体の内と外がひっくり返り、外に放出したはずのエネルギーが内側で大爆発を起こした。


『・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・』


 土亀は、どうやら俺は自分の内側を旅させられたようだ、と理解し、


   これには勝てぬ、


 と観念した。

 なんとか己を保った土亀の霊魂は、鬼女の視線を感じ、


『やめてくれっ!!!!』


 慌てて自分の肉体に帰った。

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