11,カウンセリング・ボランティア
「全国的に見て犯罪被害者やその遺族のカウンセリング体制の整った警察や自治体組織はまだまだ少ないのが実状です。特に性犯罪被害者の110番受付、捜査段階からの女性専任捜査官の配備は是非急いでほしいところですが。
全国で社団法人等、無料で犯罪被害者の相談に応じる被害者支援センターがありますが、そうした団体の一つ……と言っていいのか今ひとつ実体のつかめない、『手のぬくもり会』という団体があります。いえ、あるらしいんです。多くの犯罪被害者を取材したところ、その名前の団体に所属するカウンセラーに相談に乗ってもらえたという人が何人かいまして。その相談に乗ってもらった人たちが、全員ひどい暴力事件や悪質な交通事故や医療事故の被害者やその遺族で、いずれのケースも加害者側がそれ相応の罪には問われなかったケースです。悪質な犯罪ではない、と認められた事件の被害者は対社会的にも精神的にもボランティアのカウンセリングを受け続けるのは難しいことがあるようです。泣き寝入りを強いられ、身も心も内に閉じこもってしまうのですね。
そういう被害者の下を『手のぬくもり会』のカウンセラーが訪れるようです。
カウンセラーは男性と女性と二人いるようです。
男性は信木寛孝(のぶきひろたか)
女性は易木寛子(やすきひろこ)
と言うそうですが、何となく二人の名前を比べるとペンネームっぽく感じますね。
二人は別々に行動し、全国各地に出張しているようです。男性の信木が50代、女性の易木が40代といったところのようです。
訪問を受けた被害者たちの評価は高く、本当に苦しいときに本当に親身になって話を聞いてくれ、適切なアドバイスをくれ、励ましてくれたそうです。おかげで苦しい状態から立ち直ることができたと」
平中は紅倉を真似て両手を開き、二人を見た。芙蓉が訊いた。
「いい人たちみたいね。話が終わっちゃったじゃない?」
平中はうなずき、言った。
「そうですね。話を聞けた人たちは犯罪から日常生活に立ち直って、明るい表情になって、彼らに感謝しているようだったそうです」
「やっぱりいい人たちじゃない?」
「そうですね。どうやら何が何でも呪い殺すことを薦めるわけではないようです。ただ……、同じようなケースで、二人が訪れたことが予想されるものの、話を聞けなかった被害者の人たちがいます。彼らは話を聞きに訪れた安藤に、知らないと言いつつ、非常に警戒した、恐れと、敵意を見せ、一様に追い返され、二度と会ってもらえなかったそうです」
いかが?と目で問われて、今度は芙蓉がさあ?と肩をすくめた。
「そして話を聞けなかった被害者の事件の犯人たちは、やはり皆、不審な死を遂げています」
平中にじっと見つめられ、芙蓉は
「まあ…、怪しいわねえ」
と認めて紅倉を見た。紅倉は長話にあきたようにあらぬ方を見ている。平中はねちっこく話し続けた。
「安藤が話を聞けた人に信木、または易木に会いたいから連絡先を教えてくれと頼んだところ、もうこちらから連絡はできないと言うことでした。信木も易木も連絡先として自分の個人携帯電話番号を教えていましたが、最後の訪問で『もう自分は必要ないですね?』と確認すると、それ以降は電話が通じなくなったそうです。どうやら二人ともその時々に相談者専用にプリペイド式の携帯電話を契約して、カウンセリングが終了すると契約を解除するようです。
これも怪しいと思いません? 仕事と自分のプライバシーを分けるというのも分かりますが、連絡先はその携帯電話一つ切りで、『手のぬくもり会』への連絡方法はなし、これではその団体が本当に存在するのかどうか怪しいところです。調べてもその名称の犯罪被害者の支援団体は見つかりませんでした。
これは支援ボランティアを装いながら憎い犯罪者を呪い殺す顧客を捜していると疑えるのじゃありません?
佐藤一夫のケースと暴行魔のケースでは千万単位のお金が動いているようです。
やはりいかに極悪な犯罪者相手でも、多額の謝礼金を受け取って残虐な方法で呪い殺すなど、許してはいけないのではありませんか?」
紅倉は平中の視線をうるさそうに見返しながら面倒くさそうに言った。
「お金を取るからいけないの? 人殺しもボランティアでやってあげればいい?」
「そういうことではありません。それでは社会の秩序が保てません」
「なによお〜、さっきは犯罪に甘い社会を非難していたくせにい〜〜」
「それもそうですが、これもそうなんです」
「めんどくさあ〜い。いいじゃん、どうせ殺されるのは悪者ばっかなんだから」
「よくありません! あなたは小学生ですか!?」
紅倉はぶーたれて唇をとがらせ、平中は学校の先生みたいに怖い顔で紅倉を睨んでいたが、こちらが大人になって冷静に戻ると続けた。
「サラリーマンが溺れ死んだケースですが、少年たちが保護観察処分になってから易木寛子と見られる女性が遺族である妻を訪ねてきました。少しぽっちゃりめの、控えめな感じの品のいい婦人だそうです。夫妻に子どもはなく、親戚も遠くにいるようで妻は家に一人でした。交通事故遺族の母親のところにも易木と見られる女性が頻繁に訪れています。
易木と見られる女性は毎日妻を訪ね、5、6時間も家にとどまり、2週間も通い続けました。
そして妻が久しぶりに外出すると、銀行に行き、多額の現金を下ろし帰宅しました。銀行からの帰り道、30代のいかにも武術なんかやっていそうな厳しい顔をした男がガードするように付き添いました。妻の口座には夫の死亡保険等かなりの大金が振り込まれていたはずです。
銀行に行ってきた夜、それまで徒歩で通っていた易木がグレーの普通乗用車でやってきて、運転手を残して家に入りました。1時間ほどして大きな紙袋を下げて出てきて、それが易木が妻を訪ねた最後になりました。その翌日から、サラリーマンに暴行を加えた4人の少年たちが、一人ずつ、死んでいきました。そっちの事件は後からわたしが調べました。安藤はそのまま自分も車で易木を乗せた車を追い、関東から岐阜県に入りました。
それからしばらくして、安藤は消息を絶ちました。今から2週間前のことです。
紅倉先生。あなたに是非見てもらいたいものがあります。
安藤からあなたに宛てたメッセージです」