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114,最後の裏切り

 信木は知的な冷静さを取り戻し、妻に問い直した。

「君は、公安の工作員なのか?」

 憎々しげに睨んでいたキンメ=奈央も、ただ痛そうに顔をしかめ、夫をなじるように睨み直した。

「ええ、そうよ。ごめんなさいね、

   黙ってて」

 信木は不快そうに眉を動かした。

「いつからかね?」

「最初から。ええ、最初っからよ」

「つまり、わたしたちの結婚その物が仕事だったというわけか? あの、事件も?」

「あの、事件で、公安にスカウトされたの。きっとあなたが接触してくるだろうから、上手く、できるだけ親密になってくれ、ってね」

「君は女性だ。もう一人、易木カウンセラーが担当になるとは考えなかったのかな?」

「易木さんは別に事件を担当してたんでしょ? 事件の内容的にもね、あなたが担当になるとふんだんでしょうね。その通りになったでしょ?」

「わたしをスパイするために結婚までしたのかね?」

「あら謙遜。あなたは紳士だし、かっこいいじゃない? 一目惚れしちゃったわよ? ああ、この人ともっと早く出会えていたらな、って、うぶな少女みたいにときめいたものよ?」

「そうか。わたしたちの結婚その物は嘘ではなかったということだね? 安心したよ。しかし、君が公安のスパイだったとは、迂闊にも、今の今までまったく知らなかったよ。見事だ」

「どうってことないわ。彼らはあなたと『手のぬくもり会』の動きを把握していたかっただけで、だからどうする、っていう行動は全然してなかったもの。今回まではね」

「なるほど。しかしそんなに長く公安の手の内で踊っていたとは、いささか不快ではあるね?」

「いいじゃない? 彼らもあなた方の必要を認めていたってことじゃない? 世の中には、法に守られた、はらわたの煮えくり返るような悪人がいる、っていうのは共通の認識なのよ」

「だったら、そっとしておいてほしかったねえ…」

「だからっ、その女なんじゃないっ!?」

 奈央はヒステリックに憎々しげに叫んだ。

「その女が来たのが悪いのよっ! その女が何もかも壊してしまったのよっ!!」

 奈央はピストルを握れないのを恨めしく思った。

「なによ、正義の味方面して! ああっ、腹が立つっ! この手で死にぞこなった息の根を止めてやりたいわ!! ねえっ、あなたっ! 殺してよその女!、わたしの代わりに!!」

 信木はすっかり忘れていたように拳銃を構えたままでいたが、困ったように視線を紅倉と、怖い顔で守っている芙蓉に向けた。

「………………………」

 信木は、構えた腕を下ろし、拳銃をジャケットの内側にしまった。

「あなたっ!!」

 奈央がヒステリックになじり、信木は妻を哀れむように優しい眼差しで話しかけた。

「もういいよ、奈央。許してあげよう。もう神は死んでしまったんだ。この村は機能を失った。もう、仕方ない。紅倉美姫はこれまでも個人で『手のぬくもり会』と同種の行為を行ってきた。彼女には、これからもそれを続けていってもらわなくてはならない。それが、神を殺したこの女の罰だよ」

「・・・・・・・・・」

 奈央は悔しそうに唇を噛んだ。

 かつて凶悪な犯罪の被害にあった者の思いは共通だ、

 だったら、わたしも助けてよ!?、

 と。

「奈央」

 信木は優しく問いかける。

「わたしたちは夫婦だ。これからも、夫婦でいいんだろう?」

 奈央はがっくりうなだれて答えた。

「ええ。いいわよ」

 信木はニッコリ笑ってうなずいた。



「さ、芙蓉さん、もう大丈夫ですよ」

 信木は歩み寄って芙蓉に声を掛けた。

「紅倉さんを車まで運びましょう。名古屋の病院をお世話しますよ? ああ、君、ゲンジ君? 悪いが君はあの安藤君を運んでくれるかな? 1台に乗りきれないね? 君たち車はどうしたんだい?」

「俺たち、タクシー」

「ああそう。公務員はいいねえ。じゃあ、もう1台村から拝借しなくちゃならないか」

 ゲンジはない頭で一生懸命考えて、日本太郎に訊いた。

「紅倉と芙蓉殺しちゃ駄目なのか? じゃあその女殺すか?」

 キンメは虫の手足を引きちぎってなぶり殺したい衝動の抑えられない幼児みたいなゲンジにギョッとした。日本太郎がキンメに「だいじょうぶだ」と声を掛けてやり、

「殺すな。ここでの仕事は終わりだ」

 とゲンジに命令した。ゲンジはむずがり、

「俺、誰も殺してない」

 と不満を言った。

「我慢しろ。今度は……」

 日本太郎は次の仕事の目星がついたみたいにニヤリと悪い笑いを浮かべた。

「うんと大物をおめえに仕留めさせてやるよ」

 ゲンジは、えへっ、と四角い巨大な歯を見せて笑った。

「立ちな」

 日本太郎は地面に転がるピストル2丁を拾い上げてキンメに命令した。

「足を調達する。おめえも俺たちに同行しろ。いろいろ訊きたいことがある。おい旦那、女房はしばらく預かるぜ?」

 信木は困った顔をしながら同意した。

「ま、仕方ないでしょう。くれぐれも、手荒な真似はしないでくださいよ?」

「安心しな、俺はサディストじゃねえ。特に『仲間』は大事にする主義でね」

 信木はどうだかと怪しんだが、ニヤッと、少しは友情を感じてくれているらしい日本太郎を信じることにした。

「ゲンジ。行くぞ」

「おーいさ」

 ゲンジは地面に伸びている安藤を軽々肩に担ぎ上げた。信木が慌てて声を掛けた。

「ああ、ゲンジ君。彼は我々の車の助手席に乗せておいてくれたまえ」

「うーい」

 ゲンジはのっしのっしと歩いていき、

 日本太郎は、

「もう危ねえ物を隠しちゃいねえだろうな?」

 と馬鹿にした薄笑いを浮かべてキンメに歩くよう促し、丘を巡っていった。

 信木はやれやれと肩をすくめた。

「済みませんね。妻が行ってしまうまでしばらく待ちましょう」

「物騒な奥さんね?」

「いや申し訳ない。明るく楽しい女なんですがねえ…、かわいそうに」

 これからの二人の生活を思ってか少ししょげるように首を振った。

「さ、じゃあ紅倉さんを起こして。傷の具合はどうです? わたしが抱き上げて運びましょうか?」

 信木は二人の傍らにしゃがみ、心配そうに紅倉を覗き込んだ。芙蓉は、

「いえ。先生はわたしが運びます」

 と断った。

「抱いていきます。先生、行きますよ?」

 芙蓉は紅倉の背と膝の下に手を差し込み、抱き寄せた。

「手伝いましょう」

 信木が下から紅倉の腰を支えて芙蓉の立ち上がるのを助けた。紅倉は薄目を開け、

「お世話掛けます」

 とか細く言った。

「はい。しゃべらなくていいですよ」

 と言いながら芙蓉は少し安心して微笑んだ。

 日本太郎が丘の上に駆け出してきた。

「おいっ、保安官っ!」

 何か血相変えている。

「爺婆どもが押し寄せてきてるぞ? 説得したんじゃなかったのか?」

「えっ!?」

 信木は顔をしかめた。

「奈央は?」

「あ、くそ、逃げやがった」

「奈央…、まさか……。芙蓉さん、紅倉さんを」

 紅倉を、どうしろと言うのか?

 芙蓉が厳しい目で信木を見つめると、肩に寄り掛けていた紅倉の頭がかくんと滑り落ちた。

「失礼」

 信木は紅倉の頭の方に回って、左手で後頭部を持ち上げた。右手を上げ、そこに握られている物に芙蓉はギョッと目を丸くした。信木の右手は手のひらに余る五寸釘を握り締めていた。

「なに・」

 信木は右手を紅倉の額の横に打ち込んだ。紅倉の目がカッと見開いた。芙蓉は目を丸くして紅倉の目を見つめた。信木の手がグリッと動いた。芙蓉はその紅倉の表情を一生悪夢に見続けるだろう。左右の目玉が寄ったかと思ったら、グリッとバラバラに外を向いた。

「フム」

 信木は右手を引き抜き、左手で紅倉の首をひねって反対の側面を上向けると、また額の横に右手を振り下ろした。まるで医療行為でも行っているように、グリッと、中身を掻き回す。



「 ・  ・  ・  ・  ・ 」














「 うわあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ 」




 芙蓉は、大声で悲鳴を上げた。

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