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113,残党

 ゲンジがやってきた。日本太郎が彼に連絡して直木医院から救急箱を持ってくるよう命じたのだ。

「ご苦労」

 差し出された救急箱を日本太郎が受け取ると、ゲンジは浮かぬ顔で問いたげにした。

「なんだ? 報告することがあるのか?」

「タロさ。誰を殺していいんだ?」

「ああん?」

 日本太郎は呆れた。この頭の足りない暴力マシンは、何を考えているのやら。

 日本太郎はとりあえず芙蓉に救急箱を渡してやった。そうして呆れた顔で原人に教えてやる。

「作戦は終了だ。紅倉はあの通りだ。この村もすっかり利用価値が無くなってしまった。後は、後始末をどうするかだ。そんなめんどくせえだけの面白くもねえ仕事なんざ他の暇人どもに任せておけ」

 ゲンジは図体ばかりでかくて小さな頭を一生懸命働かせながら言う。

「爺さん婆さんたちがいっぱい武器持って集まってきてるぞ? あれはいいのか?」

「なんだって?」

 日本太郎は面倒くさそうに村長に振った。

「おい、村長さん。どうやら村の年寄り連中がいきり立っちまってるようだぞ? さっさと説得してくれ。でないと、また無駄な死人を出すことになるぞ?」

 村長はこちらももうやる気がないように信木に振った。

「保安官。おまえさんがやってくれ。わしゃもう引退じゃ」

 信木はやれやれと肩をすくめた。

「仕方ないですな。では、ちょっと行って来ますか」

 日本太郎が信木を見送っていると、ゲンジはまだ問いたげにじっと見ていた。

「なんだ? まだあるのか?」

「殺せって言うんだぞ? タロさと女、どっちが偉いんだ?」

「女? どこの女だ?」

「えーーーーと………」

 ゲンジはぬぼうっとした顔で視線を天に向けて考えた。

「偉そうな女」

「誰だよ、そりゃ? その女が誰か殺せっておまえに言ったのか?」

「紅倉を殺せって」

「誰だよ……、!」

 日本太郎の眉が心当たりを見つけてヒクリと動いた。

「女……だったのか?……」


 芙蓉は紅倉のパーカーと服を脱がせ、肩を裸にした。白い防弾ベストは肩までカバーしていないが、いずれにせよ鋭く尖った牙相手に繊維織り込み式では太刀打ちできなかっただろう。

 紅倉の細い肩には半楕円の穴が痛々しく並び、血にまみれ、肌自体爛れていた。

「我慢してください、染みますよ」

 芙蓉は消毒液を瓶から直接傷に振りかけ、脱脂綿で拭いた。紅倉は痛そうにうめいたが、それにも力が入らない。

「頑張ってください。ばい菌が感染したらたいへんですからね」

 痛がる紅倉に芙蓉も泣きたくなったが、気を奮い立たせて手当に集中した。

 一通り消毒し、ガーゼを重ねて当て、腿の方に向かった。

 布が穴だらけに毛羽立ち、巨大なあごの暴力の蹂躙に芙蓉は怒りを思い出したが、努めて冷静になり、ハサミで破けた部分から切り裂いて、右脚の筒を付け根から切り取った。こちらの傷も深く、無惨なものだった。芙蓉は紅倉が歩けるようになるか心配した。毎日愛犬ロデムの散歩を楽しみにしているのに、松葉杖をついてでは遠出もできないだろう。せっかく健康的になったのに。

 手当をしながら、紅倉の力無いうめき声を聞き、暗い気持ちに沈んでいると、芙蓉はハッと背後に危険警報を感じた。一度撃たれた銃を、今度こそ背中がはっきり覚えていた。怒りが燃え上がる。

「やめろおっ!!」

 芙蓉が振り向きざま攻撃の霊力を放つと、囲いの上で枯れた生け垣の向こうに隠れて拳銃を構えていた何者かが「ぎゃっ」と悲鳴を上げて跳ね飛ばされた。芙蓉は理解した、まだ人に向けて撃たれたことのない銃には霊的なインパクトがなく、反応が薄いのだ。狙撃者当人はむしろ大した手練れではない。芙蓉は立ち上がり、相手の出方次第ではとどめを刺してやろうと力をみなぎらせて身構えた。その芙蓉を追い越して日本太郎が中年男子とは思えない身のこなしでジャンプして土の壁を駆け上がり、灌木を掻き分け、倒れた何者かに銃を向けた。

「勝手は困るぜ、『キンメ』」

 キンメとはなんの意味か?

 金目鯛のことである。鯛に似た鮮やかな紅色の深海魚で、煮付けにして食べると美味い。

 日本太郎がそうして呼びかけたところを見るとこの者も公安の一員だろうが、

 はたして起き上がった「キンメ」はジロリと大きな目で日本太郎を睨んだ。それは、

 信木の妻、広岡?奈央であった。

 日本太郎は拳銃を向けたまま歪んだ笑みを浮かべた。

「おまえ、保安官の奥さんだよなあ? あんたが『キンメ』で、間違いないんだよなあ?」

「ああそうだよ」

 派手なミュージカルスターみたいな濃い顔の広岡奈央=公安のキンメは、怒った声で言って立ち上がった。日本太郎がにやけながらまだ突きつけている拳銃を忌々しそうに睨む。

「邪魔するんじゃないよ。命令だ」

 日本太郎はムッと真顔になった。

「そりゃいつの命令だよ? この仕事は俺が頭だ。勝手な真似するんじゃねえ!」

 最後はドスの利いた声で命令したが、キンメはふてぶてしく笑い返した。

「残念だね、わたしの受けた命令の方が新しいと思うよ? 邪魔な紅倉を消せ。…きっと、自分たちの正体を知られた上様が泡食ってんだろうけどさ、命令は命令だ。さ、紅倉、それに芙蓉を、やっちまいな!」

「チェッ」

 日本太郎はこれ見よがしに大きく舌打ちした。

「馬あっ鹿野郎が。くっっっだらねえ。

 ビジョンも、矜持(きょうじ)も、ありゃしねえ。

 おいこらデメキン、

 俺たちゃ公安はなあ、政府の犬なんかじゃねえ、

 日本国の、

 番犬なんだよお!

 見ろよあの女。てめ、あの女が怖ええか?

 あの女、神と闘ったんだそうだぜ? それで見事神様をぶっ殺しちまった。ハッハッハッハアー、愉快な女じゃねえか?

 なあおい、悪党にだってなあ」

 日本太郎は自ら名乗ってしまって可笑しくて笑ってしまった。

「悪党の一分ってのがあんだろうが? これだけはやっちゃあいけねえって、ギリギリの一線があんだろう?

 命張ってんだぜ、こいつらああ?」

 日本太郎は、首をへし折られてうつぶせになっている若者を見た。その首の骨折が致命傷でないのを彼は知っている。若者は、本来、とっくに死んでいたはずの人間なのだ。それがここまで大切な者を守って戦い抜いて、その姿に柄にもなく感動してやがるのかと日本太郎自身思ったが。

 そうした心意気を足蹴にして何が正義だと、この筋金入りの公安員は思っている。

 それが日本男児の、美しさだろう?と。

 ちょっとセンチメンタルに過ぎた日本太郎が、真顔に戻ってキンメに言った。

「腐った野郎の腐った命令なんて無視しちまいな。どうせ、」

 思い切り小馬鹿にして笑ってやった。

「すぐに首がすげ替えられるだろうぜ」

 日本太郎とキンメはこれが初顔合わせであり、日本太郎はキンメの正体を知らなかった。どうやらキンメは仲間内にも秘密の潜入工作員であったらしい。

「意外。甘ちゃんだね、太郎さん。どんな命令だろうが、」

 不快そうに眉をねじ曲げたキンメが、ギラッと目つきを変えて、さっと屈んだ。キンメの銃は地面に落ちて、それは日本太郎が抜け目なくキンメの手の届かない位置に蹴ってある。キンメは、

「実行するのが工作員だろう!」

 パンツの裾に手をやり、足首に装着していた小型のピストルを掴んだ。

「やめろ!」

 日本太郎が脚を伸ばして邪魔するのを横に飛んでかわし、木の枝が邪魔し紅倉と芙蓉どっちを撃とうか一瞬迷った。その迷いが芙蓉にも一瞬の迷いを生んだ。

 同時に、芙蓉はまたしても背中に別の銃器の警報を感じ、焦った。

 芙蓉はとっさに紅倉をかばって覆い被さった。


「パンッ」「パンッ」


 二発の銃声が交差し、チュインーン、と芙蓉の横の地面に土煙が立った。


「いっ……た…………」

 小型のピストルを取り落とし、左手で血を流す右腕を押さえてキンメが恨めしそうに銃撃者を睨んだ。

 銃声にびっくりしている村長の後ろに、構えた銃口から白煙を上げさせて、信木が立っていた。

「奈央……。君はいったい…………」

 妻を撃った信木は、眉間にしわを寄せ、苦しそうに途方に暮れた顔をしていた。

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